REVIEW
今こそ観たい、『It's a sin』のラッセル・T・デイヴィスが手がけたドラマ『英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件』
『It's a sin』第1話を観てハマった方は、ぜひラッセル・T・デイヴィスが手がけたゲイのドラマをご覧ください。とても面白いです。実話というのが驚きです。
『クィア・アズ・フォーク』や『It's a sin』を手がけたゲイの名監督ラッセル・T・デイヴィスが脚本・製作総指揮を務めた2018年リリースのTVドラマ(ミニシリーズ)です。英国で実際にあった国会議員のスキャンダルが、実にエキサイティングに、しかし、ゲイプライドに裏打ちされたスタンスでドラマ化されていて、とても含蓄の深い名作に仕上がっています。レビューをお届けします。
<あらすじ>
1965年、ロンドン。下院議員ジェレミー・ソープは次期自由党党首の座を狙っていた。彼はかつて支援者宅で出会った美青年ノーマンと親密になり、愛し合う仲に。しかし、まだ英国で同性愛が違法だった時代でもあり、秘密の関係は長くは続かなかった。経済的な後ろ盾を失い、生活費に困ったノーマンは、ソープの家族に関係を暴露し、幾度となく金銭を要求するようになる。「彼がいる限り、政治生命が脅かされ続ける」と感じたソープは、ノーマンさえいなければ、と思うようになり…。
「事実は小説より奇なり」と言いますが、こんなことってある?と何度も言いたくなるようなオドロキのストーリーです。実話に基づいている以上、史実を歪めることはできませんし、誰もが知っているお話をなぞることになります。しかし、この「本当にあった奇妙な(クィアな)物語」は、ラッセル・T・デイヴィスの手によって、魔法のようにエキサイティングなエンターテインメントとなり、かつ、ゲイプライドに彩られた名作となりました。
英国で自由党といえば、前身はホイッグ党で、かつては保守党と二大政党制を形成し、多くの首相を輩出した伝統ある政党です(戦後は労働党に押され、小政党に)。そんな自由党の党首を務め、戦後の自由党の黄金時代を築き、内閣入りも打診されるほどだったジェレミー・ソープが、ノーマン・スコットの証言によって、かつてノーマンと愛し合っていたこと、彼を暗殺しようとしていたことが白日の下に晒され、英国政治史上最も物議を醸す一大スキャンダルとなったのでした。
田舎の支援者の家を訪ねたとき、ジェレミーは馬の世話をしている美青年・ノーマンに目が留まりました。明らかにゲイであるノーマンは、野蛮な義父と暮らしていて、なんとも不憫で…ジェレミーは、何かあったら頼って来なさいと言って名刺を渡し、ロンドンでノーマンを囲うようになりました。これが男女の関係だったらよくある話ですし、恵まれない境遇の若い人を独身である議員が助け、面倒を見てあげたという話は、美談にすらなるでしょう。しかし、二人は男性どうしであり、当時、英国では違法だった(同性間の性行為を違法とするソドミー法という刑法が残っていた)関係を長く続けるのは難しかった…ということです。ノーマンが野蛮な義父との暮らしですっかり心を病んでいたということや、健康保険証を持っていなかったということも、アンラッキーでした。きれいさっぱり、あとくされなく別れることができていたらよかったのですが、どうしても生活上、健康保険証が必要だったノーマンは、ジェレミーの力に頼るしかなく、何度か電話をかけたりして、次第にジェレミーに疎まれるようになるのです。
いくつものテーマが重層的に描かれています。
法廷劇としてもめちゃくちゃ面白いです(弁護士のキレることキレること)。史実を知らない私たちにとっては、本当にドキドキする展開です。
でも、最も重要なのは、この作品が、自身もゲイであるラッセル・T・デイヴィスの視点で、ゲイプライドに裏打ちされた作品になっているということです。
殺人云々はともかくとして、二人が愛し合っていたことがなぜ「スキャンダル」としてメディアに晒され、嘲笑の対象となるのか。なぜ徹底的に関係を隠そうとしなければいけないのか。この「スキャンダル」の本当の犯人は世間のホモフォビアだったのではないか、という描き方になっています(同時に、英国の階級社会の偽善を追及・告発していると思います)
このドラマのなかで、最も心を揺さぶられるのは、こんなシーンです。
ソドミー法を撤廃しようと運動する国会議員の味方になってくれた、いかにも人の良いおじさんが、実の兄がゲイで、とても優秀な人だったのに、自殺したと、「兄は自殺したんじゃない、法に殺されたんだ」と涙ながらに語り、同性愛が違法であるということは命に関わることなのだと視聴者に訴えかけるのです。このコメディタッチのドラマのなかにあって、ほとんど唯一、切実で、胸に迫るシーンでした。
同性愛が違法だった時代(当然インターネットなどもなかった時代)、男どうしで知り合い、セックスすることがどんなに危険だったかということも描かれています(日本の僕らも昔から、公園で殴られたり、殺されたり、脅迫されたり、会社をクビになったり…という危険と隣り合わせでした)。どうして男どうしというだけで、心から信頼しあえるパートナーと出会い、愛し合い、一緒に生きていくことがこんなに難しいのか…と問いかけます。
そしてこのドラマは、「ラブコメの帝王」ヒュー・グラントと「カメレオン俳優」ベン・ウィショーという英国を代表する名優の演技対決にもなっています。
美青年に一目惚れし、彼がロンドンにやってくるとなったらウキウキしちゃうおじさんのかわいらしさも素敵ですが、後半の、多くを語らず、眉ひとつ動かし、口元を少し上げるだけで、内心どう思っているかをありありとわからせる演技も、ヒュー・グラントの役者としてのスゴさを感じさせます。
ベン・ウィショーも(自身もゲイなので、ある程度「地」を出してる部分はあるかもしれませんが)神経質で少し病んでいるけど知的で動物好きでゲイプライドに目覚めているノーマンの役どころを、素晴らしくリアルに演じています。ちょっと優しくされただけで泣いちゃうところとか、本当にリアルです。
どちらの人物にもきっと、自分と似たところを発見できます。自分はどちらの立場に近いのか、どちらが勝つことを願うのか、と戸惑ったり葛藤したりするかもしれません。
音楽なども、いかにも英国らしい、このドラマの内容にぴったりと合った、格調高いけどアイロニーも感じさせるようなものになっています。
『It's a sin』第1話を観てハマった方は、続きが配信されるのを待つ間に(いま第3話まで配信されていますが、全話配信までもう少し待つと思うので)、ぜひご覧ください。
アマプラで視聴できるほか、DVDレンタルも利用できます。
英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件
2018年/英国/監督・製作総指揮:スティーヴン・フリアーズ/脚本・製作総指揮:ラッセル・T・デイヴィス/原作:ジョン・プレストン『A Very English Scandal』/出演:ヒュー・グラント、ノーマン・スコット:ベン・ウィショー、アレックス・ジェニングス、ジェイソン・ワトキンスほか
INDEX
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
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