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REVIEW

差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』

『おっさんずラブ』と並行してもう1本「おっさん」をタイトルに冠したドラマが放送スタート。この『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』は、古い考え方の差別的なおっさんが主人公で、ゲイのおかげで見方を変え、価値観をアップデートしていくというお話です

ゲイ友のおかげでアライに変わっていくおっさんを描いたドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』

 なんと今期、『おっさんずラブ』と並行してもう1本「おっさん」をタイトルに冠したドラマが放送されることになりました。ただしこの『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』のほうは、主人公のおっさんがゲイとかではなく、よくいるタイプの頭の固い差別的なおっさんで、そのおっさんが紆余曲折あってゲイの青年と出会い、生まれ変わっていくというお話になっています。
 原作は、国内累計閲覧数5700万回を超える練馬ジムさんの漫画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』です(すでにお読みになった方もいらっしゃるのでは?)。古いジェンダー規範や偏見で凝り固まっている頭の固いおっさん・沖田誠が、ゲイの青年・五十嵐大地との出会いによって人としての成長を誓い、常識をアップデートしていくというホームコメディです。おっさん役の原田泰造さんをはじめとする役者さんもしっかりしていて、安心して観られる、素直に「これはいい作品」と思えるドラマです。
 
<第1話あらすじ>
「お茶は女性が淹れてくれた方がおいしいだろう」昭和生まれの51才・沖田誠はそのデリカシーのない言動のせいで家族や会社の部下たち、さらには愛犬のカルロスにまで嫌われていた。そんなある日、誠は妻・美香の友人の息子・五十嵐大地がゲイであることを知る。そしてその大地が、引きこもっている息子・翔(かける)の部屋に入り込んでいることを……「なんでそんなのが翔の部屋に!」思わず大地を否定してしまう誠。そんな誠に翔が冷たく言う。「僕は……お父さんみたいな人には絶対なりたくない!」家族のために頑張ってきたつもりの誠。なのに、家族からは嫌われ、会社でも疎まれ、でも何をどうすればいいのかすらわからない。苦悩の誠に大地が声をかけ――。

 実にいいドラマだと思いました。
 古いジェンダー規範や偏見に凝り固まった(セクハラ野郎でもある)おっさんが、ゲイの青年と出会ったおかげでゲイ(や女性や多様な人々)に対する偏見を払拭し、価値観を「アップデート」していくお話で、差別者だった人がアライへと生まれ変わる過程をコミカルかつ感動的に描いた物語なのです(『キンキー・ブーツ』のドンとか、『パレードへようこそ』の荒くれ炭鉱夫みたいに。でも、そういう差別者が変わっていく過程自体を物語の中心に据えたところは新しいと思います)
 日本ではまだまだこういうタイプのおっさんは本当に多いと思いますが、ただそれを古い!差別的だ!ハラスメントだ!と容赦なく叩いて終わるのではなく(えてして厳しく批判するあまり、追い詰めてしまうようなケースもあると思うのですが)、主人公の誠もまた、家族のためにがむしゃらに、身を粉にして働く企業戦士であり、根は家族思いのいいパパなんですよという描き方をしているおかげで、自分も誠みたいなおっさんだと思う方もまた、このドラマを拒絶せずに観れる、誠に感情移入しながら追体験し、変わっていける余地を与えていると思います。言い換えると、おっさんへの愛があるんですよね。そこが素晴らしいです(そういう意味では『おっさんずラブ』と共通です)
 
 大地は、たまたま家の近所の階段のところで誠が転びそうになったのを助けたあげた好青年で、引きこもりの翔の大切な友人でもあり、だからこそ誠も素直に話を聞き、自身を省みることができました(そういうふうに少しずつゲイに対する差別意識やホモフォビアに気づかされ、認識を改めていく様は、『弟の夫』の弥一のようでもあります)。現実社会では、会社で部長とか役職に就いているおっさんをたしなめられる人もそうそういないでしょうし、なかなか変われるチャンスってないでしょうが、だからこそ漫画/ドラマというフィクションの面白さが活きてくるのかな、と。
 
 主人公の頑固で差別的なおっさんを演じているのが原田泰造さんなのですが、実にいい演技を見せてくれます(原田泰造さんは2009年に細川貂々さんのコミックエッセイをドラマ化した『ツレがうつになりまして。』に主演していて、そのときからいい役者さんだなぁと思ってました)。「こういう頭の固いおっさんいるよね」とも思わせてくれますし、家族に総スカンをくらって落ち込む様も、「お父さんみたいな人には絶対なりたくない!」と言う翔との絆を取り戻すために頭を下げる様も、リアリティがあります。泰造さんだとイヤなおっさんになり過ぎないし、反省して変わっていく様にも説得力が感じられます。愛情をもって(なんなら応援する気持ちで)観ていけると思います。
 キャストについて言うと、沖田誠の妻であり翔の母である美香の役を富田靖子さん(『アイコ十六歳』『さびしんぼう』)が演じているのですが、これまたいい感じのほんわかしたキャラクターで好感が持てます。第2話以降、松下由樹さんも登場するので、楽しみです。
 
 ちなみにタイトルの「パンツ」に関しては、第1話では、いかにもおっさんという感じのダサいトランクスをクローズアップした1カットだけなのですが、今後どういうふうにパンツがらみの話が展開していくのか?というところも期待を持たせます。

 2023年秋クールは『きのう何食べた』と『大奥』という同じよしながふみさん原作の名作ドラマが同時に放送されるという奇跡が起こりましたが、今クールは『おっさんずラブ-リターンズ-』『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』という「おっさん」ドラマの名作2本が同時に放送されるクールとして記憶されることになりそうです。(2作品を見比べるのも楽しそうです)


おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!(全11話)
東海テレビ・フジテレビ系全国ネット
1月6日(土)23:40-
出演:原田泰造、城桧吏、中島颯太、大原梓、松下由樹、富田靖子ほか



【追記:全11話を観終わって】
 素晴らしかったです。毎回、ハラハラドキドキさせながらも(第6話の最後にはアウティングしてしまったり)、誠は失敗もしながら一つずつ学んでいき、ついには立派なアライになるのです。

 第10話では、それまで姿を見せなかった(松下由樹演じるお母さんと離婚して離れていた)大地のお父さんが現れ、同性愛者というのは結婚が認められていないから好きな人とつきあったとしても法的に何の保障もされない、世間でこんなに差別や偏見があるから苦労するのは目に見えているという“正論”を滔々と述べ、懇々と大地を諭します。それは息子のためを思って言っている言葉なのかもしれませんが、父親から放たれたあまりにも残酷な「呪いの言葉」であり、第1話では「ゲイがうつる」という誠の言葉に笑って応じるほどの余裕があった大地が、初めて動揺し、打ちひしがれ…観ているこちらが泣いてしまうくらい、本当に悲しい場面でした。
 最終話で、誠は、そのお父さんに「うちの子のことに口出ししないでほしい」と言われ、一度は距離を置きますが、「俺と大地くんは友達なんだから」と奮起し、もう一度お父さんに対峙することを決意。沖田家が一丸となって、お父さんの説得に当たり…その場面にも涙を禁じえませんでした。大地くんは「先輩とのつきあいをあきらめたら、俺が俺じゃなくなる」と言って、たとえ世間の風当たりや苦労があるとしても自らの幸せを貫くことを宣言し、お父さんは残念ながら最後まで考えを変えることなく、拒絶。ラストシーンは同性結婚式で、誠は号泣。祝福のムードのなか、大団円を迎えました(登場するお寺は、仏前結婚式を手がける川越の最明寺で、副住職の千田明寛さんも出演していました)
 最終話はほかにも感動の場面がいくつもありました。翔は告白を決意した友人の静のために、友達だからと言って、本来の静の中身を表現する静らしいメイクを施してあげます(メイクのシーンで泣けるってスゴいと思う)。それから誠の職場でさんざんハラスメントを繰り返してきた昭和の頑固オヤジ・古池が、(こんなことある?って思いましたが)職場で誕生日を祝ってもらい、感動し、これまでのことを反省して謝り、感謝の言葉を述べるのです。

 誠は最初はひどかったけど、ずいぶん変わりました。それは根底に愛と友情の気持ちがある(そこも昭和っぽいのかもしれませんが)熱血漢だからであり、息子の翔が引きこもっていたことや、翔がセクマイかもしれないということ、大地くんという人間ができた人が友達として誠を辛抱強く教育してくれたこと、そういうリアリティといい意味でのフィクションの相乗効果で、奇跡が起きたんですよね。この通りにやれば誰もが変われるということではないし、夢物語かもしれないけど、でも、誠サイドにいるおっさんたちにも、女性やセクマイの側にいる人たちにも響いたと思うし、世の中を変えるような夢物語になったんじゃないかと。
 
 振り返ってみると、変わったのは誠だけではありませんでした。翔は学校に行けるようになったし、自分の将来を思い描けるようにもなり、ずいぶん成長しました。円は親との関係で悩んでいて、初めはカミングアウトできなかったけど、大地にプロポーズし、親にカミングアウトする決意をしました。誠を中心にみんなが「自分らしさ」を大事にして真っ直ぐに生きる勇気を持てるようになったのでした(PRIDEと言っていいんじゃないでしょうか)
 セクマイの側にも、どうせ世間は認めてくれるはずがない…あまり目立たないようにしよう、人前で手をつないだりキスしたりなんて大それたことはやめとこう、といった「あきらめ」があったりすると思うんです(そのあきらめの壁を突き破って堂々と男どうしの大純愛ロマンを繰り広げてくれたのが『おっさんずラブ』だったんですけどね…)。誠の奮闘は、そうしたあきらめたりためらったりするマイノリティの人たちを逆に勇気づけ、PRIDEを持てるほどの力を与えてくれたということも言えるんじゃないかと。つまり、最初は差別者だったんだけど、だんだんアップデートしていく、アライになろうとする様に、当事者も励まされ、変わっていったわけで、そこもまた素晴らしいところでした。 
 
 おっパンの成功は、「なに食べ」や「つく食べ」などと同じでまず漫画の原作があって、原作のいいところ(スピリット)をしっかり踏まえたうえでドラマ化したということにあると思います(LGBTQへの理解がないテレビ局の人たちが当事者の監修などもなく脚本や演出をこねくり回すと、失敗してしまったり…)
 ともあれ、稀に見る名作となったおっパン。続編もぜひ観たいですね。

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