REVIEW
映画『さよなら、ぼくのモンスター』
カナダのオープンリー・ゲイの映画監督による半自伝的作品で、思春期の青年のセクシュアリティの受容や家族との葛藤を、卓越した映像センスで描き、本国で高く評価されました。シリアスな話を独特のライトな(ちょっとオカルト風味な)感覚で斬新に表現しているところがイマドキだと思います。
今年8月の新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2017/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2017」で日本プレミア上映され、上映された50本の作品の中で動員数1位を記録し、大好評につき2週間限定のアンコール上映が決定したのですが、そちらもまた人気を博していて、さらに1週間延長が決定、10/27(金)までご覧いただけます。
<あらすじ>
子どもの頃に親が離婚し(母親が家を出て行き)、父親に育てられ、そして、残酷なゲイへの暴行の現場を目撃してしまった少年・オスカー。高校生になったオスカーは、仲良しの女子とモンスターのような特殊メイクをして遊んだりしていて、将来はその道のプロになりたいと考えていた。自身のセクシュアリティにも気づいていたが、幼少期のトラウマに悩まされ、また暴力的な父親との葛藤にも悩まされていた。そんなある日、バイト先で知り合った同年代の男子・ワイルダーに一目惚れしてしまう…。
観終わってまず思ったのは、今年のレインボーリール東京で上映された『僕の世界の中心は』にとてもよく似ている、ということでした。
親友が女子だったり、わりと典型的なゲイの男の子が主人公で、セクシュアリティのことや家族との関係で悩みつつも、ちょっと超自然的だったりする経験を経て、一皮むけて(大人の階段を登って)、新たな旅立ちを迎える、という感じです。こういう映画って欧米の流行りなんでしょうか? 「ビルドゥングスロマン」の伝統?
ただ、『僕の世界の中心は』がヤングアダルト小説を原作としたエンタメ作品だったのに対し、『さよなら、ぼくのモンスター』はもっと王道の作品です(ドラン作品に比べるとライトですが)
とてもよかったのは、セクシュアリティのことが正面から、中心的に描かれていたことです。映画祭などでいろんな作品を観ていると、近年は、もはやゲイであること自体は問題とされず(当然のことになっている)、ゲイの子育てとか、田舎に暮らすゲイ、少数民族のゲイみたいな、より細分化されたテーマが描かれる傾向にあると思います。そうしたなかで、(考えてみると『トーチソング・トリロジー』や『ブロークバック・マウンテン』などの系譜にも連なるような)ショッキングなヘイトクライム(ゲイに対する暴行)がドーンとあり、それを幼い頃に目撃してしまった主人公・オスカーはトラウマに悩まされ続け、ゲイであると自覚しながらも恋愛に踏み出せない、という展開は、最近あまり観ないもので、素直にオスカーを応援する気持ちになれました。男子との恋愛に対する恐怖が、オスカーが得意な特殊メイク(CGかも?)を使ったり、ホラーとかではない、心象風景のメタファー的な表現で、ちょっと度肝を抜かれました。「卓越した映像センス」「グザヴィエ・ドランに匹敵」という評価はダテではないと思います。
オスカーがなかなか苦悩から抜け出せないのは、支配欲が強くて暴力的でホモフォビックな父親との葛藤も一因です。『トム・アット・ザ・ファーム』や『たかが世界の終わり』ほどのサイコ野郎ではないのですが、妻(オスカーの母親)が堪えきれなくなって家を出て行くくらいのDV夫です。しかし、オスカーはそんな父親を単純に憎悪しているだけではなく、愛してもいて、そのことの映像的表現も素晴らしく、胸を突き刺すものがあります。
あまり詳しくは書きませんが、親友の女子も、オスカーが恋する男子・ワイルダーも(オスカーとワイルダーって、なんともあからさまなネーミングですよね。たぶんオスカー・ワイルドへのオマージュなんだと思います)、とてもいい奴です。父親世代とは違う、若い人たちのナチュラルな寛容さに、オスカーは癒され、救われます。ジーンとくるような、とても美しいシーンが用意されています。
暴力と癒し、抑圧と解放、クローゼットとカミングアウト…原題の「CLOSET MONSTER」はとても見事なタイトルだと思います。
これは1989年生まれの監督の半自伝的作品とのことですが、いくらカナダが多様性を重視し、いち早く同性婚を認めた素晴らしい国であるとはいえ、1990年代のニューファンドランド島(監督の故郷)で、あのような陰惨な出来事が起こっていたのか…と思うと、一筋縄ではいかない、ホモフォビアの(そして暴力の)根深さを思い知らされます。
監督のステファン・ダンは、グザヴィエ・ドランと同い年で、否が応でも比べられてしまうと思うのですが、天才の名をほしいままにしているドランと違って遅咲きで、まだこの『さよなら、ぼくのモンスター』しか発表していません。でも、個人的には、この人の作品を今後もっと観てみたいと思っています。
『さよなら、ぼくのモンスター』CLOSET MONSTER
2015年/カナダ/監督:ステファン・ダン/出演:コナー・ジェサップ、アーロン・エイブラムス、ジョアンヌ・ケリー、アリオシャ・シュナイダー、ジャック・フルト、イザベラ・ロッセリーニ(声の出演)ほか/新宿シネマカリテにて10/27まで上映中
INDEX
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
- イケメンアメフト選手のゲイライフを応援する番組『コルトン・アンダーウッドのカミングアウト』
- 結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人の姿を描いたクィアムービー『フタリノセカイ』
- 家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
- ゲイの青年がベトナムに帰郷し、多様な人々と出会いながら自身のルーツを探るロードムービー『MONSOON モンスーン』
- アウティングのすべてがわかる本『あいつゲイだって ――アウティングはなぜ問題なのか?』
- ホモソーシャルとホモセクシュアル、同性愛嫌悪、女性嫌悪が複雑に絡み合った衝撃的な映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
- 世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
- 空を虹色に塗ろう――トランスジェンダーの監督が世界に贈ったメッセージとは? 映画『マトリックス レザレクションズ』
- 人種や性の多様性への配慮が際立つSATC続編『AND JUST LIKE THAT... セックス・アンド・ザ・シティ新章』
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』