REVIEW
台湾が生んだゲイドラマの金字塔『ニエズ』
中国文学の巨匠・白先勇の長編小説を、鬼才・曹瑞原監督が台湾テレビ史上最大のスケールで製作した文芸大作ドラマ『孽子(ニエズ)』。1970年代の台北を舞台に、厳しく抑圧されていた同性愛者たちの愛と生き様を、家族の絆と葛藤を描いた、このうえなくせつない物語です。日本版DVDが発売されていますので、ご紹介したいと思います。
『孽子(ニエズ)』は、中国文学の巨匠・白先勇の長編小説を、鬼才・曹瑞原監督が台湾テレビ史上最大のスケールで製作した文芸大作ドラマ。公共電視(公共放送)で放映され、台湾ドラマ最高の栄誉とされる金鐘奨で6部門を制覇した名作です。1970年代の台北を舞台に、当時、厳しく抑圧されていた同性愛者たちの愛と生き様を、そして、家族関係(特に父と子)にまつわるせつない物語を、台湾を代表する俳優たちが結集して演じています。昨年9月、日本語字幕付きのDVDが発売され、ゲイの間でも「男の子たちがけなげで、せつなくて…」「号泣した」「素晴らしい」と評判になっていました。アジアが生んだ(アジア人じゃないとわからない)ゲイドラマの金字塔とも言うべき『ニエズ』をご紹介したいと思います。(後藤純一)
裸足のまま家を飛び出し、行くあてもなく町を彷徨った阿青は、夜の公園に辿り着き、親切な郭さんというおじさんの家に泊めてもらいます。公園(今も台北にある二二八公園)は当時、ゲイたちの唯一の出会いの場であり、社交場でもありました。阿青は郭さんに仕事も紹介してもらい、そこで小玉という同年代の友達ができ、同じような境遇の老鼠、小敏という若者や、公園を仕切っている揚師匠を紹介されます。断絶された家族への思いを抱えながらも、阿青はゲイの世界で生きていこうと決心するのです。
いかにもゲイといった身のこなしでおじさんを手玉に取り、調子よく生きているように見える小玉も、日本にいるという実の父親に会うことを夢見て、日々そのチャンスをねらっています。やんちゃで気のいい男の子・老鼠は、実家の娼館に帰れば暴力的な兄に殴られる日々です。野性的な外見と裏腹に繊細な心を持つ小敏は、役人の張さんの家で幸せに暮らしていますが、さまざまな悲劇に見舞われます。凛々しく、ナイーブで、けなげな阿青は、そうした仲間たちを見守り、支え、不正に敢然と立ち向かいます。そして阿青自身も龍子という男と出会いますが、彼は一筋縄ではいかない重い過去を抱えた「伝説の」人物でした…(そこからもう1つの物語が繰り広げられます。本当に激しい、命がけの愛です)
『ニエズ』には、こうした若い男の子たちだけでなく、彼らを庇護し、導き、困ったときに手をさしのべてくれる大人たちがたくさん登場します。いわゆる「援交」のようなパトロンのおじさんもいますが、そうではなく、かつて自分もそうであったがゆえに(あるいは自分の息子が同じ境遇であったがゆえに)社会から見捨てられたゲイの若者たちを守り、何とか生きていけるように手助けしようという大人たちもたくさんいて、それが救いになっています。
ある意味、そうした大人たちは、実の父親になり代わって彼らを育ててくれる「ゲイの世界の父親」であり、父子関係に傷ついた阿青たちの心を癒し、救済してくれるのです。そして「父親もまた、傷ついているのだよ」という言葉に、ハッとさせられます。「同性愛は罪悪である」という社会の理不尽な掟ゆえに、親子の絆が引き裂かれ、傷つき、苦しんでいるという意味では、父も子も同じだというのです。そこに涙する方も多いはずです。
同性愛が禁じられているがゆえの悲劇を描いているという意味では、『ニエズ』は「台湾の『ブロークバック・マウンテン』」と言えるでしょうが、やはり醸し出している「雰囲気」や「感触」、その世界に生きる人々の「感情」の伝わり方は、欧米の映画とかなり異なると思います。とてもアジア的なのです。
たとえて言えば、布団の中で親に抱きつきながら眠った幼子の時の原体験(ぬくもり)、根源的な「生=性」の衝動、生々しい血の記憶(親子関係にまつわる情念、愛憎入り交じった感情)…そうした、現代を生きる大人たちが心の奥底に封印しているような何かを喚び起こすのです。それゆえに癒され、号泣する方もいらっしゃると思います。
全20話を観終わったら、きっと作品の世界にどっぷり引き込まれ、何日もその余韻を引きずることになると思います。
台湾のゲイ映画と言えば、『僕の恋、彼の秘密』のような、明るくポップなラブコメ的作品が有名です(台湾では「偶像劇」と呼ばれるアイドル・ドラマが人気なんだそうです)。一方で『花蓮の夏』のような、リアルでほろ苦い、さわやか青春映画もあります。
『ニエズ』には、両作品に出演する、台湾を代表するイケメン俳優が集結しています。たとえば、主人公阿青とカラむ親友・趙英役は、『僕の恋、彼の秘密』に主演した楊祐寧(トニー・ヤン)ですし、小玉役の金勤(キング・チン)も『僕の恋、彼の秘密』に出演していました。また、小敏役の張孝全(ジョセフ・チャン)は、『花蓮の夏』の主人公の男の子が好きになる問題児・ショウヘンを演じています(ちなみにジョセフ・チャンは2007年、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭での上映に合わせて来場しています)
阿青、小玉、老鼠、小敏、趙英といったイケメンの男の子たちのうちのどれかには、きっと「イケる」というレベルを超えた恋心のような感情を抱くのでは?と思います。彼らの行く末をハラハラしながら見守り、その幸せを願いながら、いつの間にか作品世界に引き込まれていくのです。(ちなみに、あまり激しいラブシーンはありませんが、ソフトに目の保養になるかと思います)
もし、ドラマを観て激しくハマった方は、1983年に台湾で出版された原作小説『孽子(Nieh-Tzu)』が日本語訳で発売されていますので、読まれるとよいかもしれません。中国近代文学の金字塔と言われる『孽子(Nieh-Tzu)』には、ドラマには出てこない、当時の日本のゲイシーンなども描かれているそうです。
これを書いた白先勇(バイ・シェンヨン)は、ドラマの龍子と同様、国民党の著名な将軍・白崇禧の息子で、アメリカに渡ったそうです。白先勇自身は、父親からセクシュアリティに関して咎められたことはなく、「父は死ぬまで言わなかったが、気づいていたと思う」と語っています。
『孽子(ニエズ)~Crystal Boys』
日本版DVD 初回限定版
枚数:6枚(本編5枚+メイキング1枚)
話数:全20話
字幕:日本語、中国語(繁体字)
INDEX
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
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- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
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- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
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