REVIEW
ディズニー/ピクサー長編アニメとして初の同性カップルのキスシーンが描かれた記念碑的な映画『バズ・ライトイヤー』
『トイ・ストーリー』の人気キャラクター、バズ・ライトイヤーの誕生秘話を描いたスピンオフ的な作品であり、ディズニー/ピクサー長編アニメとして初の同性カップルのキスシーンが描かれた記念碑的な映画『バズ・ライトイヤー』のレビューをお届けします。
『バズ・ライトイヤー』は、みなさんご存じ『トイ・ストーリー』シリーズにおける準主役級のキャラクター、バズ・ライトイヤーの誕生秘話を描いたスピンオフ的な作品です。公開前に、ディズニー/ピクサー長編アニメとして初の同性カップルのキスシーンが描かれた作品であると報じられていました。ずっと『トイ・ストーリー』シリーズに慣れ親しんできた方たちのなかには、あの『トイ・ストーリー』シリーズに、ついに同性愛シーンが登場…との感慨を覚えた方もいらっしゃることと思います。まだご覧になっていない方のために、実際はどうだったのか?という点を中心に、レビューをお届けします。(作品全体のストーリーにはほとんど触れていませんが、同性愛関連のことは詳しく説明していますので、ご了承ください)
<あらすじ>
パイロットのバズは、惑星でテスト飛行を行うための準備に1年間を費やしていた。そして仲間たちとのテスト飛行を終えた彼は、故郷へ帰ろうとするも、思わぬ事態が起きる。やがてバズは、友達のソックスとともに壮大な冒険を繰り広げていく…。
『トイ・ストーリー』では微妙にサイズが小さいおもちゃで、ヒーロー気質でいい奴だけど子どもや犬に翻弄されたり、どこかカッコよくなりきれない部分もあるようなキャラでした。が、今作では、リアルな人間としての(なかなかゲイ受けがよさそうなマッチョな感じの)バズがスペースレンジャーとして宇宙を冒険する作品としてバズが本当にカッコよく描かれています。次々に思わぬ事態が展開する、手に汗握るエンタメ作品で、ふつうに映画として面白い、(スペース・オデュッセイア的な?)SFアクション&アドベンチャーなアニメ映画で、『トイ・ストーリー』とは独立した未来的な世界のお話なので、『トイ・ストーリー』を観たことがない人でも楽しめると思います。
それと同時に、ディズニー/ピクサー長編アニメとして初めて同性愛者のヒーローや同性カップルのキスシーンが描かれたという点で、マーベルにおける『エターナルズ』と同様、歴史的、記念碑的な作品だと思いました。
正直、同性のキスシーンがあると聞いて、ストーリー展開とそんなに関係なく、『スター・トレック BEYOND』みたいなさりげない感じで同性カップルのシーンがちょっと出てくるのかな、と思っていたのですが、とんでもない! バズの相棒で、メインキャラクターの一人であり、ヒーローとして人々の尊敬を集めるアリーシャがレズビアン(またはバイセクシュアル女性)で、同性カップルと結婚し、子どもをもうけ、幸せに暮らすシーンが描かれ、しかも、この映画における最もエモーショナルで涙を誘う、心温まるシーンとして描かれていたのです!
バズは彼女が同性パートナーと結婚することに対して1ミリも疑問を呈することなく、全面的に彼女を祝福しています。アライだと言えばそうなのですが、この映画の世界観では、それが本当に当たり前のことになっているように感じられます。しかもバズは、そんな大切な相棒である彼女の孫のイジーとも友情を育み、共に冒険をする仲間になります。レズビアンとそのファミリーが主役級の活躍をするのですから、スゴいことです。LGBTQが主役の作品が登場する日はそう遠くないなと思わせるものがありました。
以前、同性カップルのキスシーン、ディズニー/ピクサー長編アニメとして初というニュースでお伝えしたように、この『バズ・ライトイヤー』における同性カップルのキスシーンは、ディズニーによって一度カットされたあと、もう一度作品に組み込まれるという、数奇な運命を辿りました。今年3月、フロリダ州の「ゲイと言ってはいけない」法案をめぐるディズニーのチャペックCEOの対応への一連の批判のなかで、ピクサーの従業員がディズニーによる同性愛要素の検閲を告発したことから、制作の過程でカットされていた同性カップルのキスシーンが本編に収められる(復活する)ことになったのです。
しかし今作は、(この作品だけでなく同性愛描写がある作品は軒並みそうですが)中東や東南アジアの14ヵ国で上映禁止になりました(インドネシアのような人口の多い国も含めて)…ビジネス的には痛手かもしれません。それでも、ディズニーが今回、このようにしっかり同性カップルとそのファミリーを描くかたちで上映してくれたこと、本当に素晴らしいです。声を上げてくれたピクサーの方にも感謝!です。
ちなみに、バズの相棒のスペースレンジャーであるアリーシャというキャラクターは、米国初の女性宇宙飛行士で「国家的英雄」だったサリー・ライドを思い出させます。サリー・ライドは、NASAのホモフォビアの強さゆえに、生前、レズビアンであることをカミングアウトできませんでした。2012年に亡くなったあと、27年間連れ添っていたパートナーの方が公表したのです。
このアリーシャというキャラクターには、堂々とレズビアンの宇宙飛行士として活躍し、公に認められ、称えられるという、サリーがなしえなかった夢が託されているのでは…と思ったりもしました。
この映画を観た女の子やクィアの子たちのなかにはきっと、女性でも、レズビアンの黒人女性でも立派な宇宙飛行士になれるんだ!と、心から勇気づけられた子もたくさんいると思います。LGBTQへのバックラッシュが強まっているなか、このようなマイノリティの子どもたちに希望を与えるような作品の意義は決して小さくないはずです。素晴らしいことです。
そんな『バズ・ライトイヤー』は、つい先日、映画館で公開されたばかりだと思っていたのに、早くも「ディズニープラス」に入りました。8月24日から見放題配信がスタートしています。映画館で見逃したという方はぜひ、「ディズニープラス」でご覧ください。
バズ・ライトイヤー
原題:LIGHTYEAR
2022年/米国/105分/G/監督:アンガス・マクレーン/声の出演:クリス・エヴァンス、キキ・パーマー、ピーター・ソーン、タイカ・ワイティティほか
「ディズニープラス」で配信中
INDEX
- 近未来の台北・西門を舞台にしたポップでクィアでヅカ風味なシェイクスピア:映画『ロザリンドとオーランドー』(レインボー・リール東京2022)
- 獄中という極限状況でのゲイの純愛を描いた映画『大いなる自由』(レインボー・リール東京2022)
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
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