REVIEW
映画『恋人はアンバー』(レインボー・リール東京2021)
ゲラゲラ笑えるコメディでありながら最後には泣けてしまう青春ラブコメ。自分がゲイだとなかなか受け容れられない男子高校生の苦悩や、レズビアンとゲイの友情を描いた作品です。とても良い映画なので、騙されたと思ってぜひ観てください!

レインボー・リール東京が開幕しました。コロナ禍でソーシャルディスタンスを保つためにブースなどは設けられず、純粋に映画を鑑賞するという、これまでになくイベント感のないかたちでの開催ではありますが、それでも場内はたくさんのLGBTQの観客であふれ(300人収容のホールなので、適度に間隔を開けて座ることができ)、上映前にはTOOTやパートナー共済、LGBTファイナンス、ルピシアなどのスポンサーのCMが流れ、同じところで笑って、同じところで泣いて…そして上映後には拍手が起きました。映画祭の良さがちゃんと味わえました。(『スーパーノヴァ』なども会場にゲイカップルがたくさんいらっしゃるようですが、やっぱりゲイだらけで映画を観るというのは、とても楽しいですよね)
さて、『恋人はアンバー』のレビューをお届けします。映画を観てこんなに笑ったのってひさしぶり!ってくらい、ゲラゲラ笑えるコメディでした。一方で、いまどき珍しい、自分がゲイだとなかなか受け容れられない男子高校生の苦悩を真正面から描いた作品でもあり、また、レズビアンとゲイの友情を感動的に描いた名作でした。
<あらすじ>
1995年、アイルランドの田舎町。高校生のエディは父の後を継いで軍隊に入ることを望み、アンバーは自由な大都会ロンドンに引っ越すことを夢見ている。二人の共通点は同性愛者だということ。周囲にセクシュアリティを悟られないようカップルを演じることにしたエディとアンバーだが、やがて二人の“理想的”な関係は崩れはじめ…。




エディはひ弱で体力がなく、歩き方などもあからさまに特徴的で、誰がどう見てもゲイなのですが、当の本人は認めたがりません。軍人である父親の影響もあり、エディも軍隊に志願し、訓練を受けてはいるのですが、懸垂すらろくにできない有様…。田舎の小さな高校の狭い世界なので、誰が誰とヤったとか、キスはしたけど胸は触らなかったとかいう情報が筒抜けで、生徒の間での唯一の娯楽のようになっているということもあり、また、パンク好きのアンバーがレズビアンだとからかわれている様も見ていて、自分がゲイだとバレたらこの学校で生きていけないという恐怖に苛まれています。結果、必死に"男らしく"あろう、ストレートであろうと無理をして、いろんな失敗をしたり…。
逆にアンバーはサバサバしていて、レズビアンだとからかわれても中指を立てるくらいのたくましさなのですが、そんなエディを放っておけず、カップルのフリをすることを提案するのでした。
アンバーは本当に魅力的な、素晴らしい人です。複雑な家庭環境にあること、自分が周囲から浮いていること、フェミニストでありレズビアンであることを卑下することなく、高校を出たら町を出てロンドンに行くという目標を持って、たくましく生きているサブカル系女子です。それでも田舎町の女子高校生であることには変わりなく、エディという「同志」を得てはじめて都会(首都のダブリン)を探検する勇気が出たりするというところは、健気です。筋が通っていて、カッコいい、しっかりした美少女。高校時代、こんな友達がいたらどんなに素敵だっただろう…と思えました。
内なるホモフォビアに支配されてひどい行動を繰り返してしまうエディと、プライドに目覚め、着実に幸せを自分のものにしていくアンバーは、同じ同性愛者でも好対照をなしています。それはゲイとレズビアンという違いなのか、男子と女子という違いなのか(男子のほうが「ホモソーシャル」な関係性のなかでカミングアウトが困難になりがち?)、その人自身の性質によるものなのか、わかりません。ぜひ映画を観て、考えてみてください。
近年の世界のLGBTQ映画は、性の目覚めとか、セクシュアリティの受容といったテーマは描かれ尽くしたのか、ゲイと少数民族、とか、何か別のテーマを掛け合わせた作品が多かったのですが、この作品は珍しく直球でセクシュアリティの受容(自分自身へのカミングアウト)を描いています。それは今の日本のゲイにとって、まだまだ「過去の話」であるとは言えない、リアルなテーマだと感じます。
とか言いつつ、この作品は基本的にコメディです(あまりロマンチックではない青春ラブコメ)。面白いのは、エディとアンバーのそれぞれの家族や、高校のクラスメートたちのキャラクター、そしてそういう人たちどうしの人間関係やシチュエーションの妙です。思いっきり笑わせてくれるのですが、最後には泣くと思います。きっと目の幅で泣きます。
この作品は、監督であるデヴィッド・フラインの自伝的な作品で、ほとんどが実話なんだそうです(こちらにインタビューが掲載されています)
1995年というのは、アイルランドで同性愛が非犯罪化されてからたった2年後です(ちなみにアイルランドで離婚が法的に認められたのも1995年です)。『あなたを抱きしめる日まで』という映画にも描かれていたように、アイルランドはカトリック教会の影響が非常に強く、性に関してビックリするくらい保守的な国でした(今では同性婚が認められています)。そういう社会的背景も踏まえて観ると、エディの(監督自身の)苦しみがよりリアルに伝わってくるかもしれません。
ちなみにデヴィッド・フラインは『CURED キュアード』という映画でデビューしたのですが、主演にエレン・ペイジ(現エリオット・ペイジ)を起用しています。
とても映画祭らしい、映画祭でしか観ることができない、レインボー・リール東京があってくれて本当によかった、ありがとう!という気持ちになれる作品でした。本当にオススメなので、騙されたと思ってぜひ、次の上映をご覧ください! 7月21日(水)19:20〜です。
恋人はアンバー
原題:Dating Amber
監督:デヴィッド・フライン 2020|アイルランド|92分|英語 ★日本初上映
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
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