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レポート:メディア向けセミナー「PrEP承認がもたらすHIV/AIDSの新展開 ~HIV/AIDS流行終結に向けた複合的予防の重要性と課題について関連団体が語る~」
9月25日に開催されたメディア向けセミナー「PrEP承認がもたらすHIV/AIDSの新展開 ~HIV/AIDS流行終結に向けた複合的予防の重要性と課題について関連団体が語る~」のレポートをお届けします。薬事承認の意義や、薬価の高さをはじめとする今後の課題について、忌憚のない意見が交わされました
9月25日、都内の会議スペースで「PrEP承認がもたらすHIV/AIDSの新展開 ~HIV/AIDS流行終結に向けた複合的予防の重要性と課題について関連団体が語る~」というセミナーが開催されました。PrEPで使うツルバダ配合錠を開発し、先日、国の薬事承認を得たギリアド・サイエンシズがメディア向け行なったものです。その模様をレポートします。
はじめにギリアド・サイエンシズのケネット・ブライスティング代表取締役社長が挨拶し、「これは小さな一歩ですが、重要な一歩です」「これからも厚労省やステイクホルダーと2030年までのHIVの流行の終結を目指してやっていきます。そのためにPrEPは重要や役割を果たすことでしょう」と語りました。
岡慎一先生講演「抗HIV薬の曝露前予防としての適応追加承認取得の意義」
続いて、SH外来を実施した国立国際医療研究センターのエイズ治療・研究開発センター長として様々にゲイコミュニティのために動いてくださったアライでありPrEPの推進にも尽力してきた岡慎一先生が登壇し、「抗HIV薬の曝露前予防としての適応追加承認取得の意義」について講演しました。以下にその内容をダイジェストでお伝えします。
・日本は新規感染者が少なかったが、減らしていくための目立った方法もなく、どうしていくかが今日の課題でした。新規感染をゼロにするために、U=UとPrEPが有効で、非感染者がPrEPを行なうことによって理論的には新規感染をゼロに近づけることが可能です。
・HIV予防をしていくうえでタブーを作るのはよくないこと。国際会議の場でも肛門性交について真剣に話し合われています。タブーを作ることはシャットアウトすることです。
・WHOの2015年のガイドラインでもハイリスク層(100人のうち3人感染するような集団)にはPrEPを、と推奨されています。最高レベルの推奨です。
・ロンドンのSTI(性感染症)のクリニックが、まだPrEPが承認されていなかった時期にPrEPのジェネリックをどんどん配り、新規感染が劇的に減りました。このクリニックは世界的に有名になりました。
・私たちも2017年、PrEPを研究として行なう基盤としてSH外来を開設しました。最初は3ヵ月に1回通ってくれる人がそんなにいるだろうかと思いましたが、あっというまに2000人以上が登録しました。結果、PrEP薬を飲まなかった人たちは3.45%が感染した一方、PrEP薬を飲んだ120名は感染ゼロでした。これは重要なデータ。これで100人PrEPを行なうと3人新規感染が減るということが言えるようになりました。
・ツルバダの薬事承認(適応追加)は大きな一歩です。2018年に最初に要望書を出しましたが、コロナ禍でストップし、2021年に再度、要望を出していました。世界で認可されていないのは先進国で日本だけでした。
・PrEPで必要なことは、SHにお金をかけるという考えを持つこと、そして、持続可能な費用でまかなえるということ。若い人たちも買える値段であるべき。保険が適用されないのであれば他の何かの仕組みで。いろんな補助が必要になるのではないでしょうか。
・新規感染ゼロは世界の目標です。リスクの高い人がPrEPを続けてくれれば、未診断で発症可能性のある人もいなくなるはずです。とはいえ検査も大事。あらゆる検査オプションを増やして敷居を下げる必要があります。ユーザーフレンドリーにする対策が求められます。
・今回の適応追加の意義として、今後はPrEPのことを大手を振って言えるということ、地域差があって、都内で何万人も飲んでる一方で地方では知らない人も多かったが、公に推奨できれば情報格差が小さくなり、裾野が広がり、新規感染が減るということ、また、PrEPは定期的に検査が必要なため、このパッケージを広げると他のSTIも減るということが言えます。PrEPをやったらHIV以外のSTIが増えるんじゃないかと言われますが、そうではありません。オーストラリアもSTIが減っています。
パネルトーク「2030年のHIV/AIDS流行終結に向けたPrEPの重要性と課題」
そして、昨年HIVの流行終結に向けた要望書を国に提出したGAP6の6団体の方たちが登壇し、パネルトーク「2030年のHIV/AIDS流行終結に向けたPrEPの重要性と課題」が行なわれました。
aktaの岩橋恒太さんが司会を務め、ぷれいす東京の生島嗣さん、日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介さん、はばたき福祉事業団の後藤智己さん、community center ZEL(やろっこ)の太田ふとしさん、魅惑的倶楽部の鈴木恵子さんがパネリストとしてお話しました。以下にお話の内容をお伝えします。
――今回の薬事承認は、コミュニティや様々なステイクホルダーが一緒に動いた成果だと考えますが、いかがでしょうか?
後藤さん:HIVの流行の終結、偏見や差別のない社会を目指すうえで、予防策が増えることは重要で、期待できます。これからも取組みを進めていきましょう。
高久さん:感染症の予防は「啓発教育」「予防行動」「検査」「治療・ケア」の4つが重要で、PrEPは「予防行動」に当たります。HIV陽性者は心ない言葉を投げかけられたり、被差別的な気持ちからメンタルを悪くすることも多く、そのうえで予防行動 となると、実際の性行為の現場では、必ずしもセーフを徹底できない、相手との関係性あってのことで、どのような性行為がいつどのようにということはコントロールしづらく、コンドームを使えていない人も多いです。ゲイだけでなく、女性も同様で、コミュニケーションの難しさゆえに、コンドームを着けてもらえないこともあり、PrEPは、ひとつ大きな役割を持つだろうと言えます。薬がばらまかれればいいわけではなく、検査を受けて早く知ることが大事で、早く治療できればウィルス量も減ります。まだ課題はありますが、大きなゲームチェンジャーだと考えます。
鈴木さん:女性側からもコンドームを使ってと言い出せなかったり、間違った使い方でアクシデントが起きたり。そのなかで、相手任せではなく主体的にできる予防法としてPrEPが加わったと思います。避妊のためのピルとおなじようなイメージ。自分が感染予防のための行動をとれるということです。新規感染ゼロにつなげることが期待されます。
――日本でも2030年までのHIV流行の終結を目指し、新規感染ゼロを達成することが大事で、PrEPは重要なツールです。従来の予防行動と組み合わせたコンビネーション予防ということが言われています。私たちはPrEPについて政府に要望を行ない、薬事承認は達成されましたが、「PrEPへのアクセスの確立」「PrEPを含む予防施策の適正使用の推進および普及啓発活動」については達成されたとは言い難いです。
生島さん:ゲイ・バイセクシュアル男性6000人に行なった調査で、PrEPに対して払える金額の上限は5000円だと、半数の方が回答しています。PrEPが普及し、いろんな人が予防方法としてコンドームもPrEPも選べる状態にするためには、価格は重要です。承認されたことははうれしいですが、1錠約2400円という薬価は、30錠(デイリー)だと月に7〜8万円かかるわけで、余裕がある人しか使えません。海外では補助もあり、利用しやすい仕組みをつくっている国もあります。私たちは署名活動を開始していて、署名がある程度集まった段階で厚労省やギリアドと話し合いたいと思っています。価格が高すぎると、正規のルートではなく、薬を自分で入手して、検査をすっ飛ばす人も出て来る懸念もあります。
――日本では予防に関しては保険適用外。必要な人にどのように届け、持続可能なものにしていくかが今後の課題。「PrEPを含む予防施策の適正使用の推進および普及啓発活動」について、ご意見ください。
太田さん:PrEPはこれまでの予防法と置き換わるものではなく、新たに加わるものです。実際にあった話として、相手の人がPrEPしていると言っていたのでコンドームなしで性行為したという人がいました。相手が本当にしてるかどうか確かめる方法がない以上、自分を守る方法として、コンドームとPrEPを適正に利用できれば。複合的に予防していくことです。もう一つ、東北ではPrEPを提供できるクリニックがないという話があります。個人輸入して検査なしということも起きています。
――地域によって情報格差もあるでしょうか。
太田さん:首都圏と地方ではかなりPrEPの認知が異なります。数年前のアンケートで、PrEPを「知らない」という人の割合は首都圏が8%だったのに対し、東北では14%でした。適正に使うこともできないし、始めたり、アクセスにもつながらない現状…きちんと伝えていく必要があると思います。幸いコロナ以降、オンライン診療も発達したので、地方の人こそ利用するべきではないかと思いますし、そこも含めて。
――その他の課題、何かありますでしょうか。
生島さん:エイズ学会が手引きを整備し、現状、リンク集は作っていますが、課題もあります。例えば、検査を受けずに服薬を始めたが、実は感染していたというケース(※PrEPで使用する薬は治療薬ほど強くないので、耐性ウィルスができる可能性があります)。いくつか課題があり、安心してPrEPを始められるような環境を整備していく必要があります。そして、地域格差が大きいということ。オンライン診療の普及は朗報ですが、検査は必要ですので、地方でも検査を受けられるようにしていくべきです。そしてPrEPは、性別や性的指向を問わず、みんなが使える予防方法だということがもっと知られてほしいです。
――最後にひとことお願いします。
後藤さん:近年、メディアでHIVのことがほとんど報道されない印象です。PrEPのことは大きな話題ですので、課題も含めて報道してほしいです。
高久さん:もともとHIVの治療薬は高額です。薬害エイズの方が尽力して感染経路を問わないかたちで保険適用にしてくれましたが、それがなかったら、私はお金が払えず、今この場にいなかったかもしれません。せっかくいい薬が予防に使えることになったのですから、よりよい未来のために、普及してほしいです。コンドームを使える使えないという話は触れにくいかもしれませんが、セックスのことを話しづらい社会であることがHIV予防啓発が進まない土壌になってしまっているので、躊躇せずに、これをきっかけいにもっとフラットに語られるようになってほしい、ピルのことやHPVワクチンも含め、性の健康のために、みんながセックスと正面から向き合えるようになってほしいと思います。
太田さん:地方の情報格差、アクセスできなさについて、私たちも取り組みますが、メディアのみなさんも伝えてほしいです
生島さん:署名活動をしているなかには、ピルとか避妊薬のことに取り組んでいる女性たちもいます。相手に依存せずに自分でできる予防という点で、そういう方たちと話が合うというのは発見でした。HIVのことをあまり知らない人であっても、PrEPをすることでHIV検査を受ける新たな機会につながっています。実は検査も増えるのです。
鈴木さん:浜松で活動していますが、PrEPも「自分には関係ない」と思われがちです。地方でも知られてほしいと思います。
――(今年、岩橋さんが会長を務める)日本エイズ学会でもPrEPは重大なテーマです。新規感染ゼロを達成するためのキーです。今後PrEPを実装していくにあたって「価格」「アクセス」「検査」という課題が浮き彫りになりました。これはコミュニティや学会の力だけでは実現できないことです。メディアのみなさんにもご協力をお願いいたします。
質疑応答
最後に質疑応答の時間が設けられました。活発な議論がなされました。ダイジェストでお伝えします。
――PrEPが保険適用されないことで価格がネックになっています。途上国でも薬価を下げる交渉は、保険以外のところで行なわれているはず。日本ではできないのでしょうか?(HIVジャーナリストでエイズ予防財団やAIDS & Society研究会議の理事も務める宮田一雄さん)
ブライスティング氏:日本では薬事政策との兼ね合いもあり、難しいです。しかし政府とも議論し、アフォーダブルな価格となるよう、道を探り、ソリューションに向けてチャレンジを続けていきます。
岡先生:ツルバダだけじゃなく薬はいろんな縛りがあります。何か特例的な措置をとらないと、手が届かない。予防の保険適用ってワクチン以外ではなかったけど、何か特別な仕組みを作ってもいいと個人的には思っています。
――米国ではデシコビ(※もう一つのPrEP薬)は保険に入ってれば、タダでもらえます。僕も昔使ってました。今回の薬事承認により、安価なツルバダのジェネリックが輸入できなくなる懸念もあります。保険でカバーできるようになったらいいと思うのですが…(『JAPAN TIMES』紙の記者の方)
ブライスティング氏:薬事政策のこともあり、難しいです。厚労省などと話し合いを継続していきます。
――PrEPはデイリーが基本というお話でしたが、オンデマンドもありますよね。オンデマンドだともっと安くなるのですか。海外ではどのような仕組みになっているのでしょうか(共同通信の記者の方)
岡先生:オンデマンドはこの日と決めて事前に飲んでおく必要があり、事後の飲み忘れなども心配され、アドヒアランス(服薬遵守)の面で難しさがあり、有効性が劣ります。使う人の決意が問われます。米国の保健では自己負担が少なくてすみますよね…その辺りはケネットさんのほうが詳しいのでは?
ブライスティング氏:そうですね。よくカバーされていると思います。
ーー感染リスクが高い人というのは、ゲイで不特定多数と性交渉する人だったりすると思いますが、その人に保健適用するのは支持できないという人もいるのではないでしょうか?
生島さん:保健適用じゃなくてもいいんです。諸外国では安く手に入る仕組みがあるので、厚労省とも話し合っていきたいです。ゲイ男性でPrEPをしたい人だけでなく異性愛者の中にもパートナーではない人との性行為などで使いたいという人がいます。価格でいうと、オンデマンドは安いですが、予防が十分できない事例が散見されますので全体としてはデイリーをお勧めしています。現状、価格が原因で、ゲイに限らず、利用が難しいです。
高久さん:80年代のエイズパニックの頃、薬害でエイズになった方は“よい”エイズ、性行為で感染した方は“悪い”エイズと呼ばれていたことがありました。そういう言い方が広まったのはメディアの責任。今のは同じ質問だと受け止めています。好き好んでやっているのだから、という感情。例えば生活習慣が怠惰で生活習慣病にかかるのも同じことで、健康保険というのは、いろんな人の営みがあるなかで、みんなで助け合っていこうという考え方。そもそもHIVの薬は、感染したらずっと治療費がかかりますし、HIVになっても今はみなさん長生きしますから、莫大な費用になります。どちらがが日本の経済にとってよいのか。コスト的にも、善悪の観点でも、決して支持を得られないというのは色眼鏡があると思います。
岡先生:HIVに感染した方の生涯医療費は1人あたり1億円だと言われています。いま毎年900人くらい感染していますから、国民負担が900億円増えることになります。これをPrEPで防ぐことができれば、2030年に新規感染をゼロにできれば非常によいことです。
ここで時間がきてしまいました。オンラインで参加していた方からもたくさん質問が寄せられていたそうですが、個別に回答するということになりました。
まとめ
TOKYO AIDS WEEKS 2017での『PrEP 17』上映会や、2018年に9monstersで実施されたアンケート調査の結果を受けたコミュニティ向けの報告会「PrEPと日本~今とこれから」をレポートしたり、日本語でPrEPについての情報を提供する日本初のポータルサイト「PrEP@TOKYO」を紹介したりリンクを貼ったり、手記集の製作に協力したりl、薬事承認に関する動きについても逐一、お伝えしてきて、PrEPについては早い時期から、その普及や啓発に寄与してきたという自負があるのですが、今日のお話は、知らないこともたくさんあり、とても勉強になりましたし、刺激にもなりました。セミナーの中では話されていないのですが、地方のクリニックがPrEPの見守り医療を行なう大変さ(利用者が少ないと在庫を抱えてしまうことなど)のことなども聞きました。
今回、薬事承認されたことのいちばんの意義は、岡先生がおっしゃっていたように、これまでノータッチだったクリニックや検査所などにも堂々とPrEPについての資料が置かれるようになるでしょうし、地方にも周知されていく条件が整ったということだと思います。(全体的に周知され、ニーズが高まれば、地方でもPrEPを扱うクリニックが増えていくと期待されます)
そして、課題としては、やはり、今の価格では、よほど経済的な余裕がある方じゃないと利用できないため、現実的じゃないということです(しかもツルバダのジェネリックが使えなくなるわけですから、承認されないほうがよかったと思う方も出てきそうです)。署名運動も始まりましたので、ぜひ、もっと安価で入手できるようになるような何らかの仕組みが整備されてほしいです。WHOも推薦しているように、新規感染ゼロの実現にはPrEPの普及が重要なキーとなりますから、ふつうに買える価格となるような行政の施策が求められます。
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