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ミュージカル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』

2月26日まで日比谷シアタークリエで上演されているミュージカル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』。60〜70年代のアメリカの田舎町を舞台に、なぜ父は自殺しなければならなかったのか、と問いながら、セクシュアリティについて正面から描いた作品です。泣けます。

ミュージカル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』

2月10日、『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』を観てきました。たまたま、上演後にトークショーがあり、主演の瀬奈じゅんさん、オープンリー・レズビアンの増原裕子さん、原作の翻訳を担当した椎名ゆかりさんが出演していました。この舞台の感想を、トークショーで話されたことも交えながら、お伝えしたいと思います。(後藤純一)









 決してドラマチックではなく、淡々としていて、複雑で情報量が多くて深みのある原作漫画を、どのようにしてミュージカルにするのだろう?というのが興味の中心でしたが、見事に、とてもいい舞台になっていました。
 
 ブロードウェイで上演されたミュージカル『ファン・ホーム』は、2015年のトニー賞で作品賞や脚本賞など主要な賞を総なめにしています。ブロードウェイミュージカルとして初めてレズビアンが主人公の作品がトニー賞に輝いたことは、アメリカ全土で同性婚が認められるようになった年の、象徴的な出来事ともなりました。
 トニー賞受賞作品といえども全てが日本で上演されるわけではないなか、たった数年でこの作品が日本版として制作されるに至ったのは、一昨年の『キース・ヘリングの生涯』と同様、本当に素晴らしいことで、シアタークリエ(東宝)に感謝!という感じです。
 
 まず、音楽が素晴らしかったです。生演奏で、ピアノ、チェロ、クラリネットといった編成で室内楽のような味わいの、繊細な音楽が奏でられたかと思うと、ドラムが入ったエキサイティングな感じの音楽もあって、場面場面の感情を盛り上げていきます。ジャクソン5(フィンガー5)ばりに子どもたちが歌って踊るシーンもあれば、テレビのアイドル・ショーみたいな(とってもゲイテイストな)シーンもありました。
 
 原作の「失われた時を求めて」がどうこうとか「ユリシーズ」がどうこう、といった文学について語った難解な部分は潔くカットされていて、代わりに、子ども時代のアリソンと弟たちのエピソードがフィーチャーされ、予備知識がなくても、大人でも子どもでも楽しめるようなエンタメ作品になっていました(実際、前の席で子どもたちが観ていました)
 
 物語の中心は、父・ブルースはなぜ自殺(としか思えないような、道の真ん中でトラックにはねられるという死に方)をしたのか?という娘・アリソンの問いかけで、一見、家族愛が主題のように見える(宣伝・PRはそのように見せている)のですが、そこには、分かち難くセクシュアリティのことが関係しています。
 ペンシルベニア州の小さな町で、一見、立派で、教養があって、完璧なバランスを保った美しい家で家族と幸せそうに暮らしている父が、実は若い男の子たちとも関係を持っていて(母もそれに気づいていて)、一方、娘のアリソンはレズビアンであることを自覚し、大学で彼女ができて、両親にカムアウトし、しかし、父・ブルースはそのことに答えてくれず、もやもやしているなかで、帰郷し、父ときちんとそのことについて話したかったけど、結局話せずじまいで…最後まで語られることがなかった父の本心は、曖昧なままで、観る者に委ねられています。
 
 父が亡くなった時と同じ47歳という年になり、漫画作品として『ファン・ホーム』を描いている、そしてこの舞台全体を俯瞰して見ている主人公のアリソン、子ども時代のアリソン、学生時代のアリソン、という3人のアリソンがいて、縦横無尽に舞台に登場します。みなさん、ちゃんとショートカットでズボンをはいていてレズビアンらしさを演じていて、子ども時代のアリソンは「飛行機のパイロットになりたい」と言って大好きなパパにヒコーキしてもらったり(一方でワンピースを着せられていやがったり)、活発でハツラツとしていて素敵だったのですが、学生時代のアリソンを演じた大原櫻子さんの演技も、リアリティを感じさせて、とてもよかったです。
 彼女が初めての経験をしたあと、まだベッドに寝ている彼女を眺めながら、自分はずっと孤独だと思っていた、でも今は世界がまるで違って見える、あなたは私のすべて、と歌いあげるシーンは、マジ泣きしました。あれはかつての自分の姿だ!と思いました(世間の偏見ゆえに、なかなか自身のセクシュアリティを受け入れられず、異端だと感じたり、孤立無援な気持ちで、ずっとおつきあいとかイメージできなくて、大学生の時にようやく初めての相手が現れて、幸せになってもいいんだ…って思えるようになった、あの時の気持ちを思い出しました)。生きてていいんだ、ゲイでもいいんだ、という気持ちと、恋が成就した瞬間の幸せな気持ちが同時に押し寄せてくる、その喜びが、劇中の最も輝かしく感動的なシーンとして描かれているところが、本当に素晴らしかったです。
 もう一つ、同様に輝かしく感動的なシーンがあります。上演後のトークショーで、大人のアリソンを演じた瀬奈じゅんさんも、ゲストの増原裕子さんも、印象に残ったと語っていました。まだ小学生だった頃のアリソンが、レストランでトラック運転手をしていた女性の姿を見て、「私、あなたが、わかる」と、この人はきっと自分と同じ人だ…と直感し、同時に憧れの気持ちを抱く、そういうシーンです。パーっと光が差すような演出も素敵でした。
 
 上演後のトークショーといえば、アリソン役の瀬奈じゅんさんが「時代によってもゲイやレズビアンのありようが違うということを教えていただいた」と語っていましたが(アライの方がこの作品の重要なポイントに触れてきたところが印象的でした)、ゲイだとバレてはいけないという強迫観念に苛まれながらも欲望を抑えきれず、自ら死を選ぶくらい追い詰められてしまったブルースと、カミングアウトして幸せに生きることを選んだアリソンとの間には、世代間の断絶とも言うべき、大きな壁が横たわっていると感じます(この物語がストーンウォール前後の時代のお話であるところもポイントです)。よく知らない観客の方は、レズビアンはオープンだけど、ゲイは隠れて男遊びしてると誤解してしまう可能性もあるので、それは時代や社会の問題なんですよ、世代によっても違うんですよ、ということを伝えるのは大切だなあと思いました。
 また、同じくトークショーで、原作の翻訳を担当した椎名ゆかりさんが、原作者のアリソン・ベクダルがブロードウェイでの上演の感想をコミックにしていたということを紹介していました。アリソンのお母さんは初演の数ヶ月前に亡くなっていて、舞台を観ることがなかったそうなのですが、両親は演劇を通じて知り合った仲だっただけに、観てほしかったなぁ…と言っていたそうです。

 
ミュージカル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』
<東京>
会場:シアタークリエ
日程:2018年2月7日(水)~2月26日(月)
<兵庫>
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
日程:2018年3月3日(土)~3月4日(日)
<愛知>
会場:日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
日程:2018年3月10日(土)

原作:アリソン・ベクダル
作曲:ジニーン・テソーリ
脚本・作詞:リサ・クロン
翻訳:浦辺千鶴
訳詞:高橋亜子
演出:小川絵梨子
出演:瀬奈じゅん、吉原光夫、大原櫻子、紺野まひる、上口耕平、横田美紀、笠井日向・龍杏美(Wキャスト)、楢原嵩琉・若林大空、阿部稜平・大河原爽介(Wキャスト)

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