REVIEW
ハッピーな気持ちになれるBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)
世間ではたいそう盛り上がっているにもかかわらず、ゲイの世界ではそれほどでもないような気がするBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)の魅力についてご紹介します。

「ドラマ満足度調査ランキング」(オリコン調べ)で2週連続第1位を獲得したり、Twitterのトレンドに上がったりしている人気BLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(以下「チェリまほ」)を、知人に勧められて今さらのように観てみたのですが、言うだけのことはあるなと思いました。原作は豊田悠さんのコミック。「全国書店員が選んだおすすめBLコミック2019」1位にも輝いている作品です。『きのう何食べた』もそうですが、名作との誉れ高いコミックを(ステレオタイプな演出や改悪を行なわず)忠実にドラマ化し、成功しているパターンではないかと思いました(どちらもテレ東ですね)。キホン王道のラブコメなのですが、ちょっとだけ魔法(超能力)要素を入れたことで新鮮味があって面白いし、ゲイが観てもイヤな気持ちにならず(そこ大事)、ハッピーで素直に応援したくなるようなドラマでした。第1話から3話くらいまでの部分のレビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
上司に「30歳まで童貞だと魔法使いになっちゃうよ」と言われ、「まさか」と思いながら、童貞のまま30歳を迎えた安達清(赤楚衛二)は、「触れた人の心が読める」という地味な魔法を手に入れてしまった。魔法を持て余していた安達は、ひょんなことから社内随一のイケメンで営業部エースの同期・黒沢優一(町田啓太)の心を読んでしまう。すると聞こえてきたのは自分への恋心だった! 困惑する安達は、全て自分の妄想で幻聴なのではないかと疑いはじめるが、残業する安達のもとに黒沢が現れて……。
個人的には、BLの基本※である「髪が長い若くてスリムなイケメンどうしの恋愛」というのが全く萌えなくて(そういう方も多いはず)、キャストに関しては特に思い入れはないため(町田啓太さんは『花子とアン』とか『女子的生活』に出てたので知っていましたが)、主にLGBT的にどうかという視点で観て感じたことをお伝えします(ストーリーに触れてしまう部分が若干あるのですが、ご容赦ください)
※BL(ボーイズラブ)とは何か?という定義は明確ではないようですが、こちらのサイトによると、BLの特徴・ポイントは「イケメンどうしがからんでる」「性行為を伴う(アナルを使う)」「キャラそれぞれに【属性】がある(攻め、受けなど)」「壁を乗り越える愛は時代を超えて好まれる」「女性が現実逃避ができる世界」だそうです。ゲイというよりも女性のための作品だということは言えるでしょう。
そもそも安達が、黒沢が自分に恋心を抱いていることを知ったとき、「うわ、気持ち悪い」などとは微塵も思わなかったこと、安達が残業で終電を逃し、黒沢の家に泊まる羽目になったとき、安達が(よくいるノンケと違って)「襲われる」と一瞬でも思った自分を責め、あくまでも紳士的で優しい黒沢に対して「悪かった」と反省するところがエラいと思いました。これはゲイを扱う作品において、非常に重要なポイントだと思います。
黒沢というキャラは、ちょっと完璧すぎるところはありますが、結構リアルなゲイだと思います。小綺麗にしていてさわやかで、優しくて、女子受けもよく、仕事も真面目にやるし、飲み会でセクハラしたりもせず、男だけの集まりで女を品定めするような話もしない、職場で「礼儀正しさ」や「節度」を常にわきまえているキャラクターです(それは、自分がゲイだからというひけめから来る部分もあるし、男の同僚と下ネタで盛り上がれないから、ということもあるでしょう)。そんな黒沢の人としての「いいところ」を、安達は素直に認めていて、そんな黒沢が、一度も人に愛されたことのないダメな自分を本気で愛してくれていることを、最初は驚きながらも、感謝の気持ちとともに次第に受け入れていく、好意に応えられないことを負い目にすら感じるようになる…というところが、とても好ましいです。「なんだ、すげえいいヤツじゃん」って思います(そういうところを、黒沢も好きになったんでしょうね。牧がはるたんを好きになったように)
黒沢は人として分をわきまえているというか、とても紳士的で、きちんとしています。決してイヤなことはしない。安達と一緒にいれるだけで幸せだし、「同期(という建前で仲良くしてるだけ)でいいか」と思う。例えば王様ゲームでキスすることになったときも、絶好のチャンスなのに、怖がってる安達の表情を見て、やんわりと避けるんですよね。で、「ごめんね」と思う。そんな黒沢の本心を魔法で知っているがゆえに、安達は精一杯、思いを受け止めようとするのです。
実にいい話なんです。
やさしい世界です。
なので、『おっさんずラブ』ほどの派手さやジェットコースター的展開はないですが、素直に二人の恋の行く末を見守り、応援したいと思えます(これがもし、安達役の人が柔道部出身の男臭い短髪ガチムチで(あるいはちょっとオタクっぽいガチ太系で)、女には縁がなかったけどめっちゃいいヤツ的なビジュアルだったら、今の100倍くらい感情移入してたと思います。世間もそろそろ、そういうキャラを求めてるんじゃないかな〜と思ったりするのですが…)
ちなみに、『おっさんずラブ』が素晴らしかったのは、デートの最中「俺と一緒だと人目が気になりますか?」と牧に問われたはるたんが、翌朝職場でみんなにカミングアウトするというPRIDEを感じさせるアツい物語展開になっていたからです。「好き」が世間の偏見やフォビアを乗り越えていくんですよね。一方、「チェリまほ」は、安達の上司が「30過ぎて童貞だと魔法使いになるぞ、藤沢(女性)と仲をとりもってやろうか」と職場で言い放ったり、「今の時代、これってアリ?」と驚くような「飲み会での王様ゲーム」のシーンがあり(とってつけたように「時代錯誤すぎて引く」と発言する人も描かれますが、「え、それだけなの?」って感じです)、セクハラが横行している職場なんだな…と、この会社では絶対にカミングアウトできないだろうな…と思わせるものがあります。リアルといえばリアルですし、そんな環境でも安達がホモフォビアに毒されていないことが奇跡的に感じられると言えばそうかもしれません。でも、このドラマはそもそも魔法が使えたりもするファンタジーな世界線なので、視聴者に批判の意図をしっかり伝えきれないまま中途半端に現実のダメさを見せているのはどうかと…そこがモヤモヤでした…。
そんな感じで、あまり魅力を伝えきれていないかもしれませんが、「チェリまほ」はラブコメとして普通に面白いですし、観てて不快に感じることもほとんどないと思いますので、たとえビジュアル的に興味がないという方も、試しにご覧になってみてください(第1話は無料で観れます)
30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい
テレ東
毎週木曜深夜1時放送
※第1話と最新話がTVerでご覧いただけます
※第2話以降はTSUTAYAプレミアムでご覧いただけます(最初の1ヵ月は無料お試しが可能です)
【追記】
最後まで観た結果の感想をお伝えします。
4話で藤沢さんがアセクシュアルであることを描いたことで、このドラマはただのBLではなく、性的マイノリティを肯定的に描くことを意識しているのだなと思いました。
プロデューサーの方が「見て傷つく人がいない作品にしたい」と語っていたそうですが(詳細はこちら)、やはりそうだったか、と合点がいった感じです。
安達が黒沢に憧れ、その思いを知って、感謝するとともに、黒沢の役に立ちたいと思うようになり…という心の変化(成長)は、ロマンスというよりも、人としての成長、ビルドゥングスロマン(教養小説)的かもしれません。超能力というオカルト要素と結びついているところはヤングアダルト小説っぽいかも。
黒沢が「男と見れば犯したがる」という反吐が出そうな偏見とは真逆をいく紳士的なゲイとして描かれたことは、重要な意義を持っています。が、チンピラに囲まれた時に、ノンケの安達がオロオロしていたのに黒沢が腕を掴んだだけで相手を退散させるという展開には、(ケンカ慣れしていないはずの)ゲイとしては出来過ぎな気がちょっとしました。完璧過ぎるのです。別に人間として完璧でなくていい、職場で尊敬を集める人でなくていい、エリートでなくてもいい。時には失敗もしていいし、逃げてもいいのです。
職場の男たちが野球や競馬の話で盛り上がり、女を品定めしたり下ネタで盛り上がるなか、苦笑したり、そっとその場を去ったり、なんならランチは女性たちと一緒にとっていたりするような、おとなしくて真面目な男性、くらいのキャラでいいかも、と思いました。もしリアリティを追求するならば。
そういうリアルなゲイの主人公が、中味が安達で、見た目が柔道部or相撲部出身みたいなモテない冴えない同僚に密かに恋心を抱いていて、ふとしたきっかけで接近し…という「そらいろフラッター」みたいな感じがゲイ的なファンタジーですよね。BL作品にそういうことを求めても仕方がないのでしょうが…。
【追記2】
『おっさんずラブ』も素晴らしいし、「チェリまほ」も素晴らしい作品でした。しかし、こういう作品がもっと作られて、世の中にあふれたら、ゲイに対する「理解」も進むし、ゲイが暮らしやすい社会になるよね、という見方には、「ちょっと待って」と言いたいです。BL的な表現が嫌いだから難癖をつけてるのではなく、昨今の欧米の動きも踏まえたうえで、リプレゼンテーションということをみなさんに考えていただきたいなぁという趣旨です。
BLで描かれる表象は「男どうしの恋愛やセックス」ですが、基本的に女性による女性のためのジャンルです(ゲイを含む男性作家によるBLもありますが、かなりレアだと思います)。描く人も、買う人も、収入を得る人も女性。テレビでドラマ化されたとしても、関係者はみなさんストレートの人でしょう(当事者の監修は入る余地があるかもしれませんが)。このサイクルの中には、当事者であるはずのゲイがいないのです。描かれているのはゲイなのに…。(BLの関係者って同性婚実現に対して誰も声を上げないよね、という指摘もなされますが、それだけじゃないと思います。もっと根本的な話です)
海外では、映画やドラマにおいて、長い間トランスジェンダーがまるでモンスターであるかのようにひどい描かれ方をしてきた歴史があり、ようやく最近になって当事者の俳優を起用することや、製作の現場に当事者がいることの重要性が認識されてきました(『Disclosure トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』をご覧ください。ハル・ベリーがトランス男性の役を降りて謝罪したのも、そういう意味です)。同じように、メディア上でゲイを公正に描くためには、製作の現場に当事者がいないとだめだし、俳優などもできるだけ当事者の方を起用しようよ、ということが言えるはずです。当事者性が決定的に欠けているBLがどれだけ世の中にあふれようと、この問題は改善されないのではないでしょうか。
正直、『おっさんずラブ』にせよ、「チェリまほ」にせよ、世間でBLと見なされている作品で、「これは自分だ」と思えるキャラクターに出会ったためしがありません。よく「BLはファンタジー」と言われますが、ファンタジーを描くことは自由だし(自由だからこそ、当事者が発想できない素晴らしいシーンも生まれます)何の問題もないのですが、そうではなくて、ゲイのリアリティを描く、リアルなゲイのライフスタイルや、世間との折り合いのつけ方や、生きづらさや、喜びや幸せに寄り添うような映画やドラマがほとんど存在せず(『弟の夫』はその点、貴重でした)、BL作品ばかりが商業的にも成功し、褒められたりもして、どんどん世の中にあふれていき、みんなそれで満足してるように見える状況に対して、モヤモヤを覚えるのです(きっと共感してくれる方、少なくないはず)。いつになったら「これは自分だ」と思えるキャラクターに出会えるのでしょうか…。一人のゲイとして、このような問いを発することは、許されないことでしょうか…?
(もちろん、インディーズではいくつか、そういうゲイのリアルなドラマが作られ、YouTubeで観ることができるようになっていて、本当に素晴らしい時代になったなぁ…との感慨を禁じえません。しかし、世間は相変わらずなので…。いつかメジャーで、日本版『ルッキング』のようなドラマが製作される日が来ることを期待します)
INDEX
- 同性婚実現への思いをイタリアらしいラブコメにした映画『天空の結婚式』
- 女性にトランスした父親と息子の涙と歌:映画『ソレ・ミオ ~ 私の太陽』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 小さな村のドラァグクイーンvsノンケのラッパー:映画『ビューティー・ボーイズ』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 世界エイズデーシアター『Rights,Light ライツライト』
- 『逃げ恥』新春SPが素晴らしかった!
- 決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
- 束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
- 東京レインボープライドの杉山文野さんが苦労だらけの半生を語りつくした本『元女子高生、パパになる』
- ハリウッド・セレブたちがすべてのLGBTQに贈るラブレター 映画『ザ・プロム』
- ゲイが堂々と生きていくことが困難だった時代に天才作家として社交界を席巻した「恐るべき子ども」の素顔…映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
- ハッピーな気持ちになれるBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)
- 僕らは詩人に恋をする−−繊細で不器用なおっさんが男の子に恋してしまう、切ない純愛映画『詩人の恋』
- 台湾で婚姻平権を求めた3組の同性カップルの姿を映し出した感動のドキュメンタリー『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- HIV内定取消訴訟の原告の方をフィーチャーしたフライングステージの新作『Rights, Light ライツ ライト』
- 『ルポールのドラァグ・レース』と『クィア・アイ』のいいとこどりをした感動のドラァグ・リアリティ・ショー『WE'RE HERE~クイーンが街にやって来る!~』
- 「僕たちの社会的DNAに刻まれた歴史を知ることで、よりよい自分になれる」−−世界初のゲイの舞台/映画をゲイの俳優だけでリバイバルした『ボーイズ・イン・ザ・バンド』
- 同性の親友に芽生えた恋心と葛藤を描いた傑作純愛映画『マティアス&マキシム』
- 田亀源五郎さんの『僕らの色彩』第3巻(完結巻)が本当に素晴らしいので、ぜひ読んでください
- 『人生は小説よりも奇なり』の監督による、世界遺産の街で繰り広げられる世にも美しい1日…『ポルトガル、夏の終わり』
SCHEDULE
- 03.22ノーパンスウェットナイト 55本目
- 03.22Mirror Ball