REVIEW
映画『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』
またまた同性愛映画の名作が登場しました。2016年は不朽の名作『キャロル』に始まり、この映画に終わると言ってもよいかもしれません。『パレードへようこそ!』のように泣ける感動作でした。早見優さんとライフネット生命の岩瀬社長が登壇した『ハンズ・オヴ・ラヴ』特別試写会でのトークセッションも、レビューとともに併せてご紹介します。
またまた同性愛映画の名作が登場しました。2016年は不朽の名作『キャロル』に始まり、『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』に終わると言ってもよいかもしれません。女性どうしのひたむきな愛、そしてストレートの仲間たちの熱い友情…まるで『パレードへようこそ!』の時のように泣けました。今回、早見優さんとライフネット生命の岩瀬社長が登壇した『ハンズ・オヴ・ラヴ』特別試写会でのトークセッションも取材することができましたので、レビューとともに併せてご紹介します。(後藤純一)
映画『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』レビュー
ローレルとステイシーの真実の物語は
多くの観客の心を動かし、賞賛され、
アカデミー賞をも受賞しました。
(映画『フリーヘルド/Freeheld』)
この『フリーヘルド』を長編ドラマ映画としてリメイクする話が持ち上がり、エレン・ペイジのもとにプロデューサーから「ステイシーを演じることに興味はあるか」との打診がありました。エレンは二つ返事でOKし、プロデュースにも携わることになりました。それから、脚本家としてオープンリー・ゲイのロン・ナイスワーナー(『フィラデルフィア』)に白羽の矢が立ちました。監督にはピーター・ソレット(『キミに逢えたら!』)を迎え、また、ローレル役としてオスカーを受賞したばかりのジュリアン・ムーアにオファーをして(たぶん低予算映画だと思うのですが快く)引き受けてくれることになり、名作の誕生が約束されることになりました。俳優としてほかにもマイケル・シャノン(『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』)やスティーヴ・カレル(『フォックスキャッチャー』『リトル・ミス・サンシャイン』)らがクレジットされ、また、音楽をアカデミー賞受賞作曲家のハンス・ジマー(『ライオンキング』『グラディエーター』など)と、ザ・スミス(!)のギタリストだったジョニー・マーが担当し、マイリー・サイラスが主題歌「ハンズ・オヴ・ラヴ」を歌うことになりました(邦題はこの主題歌から来ています)
そうして、アメリカ全土で同性婚が認められた2015年という記念すべき年に、この作品が上映されました。
そしていざ、映画を観終わると、本当にお二人がおっしゃる通りでした。会場はすすり泣きの嵐。
ローレルとステイシーが眺めていた浜辺に打ち寄せる波のように、感動が後から後から畳み掛けるように押し寄せてきて…。
同性カップルの権利をめぐる実話という意味では『ジェンダー・マリアージュ(アゲンスト8)』に近い内容なのですが、どちらかというと、この涙は『パレードへようこそ!』に近いものがあると感じました。ローレルとステイシーは(これまでのゲイやレズビアンカップルがそうであったように)本当に深く愛し合っていました。ローレルはただ、愛するステイシーに(男女の夫婦と平等に)遺族年金や家を残してあげたいという一心、ステイシーは、お金なんかは要らなくて、思い出のつまったあの家に住み続けたいという、たったそれだけのささやかな願い。それをにべもなく踏みにじり、頑として主張を変えない郡政委員たちを動かしていったのは、周囲のストレートの人たちの「友情」だった…そのことに心を揺さぶられました。彼らの正義感や信念、二人を思う気持ちの尊さに胸を打たれたのです。
たくさんの印象的なシーンがありました。
まず「スゴい!」と思ったのは、今まで可憐な女の子の役を演じてオーディエンスを魅了してきたあのエレン・ペイジが、髪型にも服装にも頓着しない(いつも男物のネルシャツを着ています)、ちょっとモゴモゴしたしゃべり方で、車やバイクが好きで休みの日はテレビで野球を観たりして過ごす「ダイク」(映画のセリフではdykeと言ってました。字幕が「レズ」だったのは残念ですが…)としてのステーシーに見事になりきっていたところです(もしかしたら今回のが彼女の地で、今までのが演技だったのかもしれませんが…。とにかく、スゴい!と思いました)
二人の初デートは、ゲイやレズビアンが集まるクラブ…と言っても、かかる音楽はカントリーで、テンガロンハットをかぶったカウボーイみたいな人がたくさんいるようなお店でした。ニュージャージーってニューヨーク州の隣りなのにこういうノリなのか!と驚きました。ローレルはダンスをしたことがなかったため、ステイシーが手取り足取り教えるのですが、どうにもぶきっちょで…とても微笑ましいシーンでした。
家を買おうか?という話になって、犬を飼いたいとステイシーが言って、ローレルが「小さくて毛がふさふさなマルチーズとか」と(冗談で)言って、ステイシーが「やめて、そんなことしたら別れるから」と笑います(予想通り、二人が飼ったのは大型のレトリバーでした)。こうした幸せを絵に描いたようなシーンの一つ一つが、(たぶん)レズビアンテイストで彩られていて、とても印象的でした。
ローレルが相棒のデーンにレズビアンであることをカミングアウトした時、彼は頭を抱え…そして、「どうして今まで言ってくれなかったんだ? 俺を信頼していなかったのか?」と言います。ローレルは、「あなたは白人のストレート男性。私は女だっていうだけで職場で認めてもらうのが難しい、そのうえレズビアンだなんてわかったら絶望的なんだ」と言い返します。おそらくそれまで一度も相棒に強い口調で言い返したことがないローレルが初めて吐き出した本音…とても重みがありました。
郡政委員会の冷酷な判決の後、彼女たちを支援するようになるゲイの活動家が現れるのですが、とても面白いキャラでした。何度も笑わせてくれました。この役者さん、どこかで見たことが…と思ったら、『リトル・ミス・サンシャイン』でゲイの兄を演じていた方でした。
終盤はほとんどが、印象的なシーンとなりました。最初は距離を置いていたような人もだんだん応援に回ってくれたりする、そういう一つ一つの出来事が、大切なピースとなって、感動の結末へと収斂していきます。
感動の余韻を味わいながら、思ったことは、この映画(というかローレルとステイシーの実話)には、人生において大切なことがぎゅーっと詰まっているということです。二人は、家と犬と愛する人がいればそれで幸せ、と言います。仕事をして、でも家に帰ると愛する人がいて、休日は野球を見たり、海に行って釣りをしたり、犬と遊んだり、そういうささやかな暮らしの一つ一つのことが幸せで、かけがえのないものです(ストレートの夫婦と全く同じです)
ローレルもステイシーも決してエリートではありません。つつましい、一労働者です。でも、真面目に、男たちと同じように(下手な男よりもよっぽどきちんと)仕事をしてきて、職場の同僚や上司から信頼を得ています。だからこそ、半ばあきらめていた二人のために、周りのストレートの仲間が立ち上がってくれたのです。彼女たちも素晴らしいし、仲間たちも素晴らしい。
アライとは何か? ストレートがアライとして支援に回ってくれるようになるために何が大切なのか? そういうことも考えさせてくれます。
ローレルとステイシーの物語に感銘を受けた一流の人たちが、心からの「いい作品を作ろう」という思いを集めて全力で作り上げた、その心意気にも胸を打たれました。とてもシンプルなストーリーだけに、脚本や演技や演出が物を言うと思います。観客は、結末だってすぐに予想がつくと思います。けど、それでも涙を拭わずにはいられないのは、アメリカ映画界最高の演技陣が魂を込めてこの作品に息を吹き込んでくれたおかげだと思います。
パンフレットで、小西未来さん(LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト)が、脚本を書いたロン・ナイスワーナーの代表作『フィラデルフィア』(1993)に触れて、性的マジョリティーによるLGBTに対する見方が『フィラデルフィア』以降、劇的に変化していったと語っていて、とても興味深いです。「その『フィラデルフィア』を執筆したナイスワーナーが、米最高裁が同性婚を合法と認めた2015年に『ハンズ・ オブ・ラヴ 手のひらの勇気』を発表したのは、単なる偶然と呼ぶにはあまりもタイムリー過ぎると言わざるを得ない」
そのロン・ナイスワーナーは、こう語っています。「LGBTの権利や結婚の権利についての重要かつ歓迎すべき進歩はすでにあった。でも、そうした進歩と後退があったからこそ、この物語がより一層タイムリーなんだ。人間は、自分をどこかの集団に所属させたがるもので、政治や人種、セクシュアリティについて、集団間でどういった不和が起きているか、世の中はそういうニュースが溢れている。私は、この映画を観ることで、そうした対立に巻き込まれる普通の人々の感情的・精神的リアリティを経験して欲しいと思う。その経験が、人々の心、そして正義を渇望する思いに語りかけてくれることを願っている」
ほかにも、『大奥』『ラスト・フレンズ』など数々の人気ドラマを執筆した浅野妙子さんのコラム、ジュリアン・ムーアやエレン・ペイジのインタビューなども盛り込まれて、とても読み応えがあるパンフレットになっています。こちらもぜひ、お求めください。
今年はかつてないほどクィア・ムービーが豊作な年でした。2016年は不朽の名作『キャロル』に始まり、『ハンズ・オヴ・ラヴ』に終わると言っても過言ではないでしょう。偶然かもしれませんが、どちらもレズビアンをフィーチャーした作品ですよね。過去にたくさんのゲイ映画が製作されてきましたが、今、時代はレズビアン映画なのかもしれません。
もしも「レズビアンしか出てこないんでしょう?」と躊躇する方には、「安心してください。ゲイも複数、登場します。イケメンもいます」とお伝えしたいと思います。
ぜひ、映画館でご覧ください。
『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』Freeheld
2015年/アメリカ/監督:ピーター・ソレット/出演:ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーブ・カレルほか/配給:松竹/2016年11月26日より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町他全国順次ロードショー
(c) 2015 Freeheld Movie, LLC. All Rights Reserved.
早見優さん&ライフネット生命・岩瀬社長トークセッション
今回、早見優さんとライフネット生命の岩瀬社長が登壇した『ハンズ・オヴ・ラヴ』特別試写会での上映前のトークセッションも取材することができましたので、その模様も併せてご紹介します。早見優さんはレインボーリール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)にビデオメッセージを寄せてくださり、その後、東京や札幌のゲイナイトへの出演も快諾してくださっています。ライフネット生命は昨年、生命保険の受取人に同性パートナーを指定できるようにするという画期的な施策で話題になりましたが、その立役者である岩瀬社長は、メディア上でも、先日のwork with Prideセミナーでも、素晴らしくLGBTフレンドリーなコメントを発している方です。この映画を語るにふさわしい、アライのお二人です。−−簡単に自己紹介をお願いします。
早見「昔から、男性が好きな男性や女性が好きな女性の友達がいました。今年、レスリー・キーさんがMVを撮影した『恋のブギウギトレイン』を歌わせていただいたのですが、この曲は国連の掲げる『持続可能な開発目標(SDGs)』のテーマソングになってまして、ジェンダー・イクオリティということも含まれています。男と女だけでなく男と男、女と女の愛もある。性別は関係なく、人間どうしの愛なんです」
岩瀬「同性のカップルも夫婦のように、という気持ちで、昨年、同性パートナーも生命保険の受取人になれるようにしました」
−−映画の感想をお願いします。
早見「映画の最初で、based on a true storyというテロップが出てきますね。これは実話です。すべてがすごく自然に描かれています。実はティッシュやハンカチをたくさん用意して観たんですが、結構笑えるシーンもありました。仕事をしている女性として、『あなたはストレートで白人男性でしょ? 私の気持ちはわからないよ』というセリフには共感しました。常に闘ってるんですよね」
岩瀬「仲間の姿が印象的ですよね。少しずつ支援の方に動いていく、彼らが動くことで社会が変わっていく。静かに動かす、ということもあるんだなぁと感銘を受けました。ラブストーリーでもありますよね」
早見「アメリカのいいところが表現されてましたね。ローレルをサポートしたくてもできない立場の人もいて。でも、自分が世界を変えられるんじゃないか?と思えた時、意識が変わる」
岩瀬「ニュージャージーっていうのは日本で言うと、東京の隣りの千葉県みたいな所。アメリカってゲイの理解が進んでるかなと思ったけど、厳しい現実もありますよね」
早見「ステイシー役のエレン・ペイジはカミングアウトしてます。ニュージャージー州では、この物語の7年後に同性婚が認められたんですよね。それから、スティーブ・カレルがゲイの活動家の役を演じていて。自らのセクシュアリティを恥じない、個性的なキャラクター。とても面白かったです」
−−お二人とも、海外で生活された経験がありますね。
岩瀬「留学先で、100人くらいクラスメートがいて、その中にゲイの人が2人いたんですが、飲み会の場に彼氏を連れてくるんですよね。自分らしくいられる人が多いのかなと思いました」
−−ライフネット生命の取組みは画期的でした。この取組みを実現するのは大変でした?
岩瀬「金融業界は保守的なので、いろんな懸念を言う人がいました。しかし、そういう話を聞いていると、同性がどうこうじゃなくて、法律上は夫婦じゃないから、という主張。であれば、男女でも内縁関係認めてるわけですから、新しい家族の形も同じ扱いだということに気づいた。発想を変えたんです。当たり前のこと。やってみて、たくさんお礼を言われて、うれしかったです」
早見「すごいと思います」
−−映画の中で「愛する人と庭と犬があればいい」というセリフがありますが、お二人にとって、人生で大切なものは何?
早見「家族と友達ですね」
岩瀬「同じです。仲間が支え合うことって素晴らしい。映画では、愛情と、社会が変わっていく瞬間が描かれている」
早見「ジュリアン・ムーアが演じたローレルは、正義感が強くて、すごくピュアですよね」
−−どうもありがとうございました。
INDEX
- ストーンウォール以前にゲイとして生き、歴史に残る偉業を成し遂げた人物の伝記映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
- アート展レポート:第七回美男画展
- アート展レポート:父親的錄影帶|Father’s Videotapes
- 誰にも言えず、誰ともつながらずに生きてきた長谷さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『94歳のゲイ』
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
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