REVIEW
映画『カシミールのふたり ファヒームとカルン』(レインボー・リール東京2025)
6月21日(土)・22日(日)に渋谷ユーロライブで第32回レインボー・リール東京が開催されました。22日(日)に上映された映画『カシミールのふたり ファヒームとカルン』のレビューをお届けします

1992年から始まり、国内で最長寿のLGBTQコミュニティイベントとなっているレインボー・リール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)。2年ぶりとなる今年はプライド月間に渋谷のユーロライブで、7月第2週に東京ウィメンズプラザホールで開催されることになりました(詳しくは特集をご覧ください)
今回、渋谷のユーロライブで全6プログラムのうち4プログラムを鑑賞しました。レビューをお届けしていきます。
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インドで制作された映画『カシミールのふたり ファヒームとカルン』は、カシミール語を主言語とした初のクィア映画作品です。BFIフレアロンドンLGBTQIA+映画祭2025で上映され、UKアジアン映画祭2025ではオニル監督が監督賞を受賞しています。
<あらすじ>
カシミールの検問所に配置された南部インド出身のカルン。カシミールは紛争地域だが、着任時は安定した状況。村の料理店でカルンは大学の休暇で村に帰省中のファヒームと出会う。瞬く間に惹かれ合う二人だが、カルンは職業上、ファヒームは家の宗教により、彼らが恋を語れる場所はどこにもなく…。
以前の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で、豪州のギリシャ移民2世のゲイが家族に受け容れられず、クィアコミュニティと家族との間で揺れ動き…とか、パレスチナとイスラエルのゲイが恋に落ち…といった作品が上映されていますが、『カシミールのふたり ファヒームとカルン』もそういう系譜に属する映画だと思いました。生まれ育ったコミュニティを愛してはいるけれども、同性愛に寛容ではないために、家族にはカミングアウトできずにいる一方、紛争中の相手の国の人を好きになってしまいという、「ロミオとジュリエット」のような悲劇です。
冒頭、ヒヤヒヤするくらい狭い(ガードレールなどもない、運転を誤ったら断崖絶壁から転落してしまう)山道をバイクで走るファヒームの姿が長回しで映し出されます。こんな所に人が住んでいるのか…と思うような険しい山ですが、やがて、人里が見えてきます。そこはグレズというジャム・カシミールの北辺の美しい渓谷で知られる村で(たしかダワールという名前だったと思います、学生のファヒームは、その村に帰省するためにバイクを走らせていたのでした。そして、検問所でカルンと運命的な出会いをすることになるのです。見つめ合い、微笑み、お互いに好意を持ったことがわかるシーン。ケルンは仕事上、カバンをチェックするのですが、そこに入っていたのは、たくさんのりんごでした。ファヒームはりんごを一つ、カルンにあげます(なんてキュートな…)
ちなみにカルンは、軍人か警察かみたいな仕事に就いている割には、あどけない、かわいい感じで、ゲイ受けする見た目だと思います(監督もそういうことを意識したんでしょうね)
ファヒームの実家はレストランを営んでいて、カルンはそこにごはんを買いに行き、ファヒームと再会します。そうして次第に親しくなっていくのです(インスタにいいねしたりするのがイマドキ。ていうか電波入るの?と思ったり)
グレズはスピーカーからアザーンが流れるようなイスラム教の町。ファヒームもムスリムで、礼拝所で祈る場面が描かれます。一方、カルンは仏教徒で、線香を焚いて祈る場面が描かれます(しかも二度ずつ)。山間のムスリムの小さな町で、ファヒームがゲイとして生きていくことは難しく(兄に出て行けと罵られる場面も…)、隠れるようにしてカルンと会うのですが、カルンも職場の同僚から何をしてたのかと問い詰められ、立場が危うくなったりします。
「愛は国境を越えて」などと言いますが、二人にとって、それは越えることが困難なくらい高い壁でした。どんなに純粋に愛しあっても、社会がそれを許さず、引き裂いてしまう悲しみ…。これがもし男女の関係だったら全然違ったのでしょうが…。
『ブロークバック・マウンテン』や『ゴッズ・オウン・カントリー』のように雄大な自然のなかでの美しいセックスのシーンがあったりするかな、と期待したのですが、残念ながらありませんでした(そもそも裸になるシーンすらなかったです)
美しい大自然や、独特の文化(ごはんの食べ方は驚くと思います。おばあさんの形見の指輪をファヒームがつけているところとかも)、あとは、検問所の男たちがインスタでムンバイの美しいトランス女性の動画を見てああだこうだ言い合ったりという興味深いシーンもあります。
次は7/13(日)10:30から東京ウィメンズプラザにて上映されます。
カシミールのふたり ファヒームとカルン
英題:We Are Faheen and Karun
監督:オニル
2024|インド|79分|カシミール語、ヒンディ語 *日本初上映
上映後、北丸雄二さんを迎えてのトークショーが行なわれました。この映画の背景となるインドとパキスタンの間の紛争について、詳しく語ってくれました。
4月22日、ジャム・カシミールでインド人観光客が武装勢力に襲われ、26人が亡くなるという事件がありました。これを受けて5月7日、インドはパキスタンの武装勢力の拠点を空爆、3日後には停戦となりました。
もともと第二次大戦まで英国植民地だった両国は、独立をめぐって1947年に印パ戦争を起こします。ジャム・カシミールを舞台として1965年、1971年…何度となく武力衝突が続いており、今もここは紛争地帯です。実効支配はインドですが、境界は定まっておらず、イスラム武装勢力がときどき攻撃したりします。
なぜ両国がそんなに争うのかというと、カラコルム山脈の水に理由があります。ここから湧き出る水はインダス川の水源のひとつで、この恵みの川の水源をどちらが取るかで争っているのです。
インドとパキスタンにおける同性愛に対する態度の違いについても語られました。
ヒンドゥーは同性愛に寛容で「カーマスートラ」にも同性愛の指南が書いてあるくらいだった。が、植民地化されてソドミー法が導入され、犯罪とされてしまった。2018年になってようやく最高裁で撤廃された。しかし、軍隊の中ではまだ同性愛はタブーで、今回の映画も、検問所のカルンが軍人だと書いたら政府から許可が下りず、ああいう民間の警備会社のような設定になったんだそうです。
それから、ネタバレになるかもしれないのであまり詳しくはお伝えしませんが、映画の終盤、ファヒームのお母さんがとった行動について、実に的確な分析がなされ、なるほどね…と思いました。ここではただ、二人の関係に気づいたお母さんがそれを受け容れ、因習に縛られてきた(自身には決定権がなく「ただ嫁いできた」)お母さんが、息子に自由な生き方を託すような意味があった、とだけ。
オニル監督は第二章を考えていて、それはムンバイのトランス女性を主役に据えた作品で、ファヒームたちも脇役で登場するそうです。続きが楽しみです。
INDEX
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