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オーランドのゲイクラブ銃撃事件−−「なぜ犯人はゲイクラブを狙ったのか?」に迫る

あの凄惨な銃乱射事件から約10日が経ち、実行犯のオマル・マティーンについての情報もいろいろ入ってきて、少しずつ犯人像や動機(なぜゲイクラブを狙ったのか)が浮かび上がってきました。カウンセラーの村上裕さんが心理学的な視点からオマルの「心」に迫る原稿を寄稿してくれました。ぜひ、読んでみてください。

オーランドのゲイクラブ銃撃事件−−「なぜ犯人はゲイクラブを狙ったのか?」に迫る

フロリダ州オーランドのゲイクラブ「パルス」で起きた凄惨な銃乱射事件から約10日が経ちました。だんだん実行犯のオマル・マティーンについての情報もいろいろ入ってきて、少しずつ犯人像が浮かび上がるとともに、「なぜゲイクラブを狙ったのか?」という動機も見えかけてきたと思います。今回、g-lad xxでも以前インタビューをさせていただいたカウンセラーの村上裕さんが、心理学的な視点からオマル・マティーンの「心」に迫る渾身の記事を寄稿してくれました。ぜひ、読んでみてください。


「 オーランド事件 」がどうして起こったか、をLGBTの心理から考える 
− 「 私 」だったかもしれない「 彼 」 −


村上裕さん

初めまして。
村上裕(むらかみゆたか)と申します。

2007年から男性同性愛者(ゲイ)であることをカミングアウトしながら、現在は日本の東京都と大阪府にて、心理カウンセリングを提供させて頂いています。
私は男性同性愛者であることを公言しながら、心理学を背景とする心理カウンセラーを職業としているため、LGBTQI当事者や周辺家族、性やパートナーシップにまつわる悩みを持つ人々から、心理相談をお引き受けすることが多いです。
この9年のなかで、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、GID、DSD、アセクシュアル、ノンセクシュアル、クエスチョニング、ストレート、等、多くのセクシャリティを持つ方々と、心理相談の現場を共にしてきました。
臨床数は延べ約1,000件程です。

今回のオーランド事件について何度も何度も記事を目にし、様々な記事を読むたびに、抑えきれない涙が溢れました。
涙が止まらなくて、駅のトイレに駆け込んで、声を殺して泣いたこともあります。
心は悲鳴をあげて、知ること、認識すること、分析することを拒否しようとしました。

しかし、どうしても私には、オーランド事件をやり過ごすことができませんでした。
オーランドの「50人目の彼」は、もしかしたら、もうひとりの私だったかもしれないから。
または、私や、私の家族、パートナー達、友人達が「奪われた49人」になっていたかもしれないから。
私は幼少期に差別を受けたことのある男性同性愛者で、虐待とイジメを経験した人間だからです。

憎しみ(Hate)から憎しみ(Hate)を生むのでなく、憎しみから愛を生もうと呼びかける人々が、世界中にたくさん居ます。
例えば、アメリカ、フランス、オーストラリア、イギリス、ドイツに。
例えば、新宿2丁目や澁谷交差点、スカイツリー、他にも多くの場所に。
だから、オーランド事件からは、新しい憎しみだけでなく、きっと愛も生まれる。
オーランド事件のことを考え続けるうち、私の心のなかにも願いが湧くようになりました。
憎しみではない、違う何かを生み出すこと。
来年で10年となるこれまでの間、マイノリティの心理に触れ続けてきた私ができることは、なんだろう。
私が気づいたこと、考えたこと、伝えたいことは何だろう。

そうして分かったのは、私が生み出したいものは「 理解 」だということです。
なぜなら、犯人は頭のおかしい異常者ではなく、世界に生きる誰もと同じ心を備えた、ひとりの人間であることに違いないからです。
もしかしたらこの日本の中で、犯人の心に何が起こっていたかを、LGBTの心理的観点から表現する人間は、多くないかもしれない。
それなら、この考察は多くの人々に表すべきだと思ったのです。

100人以上を殺傷した虐殺犯であるオマル・マティーン氏は、もう居ません。
本人と会話できない以上、これから述べるのは、私の仮説に過ぎません。
しかし、あの事件がなぜ起こったか、なぜ起こされたか、
あの事件を起こした「 心 」とは何だったかを、議論するきっかけとなれば幸いです。
そして、ご自身の心を感じながらオーランド事件を考えて頂けたなら、なお幸いです。

「50人目の彼」については、以下の記事、
GAWKERを参考とし、もしかしたら、オマル氏がゲイ男性、またはバイセクシュアル男性であったかもしれないと仮定します。
以降「男性同性愛だったかもしれない、オマル・マティーン氏のセクシュアリティ」については「オマル氏の性質」または「性質」という表現で一環します。
(※性質と表現するのは、性的指向や性自認が個人の趣味趣向によって選択できるものでなく、命が発生したときから決定されている、先天的なものだからです。)



オマル・マティーン

これから、
発達心理学から、愛着理論、
交流分析から、禁止令とゲーム理論、
認知心理学・社会心理学から、ハロー効果、ピグマリオン効果、ラベリング効果、
人間性心理学から、マズローの5段階欲求、
精神分析・ユング心理学から、投影、
を、それぞれ引用しながら「50番目の彼」の心を推測していきます。


発達心理学は、人間の心がどのように成長してゆくかに注目した心理学です。
そのひとつに、愛着理論があります。
愛着理論は、簡潔に独自解釈をすれば「養育者との関わりによって、ひとが愛情を持つための仕組み」で、
幼児のころだけでなく、成長した後も、人生のあらゆる場面で影響を与えます。

オマル氏はアラブ系移民であるルーツを持ち、イスラム教の家庭で育ちました。
現代の日本では宗教を持つ家庭というのはあまり馴染みがないかもしれませんが、家族の規範に宗教が組み込まれているというのは、個人の人生を最後まで左右するほど、影響が大きいのです。
宗教は家系に継承されてゆくごとに、個人の意思とは無関係に、いっそう人生への影響力を強めます。
イスラム教の知識は個人差があると思いますが、イスラム教圏の国々では同性愛者が逮捕〜死刑になる環境であることから、男性の優位性が強く、男女の婚姻や、男子の出子が大切にされることは、想像が及ぶと思います。
オマル氏は、アメリカに移住してきたイスラム教アラブ系移民の家にうまれた男子です。

”同性愛は死刑に相当する罪悪であり、男性は女性と結婚し子をなすもの”という価値観をもつイスラム教家庭に育ち、成長した後もそのルールの中でが生きるなか、「オマル氏の性質」を念頭におけば、家族という、本来は彼の安全を得るための場所は、愛着理論における安全基地には成り得なかったのだと考えられます。
愛着理論における安全基地とは、簡潔に独自解釈をすれば、人間が生きていくために必要不可欠な「自分の存在の安全が約束されていて、生きるための活力を補給するための場所や人間関係」のことです。
彼が成長する過程、例えば思春期の頃など「オマル氏の性質」に気づいたのだとすれば、彼は、家族という安全基地を失うという喪失体験もしていたことになります。
そして、思春期よりもっと前に彼が「性質」に自覚的だったのであれば、彼にとって、生まれ育った家族は、そもそも安全基地ではなかったのかもしれません。


次に、交流分析の禁止令とゲーム理論から考えてみます。
交流分析とは、人間と人間が起こすコミュニケーションに着目した心理学です。
どうして不快とわかっているコミュニケーションを止められないのか、というテーマや、より良い人間関係をつくるには?、というテーマで、恋愛からビジネスまで幅広いシーンで用いられることが多いです。

この交流分析のなかに、禁止令という概念があります。
主に幼少期〜思春期の間に、養育者や周囲の大人や子どもから与えられたり、生存本能によって自らつくりだしたりする、無意識(自分では自覚できない深層心理)の価値観のことで、その個人の心に深く影響を及ぼします。
幼児期のトイレットトレーニングが、最も身近な一例です。
禁止令にはいくつかの種類があるのですが、種類分けをせずに全て羅列をすると、
「存在するな」「成長するな」「自分の性であるな」「子供であるな」「重要であるな」「成功するな」「所属するな」「健康であるな」「親しくするな」「感じるな」「考えるな」「実行するな」「欲しがるな」「完璧であれ」「満足させろ」「努力しろ」「強くあれ」「急げ」「楽しむな」 「愛されるな」「幸せになるな」「自立するな」、
などがあります。
この禁止令は、本人が自覚しない限り、生涯に渡って本人の行動選択や感情の想起、対人関係、家族との関わり、仕事への態度、自己実現の方向性など、あらゆることに無意識に影響を与え続け、時に、人生そのものを深く支配します。

個人の自由な価値観よりも宗教的価値観を重んじる家庭で育ち、アラブ系住民という人種差別の対象となり得る環境で生きながら、自身の「性質」に気づいたとしたら、彼には23の禁止令のうち、どれだけのものが与えられたでしょうか。

婚姻関係を重んじる男性性の強い宗教を持つ家庭で育ち、人種差別を受けた可能性が高く、男性同性愛者であったかもしれない彼に、
「存在するな」「自分の性であるな」「重要であるな」「所属するな」「親しくするな」「感じるな」「考えるな」「欲しがるな」「完璧であれ」「努力しろ」「強くあれ」「楽しむな」「愛されるな」「幸せになるな」というような禁止令が与えられたとしたら、どのような人生になるのでしょうか。

そして、ゲーム理論の観点からも考えてみます。
ゲーム理論とは、簡潔に独自解釈をすれば「プラスの人間関係がつくれないとき、ネガティブでも良いからコミュニケーションを続けたい心理」のことです。
小さい子どもが、好意を持った子どもに対してうまく好意を伝えられない時に、意地悪をしてしまうの一例です。
もちろん、大人にもあります。
本当は仲良くしたいのに、うまくコミュニケーションがとれなくて嫌な態度をとってしまった経験が、誰にでもあるはずです。
オマル氏が男性同性愛者だったとして、家庭環境、生活環境、心理的課題から、周囲のLGBTとプラスの人間関係がつくれなかったとしたら、ネガティブなコミュニケーションを繰り返したであろう彼の人生は、どのようなものであったでしょうか。
彼の周囲にどのような人々が集まり、個人としての彼の自尊心は、どんなものになったでしょうか。


続いて、認知心理学・社会心理学から、ハロー効果、ピグマリオン効果、ラベリング効果、の観点で考えます。
ハロー効果は、簡潔に独自解釈をすれば、後光が指すことでその存在がより強調されるように、個人のある一部分の印象が強烈であるがゆえに、その印象が個人全体の印象にすり替わってしまう、無意識の心の仕組みです。
例えば、普段から人付き合いをせず、他人に対しても無愛想で高圧的な人が、ある時、飢えた子猫にエサを与えている光景を目撃したとき、その人が善人に見えるようなことが一例です。
ピグマリオン効果は、同様に解釈をすれば、人間は他人が自分に何かを期待しているのを知ると、その期待に応えようとする、無意識の心の仕組みです。
例えば、親から成績優秀であることや、言うことに素直に従う手間のかからない子であるのを期待されているのを知った子どもが、勉強を頑張り、親の要望に応えようとするようなことが一例です。
ラベリング効果は、同様に解釈をすれば、人間は他者が自分にある属性を付与すると、その属性どおりに行動するようになってしまう、無意識の心の仕組みです。
例えば、子どもに対して「あなたは不良だ」と言ったとき、その子どもが不良らしく振るまい始めることなどが一例です。

重要なのは、これらの効果は、他人との関わりから生まれるだけでなく、自分から自分に対しても発生するということです。
ハロー効果をふまえると、イスラム教家庭で育った彼が自身の性質に気づいたとき、彼は自分をどのような存在と認識したでしょうか。
イスラム教では、”同性愛は死刑に相当する罪悪”なのです。
ピグマリオン効果をふまえれば、彼は家族や周囲の期待にどのように応え、自分で自分に何を期待したでしょうか。
イスラム教では、”男性は女性と結婚し子をなすもの”なのです。
ラベリング効果をふまえれば、彼はどのようなラベル(又は、レッテル)を周囲に付与され、自分に付与したでしょうか。
アラブ系アメリカ移民は差別の言動を受けやすい人々であり、差別を初めとする暴力被害者は自分の存在価値や自尊心を低く感じることが、研究によって報告されています。
(参考:いじめの被害−加害経験と自尊感情との関係 —大学生を対象にした遡及的調査研究— 吉川延代氏、今野義孝氏、会沢信彦氏)


また、マズローの5段階欲求説と、認知的欲求不満の観点から考えます。
心理学者のマズローによって提唱された5段階欲求説は、簡潔に独自解釈をすれば、人間が自己実現をしてゆくうえで感じる「生理」「安全」「所属と愛」「承認」「自己実現」の5つの欲求のことです。
生理的欲求は、食事や排泄、呼吸、睡眠、を初めとする、人間が生きる上で必要不可欠なことを満たしたいという欲求です。
安全欲求は、生きてゆくうえで、暴力をふるわれない、身体的・精神的危害を与えられない、災害や自然環境の危険を防ぐ、など自分の安全を満たしたいという欲求です。
所属と愛の欲求は、個人として自分がどんなグループやコミュニティに所属しているかを認識し、そのグループやコミュニティの中で愛情の交換を行いたいという欲求です。
自己実現の欲求は、個人としての自分の存在や能力を活かし、社会の中で何かを成してゆきたいという欲求です。
欲求は、プラスの感情や行いで満たすこともできますし、マイナスの感情やネガティブな行為で満たすこともできます。
マズローの5段階欲求説をふまえれば、オマル氏の5つの欲求は、どのように満たすことができたのでしょうか。


認知的欲求不満の観点ではどうでしょうか。
認知的欲求不満というのは、簡潔に独自解釈をすれば、「それ」が「ある」と人間が認識したとき、好意的な感情から発生する接近欲求(知りたい、近づきたい、触れたい、他)と、嫌悪的な感情から発生する回避欲求(知りたくない、遠ざかりたい、感じたくない、他)が自然にうまれるも、その欲求が満たされない時に発生するネガティブな状態のことです。
近接欲求が満たされないというのは、知りたいのに知る術が無い、近づきたいのに近づけない、触れたいのに触れるべき相手が居ない、ということです。
回避欲求が満たされないというのは、知りたくないのに情報が入ってくる、遠ざかりたいのに距離をおけない、感じたくないのに実感してしまう、ということです。

欲求不満がうまれた時、人間は、攻撃・逃避・防衛、のいずれかの行動をとることで、欲求不満を解消しようとします。
攻撃・逃避・防衛、のうち、最も選択されやすい方法は攻撃であると言われています。
攻撃とは、例えば、欲求不満を引き起こしている存在を抹消することで、欲求不満を解決しようとすることです。

世界に同性愛という性質が存在すること、周囲に同性愛者という存在がいるかもしれないことを知ったとき、同性愛について知る術が無かったとしたら近接欲求は満たせず、また、誰が同性愛者か分からないがゆえに回避欲求も満たせません。
同性愛という性質や同性愛者を深く知らない人々が、同性愛という性質を非難したり同性愛者を迫害するのは、宗教上の理由を別とすれば、認知的欲求不満を解消しようとする攻撃行動と考えることができます。

そして、人間は自分という存在からは、回避することができません。
自分の内に、認めたくない感情や、否定したい性質、拒絶したい属性を見出したとしても、回避欲求を満たすことはできません。
自分という存在は常に身近にあり、遠ざけることはできないからです。
自分という存在への認知的欲求不満を解消しようと自分へ攻撃を行うとき、自殺や自傷行為を初めとする、悲しい出来事を引き起こします。
オマル氏は、アメリカ社会において人を撃てば自分も撃たれることを知っていたはずです。
公共の場で人を撃つということは、自分も殺されることを予想しての行いであったはずです。
多くの人々が集まるクラブで人を撃つということは、凶行を止めようとする他者の手で自分を殺してもらうという、間接的な自殺だったのかもしれません。


最後に、彼がなぜ銃撃による多数のLGBTsの虐殺を行ったか。
フロイトの精神分析やユング心理学など、投影(目の前のものに、無意識に価値観や感情を重ねること)を初めとする無意識を扱う心理学においては、銃は、攻撃性や男性性の象徴とされています。
男性性へのコンプレックスがあり、攻撃性が高まっていたから、銃を使ったのか?
私は心理の臨床家として「銃」という武器には、それ以上の意味があると感じます。

オマル氏が、なぜ刃物や科学薬品や爆弾でなく、銃を選んだのだろうと考えた時、ある心理カウンセリングでの光景を思い出しました。
投影を活用する心理療法のひとつに、箱庭療法というものがあります。
砂を敷いた箱のなかに、自由に物を置いていく心理療法で、普段は意識化できない無意識を可視化することができます。
この箱庭療法を、ある女性のクライントとご一緒していた時のことです。
その方が創った箱庭のなかには「銃を持った兵士」が登場していました。

箱庭療法を進めてゆくなか、その兵士がなぜ銃を持っているのかと聞いたとき、彼女はこう言ったのです。
「この兵士が悲しくて、どれだけ、泣いたり、喚いたり、叫んだりしても、だれも気づかないし、気づいた人も見てみぬふりをする。だれも気づかなくて、気づいたひとも無視をするから、この兵士は、大きな強い銃で、気づいて欲しい自分の悲しみを、直接相手の心の中にねじ込んでやりたいと思っている」
銃で他人を殺したいのではなくて、銃という身体の中に弾丸を潜りこませる道具を使うように、気づいてくれない人や無視をする人達に、無理矢理にでも自分の悲しみを伝えたかった、と、いうことなのです。
「無理やりでもいいから分からせたいと思うくらい、悲しい気持ちを誰かにわかって欲しかったんですね」
と伝えたとき、彼女は、とめどなく涙を流しました。
この時の心理カウンセリングを思い出しながら、もしもオマル氏が同性愛者だったとしたら、オマル氏が数多くある人殺しの道具のなかで「銃」を同胞に向けたのは何故だったのだろうと、思うのです。


他にも多くの心理学からも、オマル氏の心理を考察することは可能です。
例えば、ネガティビティ・バイアス、防衛機制、反動形成、認知の歪み、などは直結しているでしょう。
返報性の法則と一貫性の法則からも、有効な分析ができるはずです。
他にも多様な心理学から、彼の心理を考察することができます。
多くの心理臨床家・心理研究者によって、オーランド事件における様々な心理的考察が続けられることを期待します。


キリスト教的発想をすれば、彼の魂は永遠に地獄に堕ちることになるのだと思います。
どんな理由があっても、暴力は悪いことです。
ですから、オマル氏は49人を虐殺し、53人に傷害を与えた極悪人ということで適切なのだと思います。
殺害された49人が、殺さるべき理由も、殺されて良い理由も、世界中のどこにも存在しません。
彼が行った虐殺は、間違いなく悪であり、許されるべきではないことです。

しかし、もしも、彼が私と同じ、男性同性愛という性質を生まれつき持った人であったならば、私は、彼をモンスターと感じる多くの人々の心に対して、彼をモンスターから人間に戻さなくてはならないと思いました。
彼はモンスターではなく、ただひとりの、当たり前の人間だったと証明したかったのです。
オーランド事件は、頭の狂った訳の分からない心理を持ったモンスターが起こした凶行ではなく、この世界のどこにも行けなくなった悲しいひとりの人間の行いだと、私は訴えたかったのです。
人生の道に迷った人が、戻り方も進み方も分からなくなったまま、泣き叫ぶ代わりに銃の引き金を引いた、悲しい出来事だったかもしれないのです。

それでも、オマル氏が人間ではなくモンスターだとするのならば、彼は、生まれつきのモンスターだったのではありません。
彼は、間違いなく人間だったからこそ、人間の心が持つ自然な仕組みによって「モンスターに成った」のです。
そして、モンスターは、心理学の見地から見れば、セクシャリティに関わらず誰もが成りえる可能性のひとつです。
オーランド事件は、きっと、世界中の誰もが当事者です。


憎む前に、会話と対話を。
憎しみがうまれたとしても、会話と対話を。
人種や、セクシュアリティや、地域や、宗教や、血統や、疾病や、ありとあらゆる障害を乗り越えて、誰もが持つ心と心で行う会話と対話が行われることを、心から、願います。

憎しみから、新しい憎しみと絶望を生まないために。
憎しみと絶望から、愛と理解がうまれますように。
オーランド事件に痛みを感じる世界中のひとたちの間で、たくさんの会話と対話がなされてゆきますように。
そのとき、このコラムに書かせて頂いた心理学が、人の心というものを理解する一助になったなら、幸いです。
CCライセンスを設定してありますが、悪意的な目的でななく、原文を改変しなければ、営利目的に使用して頂いても構いません。


日本ではない国に暮らす皆さんへ。
このコラムの原文は村上裕によって日本語で書かれ、小林クリストファー太によって、現在英訳中です。
あなたが日本語を使わない国に暮らしているのならば、このコラムをあなたが使う言語に翻訳し、あなたの家族や友人、パートナー、仕事で関わる人々との関わりに用いて頂けたなら、とても嬉しく思います。


当たり前に私達を動かす心の仕組みを踏まえ、オーランド事件から愛と理解を生んでゆくコミュニケーションを行うようなオーランドキャンペーンが、国境と時代を越えて起こり続けることを期待します。

次の「奪われた49人」も「50番目の彼」も、もう二度と、うまれて欲しくないと願う人間のひとりとして。


カウンセリングルームP・M・R
ゲイの心理カウンセラー
村上裕


●参考
・二丁目でオーランド銃撃事件の犠牲者を追悼するイベントが行われました(GladXX)
http://gladxx.jp/news/2016/06/4629.html
・番外コラム フロリダ銃乱射事件の容疑者を「ゲイ」と呼ぶ、ということ(2CHOPO)
http://www.2chopo.com/article/detail?id=1843
・【サムソン高橋・非シャイニー宣言】フロリダ ゲイクラブ銃乱射事件に思う(Letibee Life)
http://life.letibee.com/news/frorida-gay-shooting/

CCライセンス:表示—非営利—改変禁止
2016.6.23

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オマル・マティーンはゲイだったのか? だとすれば、なぜゲイクラブを狙ったのか?

 あのオーランドの悲劇から1ヵ月が経ちました。

 まず、前提として、オマル・マティーンという人物が、キレやすく暴力的な人物だったということ(元妻に対して暴行を繰り返していた、いつも怒っていた、「パルス」でナイフを取り出したこともあった)、FBIにイスラム過激派との関連を疑われたこともあったが証拠がなく、テロリスト警戒リストから外され、(警備の仕事をしていたこともあって)合法的に銃を手に入れたこと、それが今回の銃乱射事件という惨劇の根本原因であるという認識を共有しておきたい思います。ホモフォビックな人物やキレやすく危険な人物はいつの時代にも一定数いると思いますが、簡単に銃を買えるようになっていること自体に、こうした虐殺(コロンバイン高校の事件をはじめ、これまでに何度も起こっています)を可能にする要因があることは間違いないでしょう。

 ではなぜ、オマル・マティーンはゲイクラブを狙ったのでしょうか? 犯行の動機は何だったのでしょうか?
 村上裕さんが心理学的な分析をしてくださっているので、私は内面というより、彼を取り巻く状況や社会的な視点から、できるだけ真実に迫れるように書いてみようと考えました(エビデンスを積み上げていかなければいけないため、とても大変な作業でした)
 
 初め、マティーンが犯行の最中に自ら警察に電話をかけ、ISISに忠誠を誓う発言をしていたため、ISISとの関係が取り沙汰されていましたが、FBIも以前捜査したもののISISとのつながりはないと判断していた(だからこそ銃を手に入れることができた)し、父親も即座にそれを否定し、オマルがマイアミの繁華街で男同士でキスしているのを見て激怒したと語ったため、(何人もゲイを殺してきている)ISISに共鳴したホモフォビックな男によるヘイトクライムだと見られていました(オバマ大統も「テロであり、ヘイトクライムだ」と語っていました)

 その後すぐに、オマルは「パルス」の常連だったとか、Grindrなどのアプリを使って出会っていたという証言が相次ぎ、それに付随する様々な情報(なかにはデマも)が出てきて、アメリカ国民の関心はゲイだったのかどうか、に注がれることとなりました。
 FBIはこれまでに、犯人の電話の内容を公開し、また、11日深夜に犯人がリストバンドを受け取るために「パルス」に行った(リストバンドがあればセキュリティチェックを受けずに再入場できるため)ということも明らかにしました(詳しくはこちら)。しかし、携帯やタブレットやPCなどを調べた結果、ISISとの関連を示す証拠は何もない、同時に、オマル・マティーンがゲイアプリを使っていたとかゲイの恋人とメッセージのやり取りをしていた証拠も見つかっていないとしています。

 まずは、事件直後からこれまでに報じられたオマル・マティーンの犯行の動機や人物像(主にセクシュアリティにまつわること)について、情報を整理してお伝えし、それから、多くの方たちの証言に基づき、オマルが二重生活を送っていたクローゼットなバイセクシュアル男性だったと仮定して、その上で、彼がどうして「パルス」を襲撃したのか、このような悲劇が繰り返されないために私たちに何ができるのか?といったことについて、私見を述べたいと思います。(後藤純一 2016/7/12)

オマル・マティーンの犯行の動機や人物像(主にそのセクシュアリティ)についての情報
 
 6月13日に出た「Orlando shooter was regular at Pulse gay club; former classmate says Omar Mateen was homosexual(DAILY NEWS)」という記事は、オマルが「パルス」の常連であり、二重生活を送っていたと報じています。
 2009年に結婚していた元妻は「彼が過去のことを告白したことがあった。クラブで楽しんでたって。でもそれを周囲に秘密にしていたいんだろうなと思った」と語っています。
 2006年に警察学校のクラスメートだった男性(匿名)は、オマルがゲイだったと確信しています。「僕らは何軒かのゲイバーに一緒に行った」。その際は、お互いにゲイだとは言っていなかったそうです。「彼はその場に馴染もうとしていた。でも、誰も彼のことを気に入らなかった。彼は不器用だったんだ」
「この3年間にも何度もパルスを訪れていた」と、クラブのパトロンは語ります。
 ドラァグクイーンとして活躍しているタイ・スミスとクリス・カレンは「パルスで何度か見た」と語っています。「セキュリティも含めた他の何人かの人たちも実際に何度も目撃したと言っている」「事件の後、みんなショックを受けた。だって、見たことがあるんだもの」。ある夜、オマルが宗教的なジョークに怒って、友達に向かってナイフを取り出したこともあったといいます。一方で「彼はナイスガイだった。バーにいて、別の男と話していた。私は振り返った。私は女装していた。ハローと言った。彼は満足げだった」とカレン。「私がステージでショーをやっている時、彼は誰かの横に立って、しゃべっていた…ステージの近くで、楽しんでいたの。そのあと、別の男と踊っていた。クレイジーに見えた」。オマルは「パルス」にいる時は、宗教的な家族から解放されたがっていたといいます。「本当に酔っ払っていた。家では飲めなかった。父親は本当に厳しくて…。彼はそのことで文句を言っていた」

 6月14日には「Orlando gunman 'tried to pick up men' in gay bar he attacked(BBC)」にあるように、「パルス」に出資しているジム・ヴァン・ホーンが動画で出演し、マティーンが「パルス」の常連だったと証言しています。「誰もが彼の名前をオマルだと知っている」「彼はゲイで、店で他の男と出会おうとしていた」

 6月14日付のAFPの「米乱射容疑者、現場ゲイクラブの常連か 出会い系アプリ利用も?」では、「オーランド・センチネル」紙が13日、クラブの常連客4人の話として、オマル・マティーンが「パルス」を頻繁に訪れていたと報じたとしています。
 タイ・スミスは、マティーンについて「時折、店の隅に座って一人で飲んでいました。酔って大声を上げ、周りにけんかを売ることもありました」と、マティーンを「パルス」で10回以上見たと語っています。「私たちは彼とはあまり話をしませんでしたが、時々、父親の話をしていたのは覚えています。自分は妻子持ちだとも言っていました」 
 常連客のケビン・ウエストは「ロサンゼルス・タイムズ」紙に対し、ゲイ向け出会い系アプリでマティーン容疑者からここ1年間にわたり時折メッセージを受け取っていたと語っています。
 さらに別の常連客らは地元メディアとMSNBCテレビに対し、マティーンがGrindrを含む複数のゲイ向け出会い系アプリを使い、性的な関係を持つ相手を探していたと証言しています。

 6月14日付の「オーランド銃乱射事件 容疑者の元妻 彼は同性愛者だったと語る(sputnik)」では、「ニューヨーク・ポスト」紙が、2009年に3ヵ月間オマルと結婚していたシトラ・ユスフィーがブラジルのTV局のインタビューで語った話を引用し、マティーンが同性愛の性的指向を持っていたと報じたことを伝えています。シトラの現在の婚約者マルコ・ディアスは、シトラが、オマルには同性愛の性的指向があったと考えており、父親のセディークがシトラの前でオマルのことを同性愛者と呼んでいたことを伝えました。また、マルコ・ディアスは「米連邦捜査局(FBI)が、このことをマスコミには語らないよう彼女に頼んだ」と述べました。

 6月14日に出た「#PulseShooting: Gunman Reportedly Didn’t Want to Kill Black People: ‘You Guys Suffered Enough’(the ROOT)」という記事では、オマルが「ここに黒人はいるか? 俺は黒人には何も恨みはない。お前たちはもう十分に苦しんだ」と言ったと証言されています。しかし実際は、3人のアフリカ系アメリカ人が亡くなっています(うち1人はフィラデルフィアから遊びに来ていた18歳の女の子でした)。オマル・マティーンの元同僚、ダニエル・ギルロイ(44歳)は、彼はアフリカ系どころかマイノリティのグループへの愛は微塵も持っていなかったと語っています。「奴は危険だ、と何度も会社に苦情を言った。黒人、女性、レズビアン、ユダヤ人を憎んでいた」「以前、マティーンがアフリカ系の人を見たとき『ニグロを皆殺しにしてやりたい』と言った」「奴はいつも怒っていて、汗をかいていた。世界に怒っていた」

 6月15日に出た「Jack'd app says it has no record of Mateen(USA TODAY)」という記事。Jack’dのヘクター・カマチョCEOが、少なくともこの1年以内にオマルがアプリを使っていた痕跡はないと語っています。FBIからも警察からも直接のコンタクトはなく、ニュースを見て自主的に調べたそうです。オマルのプロフィール画像について「誰もその画像がアップロードされたと見つけられなかった。でっち上げではないか」としています。ただし、携帯アドレスやIDなしに、マティーンが本当にアカウントを持っていたかどうか、確定も否定もできないとのことです。ベーシックバージョンは匿名でアクセスできるからです。CEOは、調査機関の協力が必要だと言います。「連邦警察のコンタクトを待っている。いつでも協力の用意がある」

 6月22日、「Puerto Rican man claims he was Orlando shooter's gay lover and says the Pulse nightclub attack was 'revenge' after Omar Mateen discovered one of the men he'd had a threesome with was HIV positive(DAILY MAIL)」や「Omar Mateen's 'gay lover' claims Orlando shooting was revenge against HIV-positive partner(telegraph)」などの記事で、「ミゲル」と名乗るプエルトリコ系のゲイ男性が(顔や声を変えて)ユニビジョン(アメリカのスペイン語TV局)に出演し、オマルと付き合っていたこと、「パルス」の襲撃はオマルがこれまで関係を持ったプエルトリコ系ゲイの中の1人がHIV陽性だったと発覚したことへの「復讐」だったと語ったことを報じています。
「ミゲル」は、Grindrでオマルと出会ったと言い、デートをして、軽くセックスを楽しむような友達になったといいます。オーランドのホテルで15回か20回、セックスしたそうです。オマルはISISへの忠誠も誓っていたが、ミゲルは本当の動機はそれではないと語っています。「想像もできないと思うけど、僕は泣いていた。でも、真実を述べようと思ったのは、彼がテロリズムとしてあれをやったんじゃないということ。僕が思うには、復讐だった」。オマルは2人のプエルトリコ人の男とセックスしたが、うち1人が後でHIV陽性とわかり、怖くなったといいます。「彼はHIVに感染したんじゃないかと恐れた」「僕は聞いた、検査受ける?って。うん、と言って、彼は病院に行き、検査を受けた。陰性だったけど、その結果が出るまで時間がかかった。僕がどうなってるか聞いた時、『俺にこんなことをした奴らにいっぱい食わせてやる』と言っていた」「彼はゲイのプエルトリコ人を憎んだ。それが復讐へと駆り立てたんだ」「彼はラティーノが好きだった。でも、拒絶されたと感じた。使われたと感じたんだ。『パルス』で、本当に気分が悪くなることがあった。それが彼に影響したんだ」。ミゲルは、オマルが「優しくて、愛情がこもっていた」と語ります。結婚するように強制されているとも言っていたそうです。「彼は、イスラム教は美しいと語った。そこでは全てが愛についてのことだ。誰もが歓迎される。ゲイ、トランス、バイセクシュアル、誰もが、と」「彼は愛を求めていた。彼は抱きしめられたかったんだ」

 しかし、ミゲルと名乗る男の証言については、身元が不確かなため、信憑性に欠けるという声が上がりました。6月24日の「Univision exclusive on Omar Mateen’s secret gay life comes under fire(The Washington Post)」の記事では、ユニビジョンが彼のアカウントを確めることができなかったとしています。この放送の2日後、LosAngels Timesが「調査会社は、この男のアカウントは信用できるという確信を持てていない」と報じました。しかし、ユニビジョンのスポークスマン、ジョーズ・ゼイモラは、ミゲルについて「彼はインタビューでたくさんのことを語った。我々は事実確認をしてきて、たくさんのことを確定させることができた」と語っています。

 6月24日に出た「FBI investigators say they have found no evidence that Orlando shooter had gay lovers(LosAngels Times)」は、FBIがオマル・マティーンがゲイだったという証拠を見つけていないとする報道に対し、疑問を呈しています。
 「パルス」の常連で29歳のケビン・ウェストは、マティーンがJack’dでメッセージを送ってきたと語っています。そして「パルス」に入っていくのを見たとも。銃撃後、彼は携帯とアプリのパスワードを警察とFBIに伝えたそうです。マティーンは別の名前を使っていましたが、アプリの写真が銃撃後に公開された写真と同一人物だったため、わかったといいます。「誰も嘘は言っていない。アプリはプロフィールを消去したら、なくなってしまう」。ウェストは、焦点は、銃が簡単に手に入るところに当てられるべきだと語っています。「人々は彼の手によって殺されたんだ。この国の人たちの関心事は、彼がゲイかどうかということばかりだ」
 コード・セデーノ(23歳)も「パルス」の常連で、銃撃の数ヵ月前に「パルス」でマティーンを見たそうです。そして、Grindrでメッセージを送ってきたといいます。しかし、画像と「Hi.」しか送ってこなかったので、ブロックしたそうです。セデーノは、他の何人もがマティーンが「パルス」に来ていたと語るのは疑う理由がないと主張します。「FBIは、明らかに情報を包み隠そうとしている」「僕は嘘発見器にかけられてもいい。オマルがメッセージを送ってきたことは事実なんだ」。セデーノは、警察にそのことは言っていないという。なぜなら、警察に言った友人たちは、携帯を取り上げられ、マスコミにはしゃべるなと言われたからです。彼は、テロリストの監視リストからオマルを外したのはFBIじゃないか、と批判します。「彼らがこの虐殺を導いた。逮捕だってできたはずなんだ」
 
 6月25日の「The FBI Is Anonymously Calling LGBT Witnesses 'Not Credible’(Advocate)」がある意味、まとめ記事になっています。ほぼ全文をお伝えします。
 FBIは、オマル・マティーンがなぜあのようなことをしたのかということについて、何の説明もしてません。しかし、FBI内部の何者かが匿名で複数のメディアに、オマルは秘密のゲイライフを送ってはいなかったと語っています。
 名乗り出た目撃者たちは、それを信じていません。FBIが真実をねじ曲げようとしていると非難している人もいます。FBIは以前、何度もマティーンに事情聴取していたにもかかわらず、テロリストの監視リストから外しました。
 ケビン・ウェストは、オーランド・センチネルにこう語りました。「オマルがその歩み(ゲイとの出会い)を隠してきたのはほぼ明らかだよね」「多くの人が、ゲイであることを秘密にしている。オンラインでは顔を出したくない。なぜなら、『家族にカミングアウトしてないから、それか、職業上の理由で』」
 クローゼットにいる人は、明らかな足跡がつかないよう、慎重になるものです。しかし、実際問題、なぜFBIがそんな証拠はないと主張するのかはよくわかりません。何を調べたかということも明らかにされていないからです。
 調査記録について聞かれると、FBIから来た特別なエージェントでテロ対策にも携わっている2人の弁護士は、申し立てはまだ吟味中で、検証はまだ行われていないと答えました。
 マティーンのセクシュアリティについての憶測は、たくさんの目撃談からスタートしました。土曜日に「パルス」で行われていたラテンナイトにレギュラーで出演しているドラァグクイーン、リサ・レーンは、彼が自分のファンだったと認めています。
 FBIは何の証拠もないと言い張っていますが、もし仮にそれが正しいとして、LGBTがヘイトクライムに関連付けられるのは初めてのことではありません。LGBTは最もヘイトクライムのターゲットにされやすいマイノリティ集団であり、また、不安になるくらいたくさんの人々が暴行され、ホモフォビックな暴言を吐かれたり、いやがらせを受けてきたからです。
 コード・セデーノは、最初に前に出た一人です。彼はMSNBCに出て、マティーンからGrindrでメッセージをもらったと語りました。「嘘発見器にかかってもいい」
 ジム・ヴァン・ホーンも「パルス」で見たという目撃者です。彼は、AP通信に「FBIからはまだ声はかかっていない」と述べました。また、FBIが目撃者探しに苦労していることを一蹴しました。「誰もテロリストと寝ていたなんて言おうとしないよね」
 実際は、ある人物がユニビジョンでそれをしていました。
 そして、ゴシップサイト「TMZ」の報道によると、誰かが匿名でマティーンと会っていたと書いていたアンバサダーホテルの監視カメラを調査したところ、確かにマティーンの姿が写っていたそうです。
 マティーンのホームタウンであるフォートピーアスに住む3人の男性が、『Advocate』に対し、Grindrで見たと語っています。 
 FBIは、こうした目撃者についてのインタビューの記録を公開していません。

 なお、最近出てきた情報で、FBIが、マティーンが銃撃を始めて2時間後に妻に宛てた最後のメールを公開し、その中に「俺はゲイだ、自分自身が嫌いだ。だからこうしている」と書かれていたという話があったそうですが、これはデマだそうです(詳しくはこちら

 それから、6月19日の「'You are gonna be mine. Just watch': Second woman claims she was stalked by Orlando killer Omar Mateen for THREE YEARS who 'told her he wanted to date her’(DAILY MAIL)」によると、過去3年以内に、マティーンにストーカーされていたと主張する女性が複数いるそうです。
 オマルは二重生活を送っているクローゼットなゲイだったという見方が強いと思いますが、ゲイというよりもバイセクシュアルだったのではないでしょうか。それか、本当は男性を求めていたけど、宗教的に、家族にも「禁じられた」関係であるし、なかなか男性とのつきあいがうまくいかなかったりもして、性愛の対象を女性へと向けたのかもしれません。その辺りも、本人がもういない以上、確認することはできませんが。
 
 オマル・マティーンのセクシュアリティをめぐる情報については、以上になります(6/26以降、特に新しい情報は出てきていないようです)

 
オマル・マティーンはどうして「パルス」を襲撃したのか、犯行の動機は何だったのか
 

 おそらくオマル・マティーンは、女性と結婚していながらも「パルス」に通ったりアプリを使ったりしてゲイとの出会いを求めるという二重生活を送っていた、クローゼットなゲイまたはバイセクシュアル男性だったとみなしてよいのではないかと思います。
 その話を聞いて、同じセクシュアルマイノリティなのになぜ?という疑問が浮かび、犯行の動機がわからない…と困惑する方もいらしたかと思います。一部のメディアでは「同じゲイがやったのならヘイトクライムではない」とか「なんだ、ゲイどうしの痴話喧嘩じゃないか」みたいなコメントも見受けられましたが、町山智浩さんが「まさにそれこそヘイトなんですよ」と指摘してくれていました(「身の回りにあるヘイトや差別は、差別される当事者にすら自分を嫌悪させてしまう恐ろしいものだということです。アメリカの女性解放運動に激しく反対したのは、教会で女性の劣等性を深く刻み込まれた福音派の女性たちでした。自由になれない人は自由になった人に嫉妬し、憎むのです」)
 なぜ彼がわざわざ、自分も通っていた「パルス」を狙ったのかということについては、当人がもうこの世にいない以上、真実は藪の中です。何を言っても推測、憶測になってしまいます。そのことを承知のうえで、以下に私見を述べさせていただきます。
 
 オマルがクローゼットだったと聞いて、真っ先に思い出したのは、1950年代、多くの政府職員を同性愛者だ!と追及してクビにした赤狩りの急先鋒、ロイ・コーンのことでした。自身がゲイであることをひた隠しにし、証人や被告人に対しては「同性愛者であることを暴露されたくなければ法廷で検察に有利な証言をせよ」と脅したり、ゲイの権利擁護に声高に反対してきました。同時代の多くのゲイと同様にHIVに感染し、エイズを発症して亡くなるのですが、『エンジェルス・イン・アメリカ』では、彼がエイズ患者たちが喉から手が出るほど欲していたAZTを独り占めしていた(冷蔵庫に山ほど確保していた)シーンが描かれています。
 映画にもなったFBI初代長官のJ.E.フーバーも、自身がゲイであることは絶対にバレないように証拠を隠滅しつつ、政敵がゲイだとわかるとその「弱味」につけ込んで脅したり、ロイ・コーンと一緒にゲイの職員を追い出したり、同性愛者は国を脅かすと主張したりしていました。
 東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された『Outrage』を観ると、マーク・フォーリー下院議員(共和党。フロリダ州選出。2006年、元議員付添人ら10代の男の子たちに対し、性器や性行為に触れて相手を性的に興奮させようとするようなメールを繰り返し送っていたことを暴露され、辞職。児童ポルノ撲滅推進派の急先鋒でした)やラリー・クレイグ上院議員(共和党。アイダホ州選出。2007年、ミネアポリス・セントポール国際空港男子トイレにて、私服警察官に対してみだらな行為を行おうとしたところを現行犯逮捕されました)といったクローゼット議員たちは、ゲイの権利を守るような政策にことごとく反対していたことがわかります。
 こうした、公職に就いてながら、ゲイだと疑われないように、誰よりも激しくゲイを攻撃するという卑劣な輩は歴史上、決して少なくなかったことが知られています(昨年、北丸さんが「LGBTではない」と批判していたのはこういう人たちでしょう)
 男と寝ていながら自身を絶対にゲイだとは認めず(俺はあんなホモ野郎たちとは違う、と言い放ったりします)、他のゲイたちを憎み、誰よりも激しく攻撃する、そういう行動に駆り立てる心性を同性愛嫌悪症(ホモフォビア)と言います。
 ホモフォビアは欧米では特にカトリックやキリスト教原理主義者の間で顕著に見られ(パレードに向かって「地獄に堕ちろ」とプラカードを掲げたり、ゲイの子どもを「治療」施設に送ったり)、中東やアフリカなどイスラム教の影響が強い地域(特にシャリーアと呼ばれる宗教上の戒律を厳格に現代にも適用させようとする地域など)でも根強いものがあります(国によってはゲイが逮捕・投獄されたり、死刑にされたりしてきました。ISISでもそうです)(だからと言って、すべてのクリスチャン、すべてのムスリムが同性愛嫌悪者ではないということは言うまでもありません)。また、宗教を問わず、軍隊やスポーツ界など、男社会(マッチョイズムがもてはやされる男尊女卑な社会)では特にホモフォビアが蔓延する傾向があります。
 ホモフォビアが蔓延している社会では、そこで生まれ育ったゲイ/バイセクシュアル男性もまた、周囲の同性愛嫌悪を内面化しがちです。子どもの頃から、同性愛は罪だとかゲイは気持ち悪いとか「敗残者(負け犬)」だとかといった周囲の差別的な言動に影響を受けて、なかなか自分がゲイだと受け入れられず、あまつさえ周囲にカミングアウトすることもできず、苦しむのです。そうしてホモフォビアを内面化したクローゼットなゲイたちは、自分がゲイだとバレたが最後、今度は自分がいじめられる立場になるため、過剰にゲイをいじめたりします。彼らは密かに、カミングアウトしてハッピーに暮らしているゲイを憎んだりしています(『glee』のカロフスキーを思い出しましょう)
 内面化と簡単に言ってしまいましたが、人間の内面(心理、意識)というのは、どんな環境(家庭や宗教や学校や地域)で生まれ育ったかということに大きく左右されますし、同性愛嫌悪な環境で生まれ育つと、どうしても無意識に、複雑に、人格や思考や感情に、同性愛嫌悪が深く絡みついてしまいがちで、それを取り払っていくのは(周囲に仲間や支援者がいない限り)容易なことではないのだと思います。

 オマル・マティーンの場合、父親のセディークが「息子が同性愛者を裁く必要はなかった。なぜなら彼らは神によって裁かれるべきだからだ。これは神の仕事だ」と述べているように(詳しくはこちら)、非常にホモフォビックな家庭で育ったことが窺い知れます。全世界が注目しているなかで(アフガニスタンの言葉で語ったとはいえ)「神によって裁かれるべき」と堂々と言ってしまえるのは、うっかり口がすべったとかではなく、同性愛を憎み、それを公にしても何の問題もないと確信しているからこそ。そんな父親の下で育ったオマルが、父親にカミングアウトし、ゲイとして生きていくことなどできるでしょうか? 家を追い出されたり、殺されかねない勢いで暴力を振るわれたりするのではないでしょうか。アフガニスタン系というだけでアメリカでは生きづらいのに…オマルは同性愛が許されない家庭と、ゲイとしての自己との間で引き裂かれ、苦しんでいたはずです。そうして、女性とも結婚して家庭を持ち(それが一人前の男であり、父親の命令だったから)、本当のセクシャリティを隠し、抑圧することで、折り合いをつけようとした。しかし、男性と出会いたいという欲求はそんなに簡単に消し去ることができませんから、こっそりアプリをやったり、「パルス」に出かけたりしていたのでしょう。
 マイアミの繁華街で男性同士がキスをしているのを見て「俺の息子の前であんなことしやがって」と激昂したと父親が語っていますが、もしそれが本当なら、それは「俺が生きるために仕方なく家族に奉仕している時に、お前らは好き勝手やりやがって」という気持ちだったのではないでしょうか。自由にのびのびとゲイを謳歌している人たちが憎くてたまらなくなったのかもしれません(あるいは、父親の前でわざと「俺はホモじゃない」ということを誇示したくなったのかもしれません)
「パルス」に少なくとも何十回も通っていたくらい常連だったのは、「パルス」が有色人種を差別しないゲイクラブで、彼が行ける場所はそこしかなかったのかもしれません。そして、男の子をナンパしたり、時にはいいこともあったとも思うのですが、どちらかというとその場にうまくなじめなかった(怒ってナイフを取り出したり。それで「あの人ヤバいらしいよ」と噂されたのもよくなかったかも…)。アプリで出会った人とセックスしたりもしていたでしょう(「ミゲル」がもし実在しているのなら、恋人みたいな関係の人もいました)。でも、彼が好きなラティーノのゲイからはあまり歓迎されなかった(あるいは、「ミゲル」の証言によれば、HIVをうつされそうになった)ことが、恨みになっていたのかもしれません。ゲイの中でも人種的マイノリティな人が集まる、ゲイ以外の人も入れるようなオープンな(排他的じゃない)クラブで、仲間に入れなかった、浮いてた、というのは、とても切ないことです。

 元同僚ダニエル・ギルロイが、犯行の動機として(1)マティーンが過去に強い挫折感を味わってきたこと、(2)自身の同性愛的傾向を無理に否定したきたこと、を挙げています(詳しくはこちら)。これが真実に近いのでは?と考えられます。
 アメリカ人であるにもかかわらず、アフガニスタン系という出自のせいで肩身の狭い思いをしながら育ち、就職にも失敗し(警察官になるという夢を実現できず)、結婚にも失敗し(親からの圧力で結婚はしたものの、暴力を振るい、すぐに離婚)、セクシュアルマイノリティとして生きることにも失敗し(自分をゲイ/バイセクシュアルだと認め、受け入れることができず、また、コミュニティへの所属もうまくいかず)、もともと人種差別的で、世界に対して怒ってばかりいた、すぐにカッとなってしまう暴力的なパーソナリティ…そんな彼が、数々の挫折を経て、八方塞がりな状況に陥り、最後に残された理想郷が、イスラムの世界であり、イスラム過激派集団にシンパシーを覚えるようになったのではないか、悲しくも世界への憎悪をつのらせてしまった彼の、その憎悪の(八つ当たり的で理不尽な)矛先が、たまたま自分を受け入れてくれなかった「パルス」というゲイクラブの客に向かい(村上さんの言う「プラスの人間関係がつくれないとき、ネガティブでも良いからコミュニケーションを続けたい心理」も働いていたかもしれません)、同時に、(これまでに何人もの同性愛者を処刑してきた)ISISの教えが、彼の心の中で、それを正当化させたのかもしれません。あるいは、村上さんが「多くの人々が集まるクラブで人を撃つということは、凶行を止めようとする他者の手で自分を殺してもらうという、間接的な自殺だったのかもしれません」と書いているように、絶望の果てに、本当は好きになりたかった、受け入れて欲しかったゲイたちを巻き添えにして、無理心中的に凶行を働いたのかもしれません。ディズニーランドにライフル銃を持ち込むのは難しいが、よく知っている「パルス」なら、セキュリティをかいくぐって自らの「聖戦」をやり遂げられると思ったのかもしれません。様々な要因が重なって、あの惨劇が(彼の頭の中だけの妄想ではなく)現実化してしまったのです。
 
 いずれにせよ、真実は藪の中ですが、現時点で推測される、最も妥当ではないかと思われるところを私見として述べさせていただきました。

 

あのような惨劇が二度と起こらないように…

 村上さんはこのように訴えています。
「もしも、彼が私と同じ、男性同性愛という性質を生まれつき持った人であったならば、私は、彼をモンスターと感じる多くの人々の心に対して、彼をモンスターから人間に戻さなくてはならないと思いました。
彼はモンスターではなく、ただひとりの、当たり前の人間だったと証明したかったのです。」
「それでも、オマル氏が人間ではなくモンスターだとするのならば、彼は、生まれつきのモンスターだったのではありません。
彼は、間違いなく人間だったからこそ、人間の心が持つ自然な仕組みによって「モンスターに成った」のです。
そして、モンスターは、心理学の見地から見れば、セクシャリティに関わらず誰もが成りえる可能性のひとつです。
オーランド事件は、きっと、世界中の誰もが当事者です。」

 シャーリーズ・セロンがアカデミー主演女優賞を獲得した『モンスター』という映画を思い出した方もいらっしゃると思います。8歳の頃から祖父に犯され、13歳で妊娠し、家を追い出され、街娼になるしかなかったアイリーン。彼女は、一度は街娼をやめて職業安定所に行きますが、工場の仕事しかないよ、と言われ、結局それすら叶わず、また街娼に戻り、ボロボロに荒んでいきます(自殺も考えました)が、セルビーという天使のような女の子と出会い、最後の希望を、自分自身の存在意義を見出します。アイリーンは正当防衛である男を殺してしまい、セルビーを誘って逃避行します。そして、彼女に満足のいく生活をさせるために、殺人を繰り返すようになり…という、実話に基づく作品です。本当の「モンスター」は誰なのか、アイリーンを追い込んでいった社会の方ではないのか、と問いかけます。

 オマル・マティーンはもともとクレイジーな危険人物(モンスター)であり、だからこそあんな銃乱射事件を起こしたのだ、たとえ奴がゲイだったとしても、自分とは全く違うし、セクシャリティは事件に関係ない、と思っている方もおそらくいらっしゃると思います。
 しかし、本当に関係ないのでしょうか?
 彼の父親や社会のホモフォビアが、彼を「モンスター」にしてしまったと見ることもできるのではないでしょうか。
 
 もしオマルの父親が彼に対して「お前がゲイ(バイセクシュアル)だとしても、大事な息子であることに変わりはない」と言って抱きしめてくれていたとしたら、あのような惨劇は起こっていなかったでしょう。これまでにどれだけたくさんのLGBTが親に勘当され、行き場を失い、ホームレス化したり、まともな職業に就けなくなったり、絶望したりしてきたことか…。どれだけたくさんの人たちが、ホモフォーブ(同性愛嫌悪者)に殴り殺され、自殺を図り、命を落としてきたことか…。
 ある意味、オマル・マティーンも内なるホモフォビアを抱え、信教や父親と「本当の自分」との狭間で地獄のような苦しみを味わい、あのような無謀で自暴自棄なやり方で死ぬしかなかった犠牲者と言えるのかもしれません(他人を巻き添えにするのは最悪だし、決して許されることではありませんが)
 ホモフォビアとはそれほどまでに強力な、人の生き死ににもかかわるような病なのです。

 このような事件は二度と繰り返してはならない、第二、第三の事件が起こる前に手を打たなければいけない、そのためには、どうしたらよいのでしょう。イスラム系移民の排斥などではないことは明らかです。(アメリカ人ではない部外者が言うのも僭越ですが)銃規制は当然のこととして、例えばムスリムをはじめアメリカで社会的マイノリティとして肩身の狭い思いをしている人々に向けてLGBTの理解や共感を深めてもらう、同性愛嫌悪を和らげるような社会的プログラムを展開していくことではないでしょうか(例えば「Living Together」が人々の心の内にあるHIVへの恐怖や憎悪を少なくしていくことで、まっすぐにHIVと向き合い、リアルで身近なこととして感じられるようにしていくプログラムとして効果を上げたように)。「憎悪に立ち向かえるのは愛だ」という言葉は、そういう形でリアルに生きてくるんじゃないかと思います。

 もっと言うと、僕らはもっと(世間だけじゃなく自分の内にもある)ホモフォビアを見つめ、その正体を見極め、丁寧にそれを取り除いていく努力をした方がいいのではないかという気がしています。
 ゲイをバカにしてるノンケと同じ目線で笑ったり、だからゲイはダメなんだ的なことをネット上で書いたり、同じゲイの人を叩いたり、悪口を言ったり、自嘲したりすること(ある意味、ゲイを「呪う」こと)…そういう振る舞いの中にホモフォビアがあると自覚していくことが大事なんじゃないかと思うのです。そして、できるだけゲイでよかったと思えるような機会(イベントだったり、バーだったり、サークルだったり)に参加し、自分のセクシャリティを受け入れ、肯定し、恋人や友達や仲間を作り、認め合い、愛していくこと、憎しみを光に溶かすこと(不良少女と呼ばれて)、一人一人がそういうふうに変わっていけば、世界は少しだけよくなる…そう思いませんか? 
 なにも「清く正しく生きよ」と言っているわけではありません。むしろ逆かもしれません(以前、仲間内でご飯を食べてる時に、ある人が「昨日ハッテン場でさぁ〜」という話を始めたら、業界の大御所と言われるお方が「そんなホモフォビックな」とおっしゃって、ビックリしたことがありました。ハッテン場でだって生涯のパートナーが見つかることもあるし(私が証明です)、愛の交歓をしたり、ぬくもりや癒しが得られたり、お互いを認めあったりということがたくさんあるのに…)
 性の欲望やタイプやフェチ(たとえマニアックな嗜好だったとしても)、恋愛観や生き方、見た目や声やしゃべり方や癖、ダメなところなんかもまるごとひっくるめて、ありのままの自分を肯定し、好きになろうとする、ということです。それができれば、きっと他のゲイの人たちも好きになれるし、あなた自身もより多くの人に愛されるようになるはずです。そして、それができるだけで十分、素晴らしいし、誇りに思っていいと思うのです。
(g-lad xxはできるだけ肯定的な…希望が持てたり、励まされたりするような情報をお届けしていこうというスタンスでやっていますが、それは、そういう意味です)