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レビュー:リン・モンホワン『赤い風船』『アメリカ時間』

「未来創造 Diversity Art Festival 2023」の一環で上演されたリン・モンホワン作品『赤い風船』『アメリカ時間』の朗読劇のレビューをお届けします。

レビュー:リン・モンホワン『赤い風船』『アメリカ時間』

台湾同性婚第3号であるゲイの劇作家、リン・モンホワンの『同棲時間』などの作品が上演というニュースでお伝えしていたミニ芸術祭「未来創造 Diversity Art Festival 2023」@新宿シアターミラクルのプログラム「LGBTを巡る台湾戯曲翻訳リーディング」を観てきました。『赤い風船』と『アメリカ時間』という2作品、どちらも素晴らしかったです。


 「演劇でアジアを繋ぐ」を活動理念として活動してきた演劇ユニット「亜細亜の骨」が主催するミニ芸術祭「未来創造 Diversity Art Festival 2023」が3月21日から29日まで新宿シアター・ミラクルにて開催中です。新宿シアター・ミラクルは「gaku-GAY-kai」の会場としても親しまれてきましたが、6月で閉館するそうで、小劇場シーンを発信し続けてきた同じ時代を生きる演劇の同志として、自分たちにできることはないかと考え、より多くの人に劇場の記憶を留めたいとの想いを込めてフェスティバルを企画したそうです。
 このミニ芸術祭には60歳を超える俳優で結成するユニットの朗読劇、消滅危機言語の与那国語での昔話の読み聞かせなど多様な演目が盛り込まれていますが、その中の一つとして台湾のゲイの劇作家、リン・モンホワンの作品がフィーチャーされています。

 3月23日(木)の「LGBTを巡る台湾戯曲翻訳リーディング」を拝見しました。レビューをお届けします。
(後藤純一)


『赤い風船』

<あらすじ>
同性婚法施行から30年後、2049年の台湾。同性結婚し、代理出産で授かった息子もゲイだったことからゲイファミリーとして注目され、プライドを持って生きてきたロウエイ。今はすっかり年老いてしまい、体の半分が機械になり、半分残った肺の機能を維持するために風船をふくらませている。とそこに、息子のシユウが現れ、性的指向を変える手術を受けると言い、父子喧嘩が始まる。シユウにはどうしても父を許せない理由があったのだった…。
 
 30年後の未来ということで、SF的なのですが、ゲイ遺伝子を操作したり、性的指向を変える手術が可能な世界という設定です(『X-MEN:ファイナル ディシジョン』でミュータントから人間にする「キュア」という“治療”薬が開発され…というエピソードを思い起こさせます)(いわゆるコンバージョン・セラピーのような、エセ科学で同性愛者を“治療”するようなものではありませんでした)(まだ完全に解明されていませんが、異性愛者になるか同性愛者になるかというのは遺伝子だけでなくエピジェネティクスなど複雑な機序が作用するようですし、今後どんなに科学が進歩しても手術によって性的指向を変えることは不可能だと思います)
 なるべくストーリーの核心には触れずにお伝えすると、そういう未来の世界だからこそありえる、失敗、恐ろしさ、取り返しのつかなさを描いたリン・モンホワンの「発想力」のスゴさにハッとさせられ、考えさせられました。おそらく差別があった時代から同性婚実現の時も経験してきて、肩肘張って世間のホモフォビアと闘ってきたであろうロウエイは、プライドというものを過剰に持ってきた人物で、ゲイこそが素晴らしいと信じて疑わないわけですが、一方、息子のシユウは最初から異性婚も同性婚も平等な偏見のない時代に生まれ育っているわけで、そこには世代間のギャップもあります。父と息子の確執という永遠のテーマもあります。また、クィアであるにもかかわらずジェンダー平等に鈍感な男たちに苛立つ女性の姿も描かれ、リン・モンホワンのフェミニズム的な問題意識(ゲイ男性も無縁ではないミソジニーへの批判)も窺わせました。
 科学技術の進歩と医療倫理の抵触ということよりも、どんなにテクノロジーが進歩しても人の心や社会はそうそう変わらないという真実を「残念」に感じる方が多いのではないでしょうか。
 この劇には直接は登場しないのですが、ロウエイの夫、シユウのもう一人のパパである「ダディ」が、きっと素敵な人だったんだろうな…と想像しました。
 
 

『アメリカ時間』

<あらすじ>
アメリカで同性婚している娘が、母親の訃報を聞いてNYから飛行機に飛び乗って台湾に帰る。時はコロナ禍。14日間の自宅待機を命じられる。台湾では初七日には亡くなった霊魂が家に帰ると言われている。いないはずの母と娘の対話。何度も口ゲンカを繰り返すうちに、母は本当に言いたいことを言ってしまう。「あんた、いつ結婚して、子どもを産むの?」

 アジア圏の映画や演劇において割と典型的なのではないかと思いますが、母親は常に忙しく動きまわり、子どもにご飯を食べさせ、ああしなさいこうしなさいと口うるさく言う、一方、同性愛者である子どもは、大学進学をきっかけに外国に出て、パートナーも仕事も見つけ、自分らしい生き方を謳歌し、ハッピーで充実した生活を送り、実家にはあまり帰らない、たまに帰ると、親は(たとえカミングアウトを受けていても)子どもに「あんた、いつ結婚して、子どもを産むの?」と言ってしまう…という、あまりにも身近でリアルな、ある意味、とてもシンプルなお話であるにもかかわらず、会場からはすすり泣きが漏れ、私もウルウルきてしまいました。それは、母がすでに亡くなっているからということだけでなく、(男女の格差ゆえに)決して暮らしが楽ではないなかで、身を粉にして働き、女手ひとつで子どもを育て、(口うるさいかもしれないけど)四六時中子どもの心配ばかりして、面倒を見たりかまったりせずにいられない…というアジアの肝っ玉母さん(や親戚のおばさんや近所のおばさん)の娘を思う心情が実に見事に描かれ、真に迫っていたからだと思います。男性と結婚して家庭を持つことが幸せだと刷り込まれてきた世代の母親にとって、アメリカで同性結婚する娘のことなんて理解できない、頭ではわかっていても、心がついていかないんだと思います。それでも娘のことは本当に心配だし、元気でいてほしいと思うし、という母の気遣いや心情が痛いほど伝わってきて、身につまされ、とても切ない気持ちにさせられるのです。『世界は僕らに気づかない』や『エゴイスト』に泣いた方は、きっと泣けると思います。
 掛け値なしに名作だと思いました。
 
 どちらの作品も、役者さんが完全に作品の意義を理解したうえで、感情を込めて、素晴らしい演技を見せてくれました。朗読劇とは言いながら、要所要所、動きもあり、通常の舞台劇と遜色のない迫力で、見応えがありました。
 なかなか上演される機会のない作品だと思いますので、この機会にぜひご覧ください。

「未来創造 Diversity Art Festival 2023」
LGBTを巡る台湾戯曲翻訳リーディング
『赤い風船』『アメリカ時間』
日時:3月23日(木)・24日(金)15:00/19:00
会場:新宿シアター・ミラクル
料金:一般3,000円/学生1,000円(定員60名)
作:リン・モンホワン
翻訳:山崎理恵子
演出:E-RUN
出演:奈良坂篤、緒方和也、大嶽典子



会場では舞台『すこたん!』のDVDなども販売されていました

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