REVIEW
3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
日本版『プリシラ』ではありませんが、3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフルなコメディ映画『ひみつのなっちゃん。』のレビューをお届けします。
滝藤賢一さんがドラァグクイーン役で映画初主演ということで話題になった作品です。物語は、大切な友人・なっちゃんの死をきっかけに集まった3人のドラァグクイーンが、なっちゃんの「秘密」を知らない家族のため、“ふつうのおじさん”としてお葬式に参列することに…というもの。岐阜県・郡上八幡の町を舞台に、旅路の中でクイーンたちが意外にもドラァグクイーンに優しい、人々のあたたかさに触れて、少しずつ前向きになっていく姿を描いたハートフル・ヒューマン・コメディです。あのエスムラルダさんが「ドラァグクイーン監修」で参加しているほか、AiSOTOPE LOUNGEのゲイナイトのシーンでたくさんのGOGOさん、クイーンさん(アンジェリカさんも出演)、DJさんなどが登場してます。
<あらすじ>
ある夏の夜、二丁目で食事処を営む元ドラァグクイーンのなっちゃんが急死した。ドラァグクイーン友達のモリリン、バージン、ズブ子の3人は、秘密主義のなっちゃんが故郷の家族にゲイであることもドラァグクイーンをしていたことも内緒にしていたため、慌ててなっちゃんの自宅アパートに忍び込んで証拠隠滅を図る。そこでなっちゃんのお母さんと鉢合わせした3人は、どうにかその場を切り抜けるが、お母さんから葬儀に参列するよう誘われ、なっちゃんの故郷である岐阜県の郡上八幡を目指すことに…。
3人のクイーンが旅するという意味では日本版『プリシラ』の趣もあります(車に乗り込んだときにズブ子が「ドラァグクイーンといえばバスじゃないの〜?」と言ってたのは『プリシラ』への言及ですよね)。3人がゲイであるがゆえの悩みを抱えていたりするわけではありませんし、田舎町で差別に直面したりもしませんが、旅の途中で寄った場所でちょっとした事件も発生しますし、旅先でショーもしますし、どことなく『プリシラ』へのオマージュが感じられます。
なっちゃんがゲイだったことを故郷のお母さんに知られてはいけない!と大騒ぎしてメイク道具やなんかを隠すのは、「ゲイであることや女装してたことは恥ずかしい・後ろめたいことだから親に知らせるべきではない」という意味ではなく(いまどきはオープンにしてる方も多いですからね)、なっちゃんが極度の秘密主義者でプライベートのことを何も言わない人だったから、それを尊重したいという気持ちでした。ちなみになっちゃん役はカンニング竹山さんで(ナイスキャスティング)、最初から最後まで遺体の役だったのですが、いい味出てました。(こちらにドラァグクイーン姿の竹山さんの写真が載っています)
AiSOTOPE LOUNGEでゲイナイトの様子を再現するシーンがあって、有名どころのGOGOさん(NAWOTOさんやmAkeyさん、RICOさんなど)やDJ SHINKAWAさん、そしてアンジェリカさん(ちゃんとセリフもある役でした)やおりぃぶぅさんなども登場していたり、アマランスラウンジもロケ地として使われていたり、ちゃんとドラァグクイーンゆかりのお店がロケ地として使われていたのはよかったです。
ゲイバーでなんとなしに流れていたテレビのニュースでしゃべっていたのが素顔のエスムラルダさんだったのもウケました。
滝藤さん演じるバージンは、『プリシラ』で言うバーナデットのポジションですね。冒頭のシーン以外、塗ってないにもかかわらず、ふだんから女性的な楚々とした佇まいで、役になりきっていると思いました。
モリリンを演じた渡部秀さんも近いものがありましたが、ふだんはシャツとか男物の服装で(でも中身はオネエ…というよりはオトメな感じのゲイで)ドラァグクイーンになるとものすごくド派手に変身するところがリアルでよかったです。メイクもちゃんとドラァグでした(さすがはエスムラルダさん監修)
愛欲ズブ子さんはメイクとか衣装とかがあからさまにあの有名クイーンさんをマネているし、だとしたらあんなウザいキャラでいいのだろうか…とか、IKKOさんみたいなTVタレントになってるけど、そんなドラァグクイーンいたっけ…とか、いろいろ気になってしまいましたが、ご本人も承諾してるようですし、まあ、フィクションですからね…。
岐阜の奥地の郡上八幡の人々のフレンドリーさは『his』を彷彿させます。特にマタギのおじさん(菅原大吉さん)がいい。優しいイケオジです。なっちゃんのお母さんを演じた松原智恵子さん(昭和を代表する清純派女優)もなかなかの「カマトト」ぶりというか、最後、「やられた!」って感じで、小気味よかったです。
キホン、ハートフルなコメディで、随所に笑いが盛り込まれていますが、ゲイであること、オネエであること、ドラァグクイーンであること自体を嘲笑するような笑いは慎重に避けられていたと思います(1ヵ所だけ定番のステレオタイプな演出があって、「あーあ」って感じでした)。いちばん笑ったのは、郡上八幡のスーパーのイケメン店員さんの過剰なアライっぷりでした(予想外すぎて)。世間的なBL系のイケメンじゃなく、ちゃんとゲイにモテるタイプの体育会系な方を用意したところも素晴らしい(岐阜県出身の永田薫さんという方だそう)
そんなこと絶対にない!というシーンもあったにはあったのですが、ゲイが喜ぶようなファンタジーとして面白く観れました。
最後のなっちゃんのお母さんのアレは、優しさでしかないし、本気でよかれと思ってやったんだろうけど、やっぱり「あーあ」でした…(LGBTQ的に残念。脚本の問題ですね…)
多くの人がSNSで「意外とドラァグのショーが少ない」とボヤいていました。確かにそうかも。そして、ドラァグクイーンの映画なのにリップシンクのシーンがないのはどうかと思いました。
でも、考えてみると、この映画、日本の商業映画で初めてのドラァグクイーンを主役としたドラマ映画なんですよね(2012年の『EDEN』がすごく近いのですが、あれはショーパブで働くゲイやトランス女性のお話で、ドラァグクイーンではありませんでした。インディーズ作品では『ダイヤモンド・アワー』が初で、当事者が製作しているので本当に素晴らしいです。あれを超える作品はもう出ないかもしれません)。最初にしては上出来、よく頑張った、とも言えると思います。
渋谷すばるさんが手がけた主題歌が、ちゃんとこの映画のテーマに沿った歌詞になっていたのもよかったです。
トータルでは、ドラァグクイーンのショーが少ないという不満もあるし、終盤の大事なシーンでステレオタイプな演出があって感情移入できなかったのは残念ですが、ドラァグクイーンという身近な世界の住人たちを主人公とした心温まるお話、ハートウォーミングなコメディで、とても好きな映画ではありました。
いつか脚本も監督も出演者もみんなドラァグクイーンやゲイの方たちという『POSE』のようなプロダクションで、もっといい映画を作れるようになるといいですね。
ひみつのなっちゃん。
2023年/日本/97分/脚本・監督:田中和次朗/出演:滝藤賢一、渡部秀、前野朋哉、カンニング竹山ほか
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