REVIEW
大興奮!大傑作!本当に面白いクィアSFアクションムービー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
アカデミー賞最多10部門11ノミネートの話題作がついに公開! アジア系ファミリーによるクィアSFアクションコメディ映画という、今まで観たことのない、まったく新しい映画が誕生しました。本当に面白いです!
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称「エブエブ」)は、『ロブスター』『ムーンライト』『レディ・バード』『ザ・ホエール』などのクィア映画も手がけてきた、クオリティの高い映画製作に定評のあるアメリカの配給会社「A24」の最大のヒット作です。昨年3月公開という賞レースには早すぎる公開時期だったにもかかわらず、ゴールデングローブ映画部門主演女優賞・助演男優賞をはじめ、アカデミー賞の前哨戦である「米映画俳優組合員賞(SAG賞)」最高賞など228ものアワードを受賞して賞レースを席巻、本命のアカデミー賞でも最多10部門11ノミネートとなっており、作品賞の本命と見られています。
日本ではアジア系俳優が主人公であることやマルチバースやアクションの部分だけがクローズアップされていますが、紛れもなくクィア映画であり、2組のキュートな女性カップルが登場する作品です。
多くのクィア作品の評を手がけてきた児玉美月さんは「確定申告からはじまり確定申告におわる、マルチバースでのひとりの女性の戦い。クィアの受容と可能性を奇想天外な物語に織り込んだクィア映画としても気高い。まさにいま・ここではない世界に、わたしたちを連れて行ってくれる」とコメントしています。このコメントに全てが凝縮されていると言っても過言ではないと思うのですが、もう少しg-lad xxらしく、ゲイ的な見どころをふくらませながらこの作品の魅力を語ってみたいと思います。
<あらすじ>
優しいだけで頼りにならない夫、心が通わない娘、中国から来た英語がしゃべれない頑固な父親と暮らしながら、破産寸前のコインランドリーを経営するエヴリンは、税金の確定申告の締切が迫るなか、春節のパーティの準備も控え、頭を抱えている。国税庁に赴いたエヴリンは突然、人が変わったようになったウェイモンドに誘われ、いくつもの世界が並行して存在するマルチバースに飲み込まれ、カンフーマスターさながらの能力に目覚め、全人類の命運を懸けて巨大な悪と闘うべく立ち上がるはめに…。
奇想天外なストーリー、手に汗握る展開、マルチバース(多元宇宙)のことをよく知らない方でも十分楽しめるSF娯楽作品で、めっちゃアクション(カンフー)映画でもあり、同時にアジア系アメリカ人の家族の物語でもあり、その「家族の絆」をめぐる物語の中心に同性パートナーを歓迎してくれない親たちへの不満というテーマが横たわり、素晴らしくゲイテイストな演出が散りばめられ…と、100人いたら100通りの感想が出てくるような映画でした。一瞬たりとも目が離せない、大興奮!な作品であるとともに、きっとLGBTQのほとんどが経験したであろう、カミングアウトや家族との関係性の難しさがリアルに描かれ、身につまされ、そのことがこんなにも壮大(「大げさ」とも言う)で全宇宙レベルの重大な問題として描かれることに感動させられたりもしました。そして、全体として(あんなに戦闘シーンが多いにもかかわらず)「愛」と「平和」を訴えるような、(あんなにハイテクでSFで未来的であるにもかかわらず)人と人とのつながりこそがいちばん大事と再認識させてくれるような、みんなが笑顔になれる映画でした。今まで観たことのない、まったく新しいタイプのクィア映画が誕生した!と思いました。
なるべく結末に触れないように気をつけながら、LGBTQ(クィア)的な部分についてお伝えしてみます。
欧米における非白人のコミュニティにおけるLGBTQに対する差別・偏見や、LGBTQの子どもの苦しみは、これまでも何度となく描かれてきた古典的とも言えるテーマです(『ムーンライト』然り、『ウエディング・バンケット』然りです)が、今作では、エヴリンが同性パートナーを持つ娘の気持ちを尊重せず、ゴンゴン(一緒に暮らしてるのかと思いきや、春節のお祝いで中国から一時的に来ているようですが、ともかくエヴリンの父親で、認知症気味なのでは?と思わせるようなおじいちゃん)に忖度してしまうというエピソードが描かれていて、すでに同性婚が認められているアメリカで「それはないよね」と観客は思ったことでしょうが、おそらく今でもアジア系アメリカ人コミュニティにとってのリアルなのだろうなと思い、身につまされたり、自分事として共感したり…という感じでした(考えてみれば、『エゴイスト』の主人公の浩輔が龍太の家を訪ねた際、お母さんには友人であるということにしていたので、「結婚は?」などと聞かれ…という場面について鈴木亮平さんが「ずっとこうやって演じて生きていかなきゃいけないのかっていうことを初めて体感した時に、話で聞いていたよりはるかにつらいな、これは、と思った」と語っていたことと、見事にシンクロしています。私たちにとっての重い現実なのです)。たとえ母親はゲイ(多くのアメリカ人がゲイもレズビアンも含めてそう言うようにエヴリン自身も「GAY」と言っています)に対して理解があるとしても、いかにも頭が古くて頑固なタイプである祖父にはゲイなんて理解できないだろうと思い込んでしまっていること、そして親を敬い、年長者を立てなければいけないという儒教的な(家父長制的な)価値観がもたらした悲劇なのでしょうが、エヴリンのような立場にある親にとっては、乗り越えなくてはいけない壁なのだろうなと思います。カミングアウトする/しないは(しなかったことによって「嘘をついていた」などと責められたりすることがありますが)当事者の“自己責任”などではなく、そうさせない社会の異性愛規範(異性愛強制主義)の問題であるということを、図らずも、エブエブと『エゴイスト』という今最も話題なクィア映画がどちらも同じように描いていたということには、偶然ではない何かを感じます。
もう一点、マルチバースを描いた作品だからこそなのですが、ある世界線では争ったり憎み合ったり殺し合ったりしている二人が、別の宇宙では同性どうし仲睦まじく暮らし、愛し合う姿が描かれていて、とても素敵でした。「この人とは絶対に仲良くなれない」と思っている「敵」のような人を愛し、伴侶とする世界線というものをなかなか人は想像できないと思うのですが、この映画は見事にそれをビジョンとして見せてくれて、素晴らしいと思いました(コメディタッチなんですけどね)。現実の重みや苦さ、どうしようもできないことを、マルチバースの仕掛けを使って乗り越え、愛し合う可能性を見せてくれる、その「愛」も、いわゆる人類愛的な「愛」ではなく、まぎれもなく同性愛であり(『めぐりあう時間たち』とか『キャロル』とかを彷彿させるような絵面です)、私たちの生活そのものでした。
クィアというか、ゲイテイストというか、なのですが、戦闘シーンの中に「奇妙な行動」が頻出していて、それが本当に面白くて何度も笑ってしまいました。特にディルドとアナルプラグが使われていたことに拍手を贈りたくなりました(ディルドって二丁目のドラァグクイーンのショーではよく見るので感覚が麻痺してるのかもしれませんが、意外と映画に出てくることってほとんどなくて、きっとアメリカですら、どぎつい、不謹慎なイメージがあるんだろうなと想像します。それをあえて登場させたところがイイです。ちなみにエブエブの小道具がオークションにかけられていたのですが、このプラグは6万ドルで落札されていました)
俳優陣も魅力です。
ミシェル・ヨーはアクション映画で活躍し、ボンドガールなども演じてきて、近年は『クレイジー・リッチ!』などにも出演した大女優で、今回も60歳とは思えない、キレのよいアクションを披露し、仕事や生活に疲れきったおばさんが覚醒し、鼻血を流しながら敵をバッサバッサと倒していくという、唯一無二なキャラクターを見事に体現しています。本当にステキ。シビれます。オスカーはカタいのではないでしょうか。
旦那役のキー・ホイ・クァンは、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』に子役で出ていた人で、ミシェル・ヨーの陰に隠れてしまっている印象かもしれませんが、優しい夫と別世界の戦う男、ハイクラスな紳士などを見事に演じ分けていて素敵です。
実は今回の映画で最もCampな、遊び心満点な衣装とメイクで楽しませてくれるのが娘のジョイです。ジョイを演じたステファニー・スーは『シャン・チー/テン・リングスの伝説』にも出演している人。アカデミー賞助演女優賞にもノミネートされています。終盤の演技は真に迫っていて泣かせるものがありました。
そして、これは声を大にしてお伝えしたいのですが、ガードマンの役(後半は敵役)で出ていたブライアン・リーが素晴らしくセクシーなので、ぜひ注目して観てください。唯一モザイクがかかってる役(笑)。えちえちです。ゲイのファンへのサービスに違いありません。
というわけで、見どころの多い、決して観てソンはない、楽しい作品ですので、ぜひ劇場で。重低音が響くような音楽は意外と多くはないのですが、IMAXとかドルビーアトモスとかで観るのも悪くないと思います。
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
原題:Everything Everywhere All at Once
2022年/アメリカ/139分/G/監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート/出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェニー・スレイトほか
INDEX
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
- 世界をトリコにした名作LGBTQドラマの続編が配信開始! 『ハートストッパー』シーズン2
- 映画『CLOSE クロース』レビュー
- 映画『ローンサム』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『ココモ・シティ』(レインボー・リール東京2023)
- FANTASTIC ASIA! ~アジア短編プログラム~(レインボー・リール東京2023)
- 映画『マット』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『秘密を語る方法』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『クリッシー・ジュディ』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
- “怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』
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