REVIEW
ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
水越とものりさんや素顔のエスムラルダさんらゲイの俳優がたくさん登場する、現代の日本に生きるセクシャルマイノリティの日常生活を描いた映画『portrait(s)』をはじめ、ゲイを描く作品が何本も上映されるindust-filmの映画上映会が開催されています。
水越とものりさんや素顔のエスムラルダさんらゲイの俳優が何人も登場する、現代の日本に生きるセクシャルマイノリティの日常生活を描いた映画『portrait(s)』をはじめ、村上祐介さんが監督・脚本・編集をつとめるindust-filmの映画の上映会が開催されています。『portrait(s)』『あなたとの距離について』についてのレビューをお届けします。どちらも日本映画としては奇跡的にゲイがきちんとリアルに描かれている作品で、なぜこんな良作が今まで注目されてこなかったんだろう、ぜひもっと大勢の方に観てほしいし、評価されてほしい、と思わせるものがありました。
水越とものりさんは2015年(当時は青木結矢さんという役者名でしたが)、まだ演劇界でのカミングアウトがほとんどなかった時代にゲイであることをカムアウトした役者さんです。当時出演していた作品の大きなテーマが「命のバトン」で、自分なりの命のバトンと生きる意味を考えたときに、カミングアウトを決意したんだそうです。そんな水越さんは、友人で、やはりゲイであることをオープンにしている(映画『カミングアウト』でもゲイバーのミセコの役で出演していた)秋山浩介さんの紹介で村上祐介監督の『portrait(s)』に出演することになりました(その辺りの詳しいことや、出演への思いはこちらのインタビューで語られています)
村上監督は、「たとえ小さな映画でも、多様な意見や価値観を反映した映画は文化の豊かさにとって必要なものだと信じて活動を続けてきた」と、この作品によって「セクシュアルマイノリティ(LGBT)を身近に感じてもらえたり、また若い当事者にとってはある種のロールモデルのようなものをドラマを通じて観てもらえたらと思っています」との思いで『portrait(s)』という、たくさんのゲイやレズビアンの群像劇を映像化しました。
村上監督がゲイを描く作品を撮るのはこれが初めてではなく、2014年に『僕たちのマーチ』という作品に親の将来や結婚へのプレッシャーを感じているゲイのキャラクターを登場させています。また、2019年にはゲイを主人公とした『あなたとの距離について』という作品も撮っています。12月9日〜11日、この『僕たちのマーチ』『あなたとの距離について』『portrait(s)』を含む4本の映画を一挙に上映する上映会が、四ツ谷のシアターウイング(有名なオテル・ドゥ・ミクニのすぐ近くです)で開催されるということで、初日にお伺いしてきました。
『portrait(s)』特別編
『portrait(s)』は2年前に連続ドラマとしてYouTubeに上がっていて、現在第4話まで上がっています(その間に特別編もあります)。今回は、1本の映画として上映されました。
<あらすじ>
ゲイの悠橙(ゆうだい)はパートナーの梗太(こうた)との交際10年の節目を間近に控え、幼少期から愛情を注いでもらった祖母を亡くす。その事をきっかけに両親へのカミングアウトを決意する。一方、彼氏との関係に悩むかりんは、PRIDEを持って生きるレズビアンのまゆみとの出会いで、自身のセクシュアリティに気づきはじめ…。
悠橙と梗太(秋山浩介さん)のカップルはとても良いです。二人で食卓を囲むシーンは「なに食べ」を超えるような感動がありますし、一つひとつのなにげないシーンが本当にラブリーです。悠橙は体が大きい、ちょっとガテン系な仕事をしている人で、それでいて料理が得意で、優しい、素晴らしくゲイ受けするキャラクターだと思います(脇毛やお腹などにフォーカスしたセクシーショットもちらほら。監督さんよくわかってる!)。おばあさんは、ゲイだとは知らないまでも、優しい悠橙のことをかわいがってくれましたし、母親とも仲が良さそうなのですが、父親は妹の彼氏を優遇…という微妙な距離感です。職場の同僚から「彼女がいるんじゃないか」としつこく聞かれて辟易する様子も描かれていて、とてもリアルだと感じました。二人で高田馬場の駅前を歩いていて、レインボーの看板のおしゃれなお店を見つけたものの、そのレインボーが6色じゃなく7色だったのでがっかりしたり…といった、様々なゲイの日常のシーンが描かれています。
そのほかにも、仕事が忙しく、お母さんの面倒も見ていて、恋愛する余裕のないゲイのリーマン・蓮司が(櫛橋治竜さん)ゲイバーで息抜きするシーンが描かれていたり(なんと、新宿3丁目のバー『アイランド』がロケ地で、素顔のエスムラルダさんがマスターの役で出演していました)、塾講師で同僚のイケメンのことが気になっているクローゼットなゲイ・柊斗(水越とものりさん)や、ゲイのお花屋さんの大幹(都雄介さん)、PRIDEを持って生きるレズビアンのまゆみと、そのデートの相手・環、まゆみに影響を受けて、自身のセクシュアリティに気づきはじめるかりんなど、様々なセクシュアルマイノリティのキャラクターの群像が描かれています。
『片袖の魚』もそうですが、ゲイの役をきちんと当事者が演じることで、ステレオタイプだったり偏見にまみれたりしていない、リアルなゲイの姿が伝わりますし、監督さんがLGBTQを支援しようとする熱い思いを持って取り組んでいることも伝わってきて(同性婚裁判への言及など)、本当に素晴らしいです。
特別編の、東日本大震災から10年の節目でみんなが黙祷を捧げるシーンも今回の映画に盛り込まれ、インパクトを与えていました。「生きていることのありがたさ」を感じさせるシーンだたったと思います。冒頭のおばあさんとのエピソードと合わせて観ると、家族がセクシュアルマイノリティだったとしても、生きて、元気に、幸せに暮らしていたらそれでいいじゃないかという世間の方々へのメッセージになっているようにも感じました。この映画はそういう多様なゲイやレズビアンの「生」への讃歌なのではないでしょうか。
YouTubeでご覧になってきた方も、今回は1本の映画+αとして観れるようになっていますので、ぜひ大きなスクリーンでご覧いただければと思います。上映後には、出演した役者さんや監督のお話が聞けたりすると思います。
コロナ禍の間に少しずつ撮影が進められてきた作品ですが、まだ「さわり」しか描かれていない人たちも多く、でもすでに撮りだめている未発表のシーンもいろいろあるそうで、今後も続きがYouTubeにアップされたり、また来年、このような映画として上映されたりするようですので、楽しみにしましょう。
portrait(s)
2020年/日本/監督・脚本・編集:村上祐介、出演:中村風太、秋山浩介、都雄介、沼畑奈々、櫛橋治竜、Nobu Tanaka、莉緒瑠、水越とものり、蘇少宥、イワセイクエほか
「indust-film GIG vol.4 上映会」にて12/10(土)18:40-、12/11(日)18:20-に上映、舞台挨拶もあります(詳細はこちら)
あなたとの距離について
<あらすじ>
パートナーの誠二とその母親と3人で、愛にあふれた生活を送るゲイの裕樹。ある日、裕樹は服飾の学校で仲の良かった美紀、奈々子と再会する。久しぶりの再会を喜び合うが、次第にそれぞれの家庭にトラブルを抱えていることが明るみになっていき、裕樹も巻き込まれていく。友だちのために奔走する裕樹はふと、人の寂しさとは何かを見つめていく…。
村上監督が2019年に作った『あなたとの距離について』は、服飾の専門学校で同期だった仲良し3人の、それぞれの恋愛を描く作品です。主人公の裕樹は、パートナーの誠二の家で暮らしていて、誠二のお母さんも一緒です。隣の家の奥さんが、息子が男とつきあっていて家に息子の彼氏も住まわせているなんておかしい!と、お母さんにガーッと文句を言い、お母さんが「何が問題なのか。私は息子の幸せを願っている。他人の家にズカズカ踏む込むな」と毅然と言い返すシーンがあり、痛快でしたし、シビれました(このシーンだけでも観る価値があると思います)。食卓では、台湾で同性婚が認められたというニュースが流れています。
そんな、本当に恵まれた環境で幸せに暮らしている裕樹なのですが、友達の奈々子と美紀は、彼氏との恋愛や結婚生活に問題を抱えていて、とても深刻だということがわかり、彼女たちを助けるために奔走するようになります。あまり詳しくは書けないのですが、「家族との適切な距離」をとることができない、ある意味「壊れた」人の姿がリアルに描かれていて、本当に痛々しく、怖かったです。それに比べると、ゲイであることなんて少しも“異常”じゃないし(むしろ男女の関係や親子の関係にこそ暴力や異常や不健全が潜んでいます)、ゲイの友人だからこそ彼女たちを救えた(男尊女卑的な思考にからめとられず女性の味方になれる、また、腕力もないわけじゃないので)ということを説得力を持って観客に伝えています。そこがこの映画のスゴいところだと思います。
この映画ではまだ、ゲイの役をゲイが演じているわけではなかったと思いますが、主演の折笠慎也さん(もともとモデルだそうで、背が高く、きれいな顔立ちで、この役にハマっていたと思います)も、誠二役の青柳信孝さんも、とても自然にゲイカップルを表現していて、とてもよかったです。二人のパートナーシップ、たしかな愛の姿に感涙させられる場面もありました。
とてもヘビーな映画で、暴力シーンが苦手な方にはちょっと厳しいかもしれませんが、監督さんのゲイや女性へのシンパシーは素晴らしいと思いますので、ぜひご覧いただければ幸いです。
あなたとの距離について
2019年/日本/88分/監督・脚本・撮影・編集:村上祐介/出演:折笠慎也、平良千春、三田あいり、堀口澄子、長島悠子、仙波友裕、青柳信孝、関口陽子、浜崎ヨーイチ、山崎正悟ほか
「indust-film GIG vol.4 上映会」にて12/10(土)16:25-、12/11(日)16:10-に上映、舞台挨拶もあります(詳細はこちら)
INDEX
- 誰にも言えず、誰ともつながらずに生きてきた長谷さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『94歳のゲイ』
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
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