REVIEW
「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
MBSで6月26日、「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」という番組が放送されました。男が好きということを「絶対に言われへん」時代を生き、ずっと思いを胸に秘め、セックスすらせず、90近くなるまで誰にもゲイだと知られずに孤独に生きてきた長谷忠さんの人生を追ったドキュメンタリーです。

2021年に「死ぬ前に女になりたかった」という91歳の方が一日だけ女装して歌い踊る「ボールルーム」が釜ケ崎で開催とのニュースをお伝えしました。これまでゲイであることを誰にも言えず、孤独に生きてきた91歳の長谷忠さんが、釜ケ崎の街で活動する若者たちと知り合い、彼らがニューヨークの(映画『Paris Is Burning(パリ、夜は眠らない)』や、ドラマ『POSE』のような)ボールルームになぞらえた「カマボール」を開いてくれて、そこで生まれて初めて「死ぬ前に女になりたかった」という夢を叶えることができたという、涙を禁じえないお話でした。
長谷さんは、その後も何度か新聞などに取り上げられてきましたが、このたび大阪のMBSが長谷さんに密着したドキュメンタリー番組を製作し、今年6月26日に放送されました。放送から1週間後の7月2日、この番組がYouTubeに上がり、関西以外の方も観ることができるようになりました(すでに30万回近く視聴されています)
男が好きということを「絶対に言われへん」時代を生き、ずっと思いを胸に秘めたまま、セックスすらせず、90近くなるまで誰にもゲイだと知られずに孤独に生きてきた長谷忠さんの人生の物語には、ちょっとひとことでは言い表せないような、感動や、感慨がありました。
長谷忠さんは1929年、香川県に生まれました。父親の愛人の子でした。初恋は小学校の先生でしたが、告白なんてできない時代でした。14歳で満州に渡り、通信兵などの任務に就き、終戦を迎え、1年後に本土に帰ってきました。
戦後は大阪に住み、いろんな仕事を転々としました。同僚と身の上話になったりしたときに「なぜ結婚しないのか」と聞かれるのがいやで、親密になるのを避けてきたといいます。男の人に惹かれるということは「おかしいと思ってたけど、外にはもらさなかった」「言葉に出されへんかった」。そうして母親やきょうだいとも疎遠になってしまいました。
長谷さんは10代の頃から長谷康雄の名で詩を書いて雑誌に投稿したりしていました。文学の世界では本当の自分を表現できたのです(2000年、日本図書刊行会/近代文芸社から『私生子』という小説も発表していますが、現在は買うことができないようです)
このドキュメンタリーにはもう一人、キーパーソンが登場します。こちらの記事でも紹介した、西成区で「にじいろケアプランセンター」を経営するケアマネジャーの梅田政宏さんです。
梅田さんは3年前、知人からゲイの高齢者が一人暮らしをしていると聞いて、長谷さんのもとを訪ねるようになりました。長谷さんは梅田さんに心を開きます。梅田さんもゲイだと聞いたからです。梅田さんは毎月の長谷さんの健診に付き添ったり、親身になってサポートします。
梅田さんは56歳ですが、「昔の厳しかった時代を生きてこられたということを想像するだけでつらかった。大先輩やな、巡り会えてよかったな」と語ります。
梅田さんもまた、自分だけが他の人と違うと感じ、「ゲイバーで女装して生きていくしかない」と思っていたそうで、20代半ばで恋人ができたものの、周囲には内緒にしていたといいます。11年前にうつを発症し、48歳でカミングアウト、介護系の職場で孤立し、退職、ケアマネージャー(訪問介護)の道に進みます。10歳年下のパートナーと暮らしているそうです。
それから、同性愛の歴史を研究している大阪公立大の新ヶ江章友教授も登場します(『日本の「ゲイ」とエイズ』『クィア・アクティビズム: はじめて学ぶ〈クィア・スタディーズ〉のために』といった本の著者の方です)
近世までは同性愛に対して大らかだった日本で差別偏見が広がったきっかけとして、大正初期、クラフト=エヴィングの『変態性欲心理』や、日本の研究者による『変態性欲論』が発刊され、同性愛は異常・精神疾患である、蔓延すれば社会を破壊する伝染病のようなものであるとの認識が社会に広まったと、新ヶ江教授は説明します。そのような社会では「同性を好きだと気付いたとしても、どうしたらいいかわからない」「異性愛者として結婚して子どもをもうけるというモデルに乗るしかない」のです。
1991年には、辞書から同性愛は“異常性欲”であるとの記述が消え、WHOが同性愛は精神疾患ではないと宣言したの受けて1994年には厚生省も動き、精神疾患から同性愛の文字が削除され、パレードも開催されるようになりました。「ここに至るまでにたくさんの人が闘ってきた。社会運動だけでなく、ひとりひとりが存在を懸けて。たとえ異性と結婚してたとしても『薔薇族』でつらさを語ったりしていた」と、新ヶ江教授は語ります。
コロナ感染など、大変な時期を経て、長谷さんは、これまでの人生を振り返り、同性愛者のためにできることをと考えました。
そうして今年5月、梅田さんが主催するLGBTQについての勉強会に参加し、自らの人生を語りました。その勉強会の場で、長谷さんが、僕らのコミュニティの(パレードやNLGRなどに参加しているような)ゲイの方とふれあう姿には、感慨を禁じえませんでした。生まれてから一度も、恋愛も、セックスすらも経験せず、誰にも言わず、ひっそりと孤独に生きてきた93歳のゲイの方が、何十年もの時を経て、梅田さんという天使のおかげで、僕らのコミュニティにつながったのです。
もし今の時代に生まれてはったら?との質問に「そりゃあ男と結婚するわよ」と答えていた長谷さん。今からでは難しいかもしれませんが、その夢が叶うといいな…と思いました。
なお、この番組の放送の3日後の6月29日、梅田政宏さんが急逝されたそうです。私は直接は存じ上げないのですが、Facebookに「あんなに素晴らしい方が…」と、その早すぎる死を悼むコメントが上がっているのを見て、亡くなったことを知りました。「にじいろケアプランセンター」で高齢のLGBTQの方を支援してきただけでなく、HIVについても啓発してきた方だったそうです。謹んでご冥福をお祈りします。
INDEX
- アート展レポート:MORIUO EXHIBITION「Loneliness and Joy」
- 同性へのあけすけな欲望と、性愛が命を救う様を描いた映画『ミゼリコルディア』
- アート展レポート:CAMP
- アート展レポート:能村 solo exhibition「Melancholic City」
- 今までになかったゲイのクライム・スリラー映画『FEMME フェム』
- 悩めるマイノリティの救済こそが宗教の本義だと思い出させてくれる名作映画『教皇選挙』
- こんな映画観たことない!エブエブ以来の新鮮な映画体験をもたらすクィア映画『エミリア・ペレス』
- アート展レポート:大塚隆史個展「柔らかい天使たち」
- ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
- また一つ、永遠に愛されるミュージカル映画の傑作が誕生しました…『ウィキッド ふたりの魔女』
- ようやく観れます!最高に笑えて泣けるゲイのラブコメ映画『ブラザーズ・ラブ』
- 号泣必至!全人類が観るべき映画『野生の島のロズ』
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
SCHEDULE
- 04.26fancyHIM “GET REDy”
- 04.26ノーパンスウェットナイトIN大阪21
- 04.27表現難民互助会 第二回 近況報告会