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ゲイの心理カウンセラー・村上裕さんにインタビュー
ドリカムの広告や雑誌に登場し、昨年バラエティ番組にもゲイの心理カウンセラーとして出演した村上裕さん。現在、カウンセリング業のかたわら、一般のカウンセリングスクールでセクシュアルマイノリティについての講座を担当しています。
村上裕(むらかみゆたか)さんは2010年、パートナーの佑樹さんとともにゲイカップルとして『Tokyo graffiti』誌やDREAMS COME TRUEのニューアルバムの広告に登場し、話題になりました(Tokyo SuperStar Awardsでも表彰されました)。そして、以前から心理カウンセラーとして多くの方の相談にのってきましたが、昨年、ゲイのカウンセラーとして「解決!ナイナイアンサー」(日本テレビ)へも出演しました。現在、カウンセリング業のかたわら、一般のカウンセリングスクールでセクシュアルマイノリティについての講座を担当しています。今回は、カウンセラーとしての村上さんをフィーチャーし、どんな講座なのか、詳しくお話を聞いてみました。(聞き手:後藤純一)
村上裕さんがカウンセラーになった理由
——村上さんはなぜカウンセラーになろうと思ったんですか?実は、なるつもりはなかったんです。そもそもこういう心理学を勉強しはじめたのは、ぼく自身がメンタル不全を起こしていたから。実家に住んでいた頃、虐待やいじめ、身近な人が亡くなるという喪失体験をして、すごく心が病んでいた。転地療法(トラウマをもった人がその地を離れることで回復を図る)で福島という土地を離れ、東京に来ました。そのあと自分でも気づかないうちに自傷して朝起きたらベッドが血まみれだったり、命にかかわる精神障害があって…このままだと死んじゃうなと思って。
——ご自身がとてもヘビーな経験をされてたんですね…。
大学で、学生向けの相談室を訪ねたら病院を紹介されて、ここに行けば人生変わるんだと思って勇気を出して病院に行ったんですが、5分くらいで薬をもらって終了…拍子抜けっていうか、なんだか見捨てられた気持ちになりました。病院は相談を聞いてくれる所じゃないんだな、とわかりました。
——薬を処方する所なんですね。
薬物療法をする所であって、心理療法ではないんだということがわかった。あとでついた診断名だと、ぼくはうつや解離性障害を患っていたんですが、それは心の問題、人とのコミュニケーションから生まれた障害だと自分でもわかっていたので、じゃあ、病院じゃなくて誰に相談したらいいんだろう?って考えて。インターネットで調べて、宗教団体にも行ってみたり、自己啓発セミナーに行ってみたりしたけど、自分にはどれも違う、と思って。
——苦しさの根本が解決されなかった。
耳触りのいい言葉は入ってくるけど、症状は一向によくならない。最後にたどり着いたのが、心理学とカウンセリングでした。心理学は心についての学問で、カウンセリングは心についての技術。それで、できればゲイのカウンセラーに相談したいと思って、ネットで「ゲイ カウンセリング」で検索してみたけど、そういう人はいなかった。団体はあったけど、当時の心理状態としては、大勢の中に行くのがいやで、一対一で聞いてほしかった。で、ゲイのカウンセラーっていないんだな、とわかって、じゃあストレートのカウンセラーを、と探しはじめたのですが、当時は、自分のセクシュアリティを開示したとき、精神科医のように見捨てられるんじゃないかという不安があって。
——ゲイのことを理解したうえで向き合ってくれるかどうか、不安だった。
そうなんです。じゃあいったい誰が自分を助けてくれるんだろう?と思ったときに、自分で自分を助けるしかないと思ったんですよ。これが失敗したら死ぬしかないと。それで、ゲイだと言っても大丈夫そうなカウンセリングのスクールを探して、ここなら大丈夫だと思ったのが「アイディア」。理念の中にマイノリティという言葉が入っていて、自分たちが社会の中でどういうことをしていきたい集団なのかをきちんと明示してあった。信念のようなものを文章の端々から感じて、熱いなと思った。で、実際にそこに行って、説明を聞いたり、体験コースを受講したりして…だいたい泣いてたんで、よく憶えてないんですけど。
——ようやく自分を解放できたんですね。
やっと向かい合える場所があるって実感できた。人は安全な場所じゃないと泣けないんだなってわかった。授業の後に「どうでした?」って聞かれたときに「ぼくはゲイなんだけど、自分と向かいあって生きていきたい」って泣きながら言ったら、カウンセラーの方が「素晴らしい」と言ってくれて。「私は大学で勉強をしてカウンセラーというタイトルはもったけど、どういう方向に進んだらいいか迷っている。でも村上さんは、自分のやりたいことが明確なんですね、それはスゴイこと」と言ってくれたんですよ。
——そのスクールに出会って救われたんですね。
救われたというよりは、間違えずに済んだ。自分が自殺したら、自分が味わったのと同じ痛みを家族や友達に与えるってわかってたので、死んでしまったほうが楽だけど、自分は生きていくしかないんだと。であれば、世界のどこかに、幸せに生きていける方法があるんじゃないかと思って、まだ探しきれてないんじゃないかとずっと思っていて、やっと見つけた感じ。
——光を見出したというか、この道だと手応えを感じた。
光は遠くに見えてるけど、その間は何もなくて、ただ眩しいものが遠くに見えていた。幸せとか充実とか、愛とか、そういうものは、遠くにあって手が届かなかった。でも、ここでなら探していけそう、と思えた。記憶が途切れている間に自分が行動してるということは、自分の本体はどこにあるんだろう?みたいな。自分という存在への深い疑いがあった。自分って何?という問いかけ。なので、初めはセルフケアのために心理学を始めたんです。
——ぼくも中高生の頃にセクシュアリティのことで悩んで、心理学の本を読んだりしてたので、セルフケアってこと、わかる気がします。
3年間という時間をかけてゆっくり自分を見直して、心理学講座のプログラムを学び終えたとき、すっかり症状も治まっていました。治ったというよりは、上手なつきあい方がわかったという感じ。よかった、これで生きていける、とホッとした。そこでもう1回、ゲイのカウンセラーってまだいないのかな?って探して、やっぱりいなくて、じゃあ自分がなろうって思いました。昔自分がほしくて、探してもいなくて孤独だった。それが今もいないのであれば、自分がなろうと思ったんです。
——そういうことだったんですね。カウンセリングのことはあまり世間でも知られていないのでは?と思うのですが、世の中には心理カウンセラーってどれくらいいるんでしょう?
資格を持ってる人はいるけど、職業としてる人はそんなに多くないと感じます。いちばん大事なのは、知識よりもセルフケアなんですよ。自分自身がいい状態を保ってないと、いつかクライアントといっしょに自滅しちゃう。
——シンクロしすぎるとよくない。
引っ張られちゃうんですね。クライアントは「自分は生きてていいの?」って全身全霊で投げかけてくる。とても強い感情をぶつけてくる。カウンセラーが安定した状態じゃないと、引っ張られてしまう。心を病んでしまう精神科医の方が多いのはそのせいだと思います。
——資格をもってても、実際にやっていくのは大変なんですね。
知識や技術をもっと身につけなきゃって、はき違えてる人は多い。そういう人は、もし開業しても1年2年で消えるんですよ。カウンセラーとしてやり続けられる人はすごく少ない。
——そうですか…。村上さんは、ある意味、ゲイの人のためのカウンセリングをやっていこうという使命感をもって、「茨の道」とも言える職業を選んだわけですね。開業はいつ頃から?
事務所は2007年に開業しました。が、そのときはまだ勉強もしながらという感じでした。お金をもらってやれるようになったのは、2009年頃からです。
——じゃあ、だいたい5年くらいやってる。もうベテランですね。
やっとですよ。この人すごい!と思う人が「アイディア」のオフィスには何人もいるので。
ゲイのためのカウンセラー養成講座
——昨年4月にblogで「ゲイの心理カウンセラーを30人育成します」と書かれていましたが、今年からその養成講座がスタートしたんですよね?はい。タイトルが「ゲイの心理カウンセラー養成講座」なんですけど、受講生はストレートの方もたくさんいて、社会的マイノリティについて学ぶことで自分のことをより深く見つめていく機会になればとも思っています。マイノリティって実は誰もが無関係ではなくて、状況とか環境次第で自分自身にもマイノリティ性が生まれるし、それはごく自然なものだと。
——そういう気づきを得られる講座でもある。ゲイの方も受講されてる?
45人くらいいる受講生のうち、30人弱がストレートで、あとはゲイ、バイセクシュアル、ノンセクシュアル、トランスジェンダーの方々がいます。講義の途中、ディスカッションを入れてるんですが、ストレートの方はセクシュアルマイノリティの方と初めて接する機会が得られたりするし、セクシュアルマイノリティの方も、ストレートの方がどう感じるか、わかったりする。第1回のディスカッションでは、ゲイとかストレートじゃなくて、考え方に似てるところもあるし、違うところもあって、それは必ずしもセクシュアリティに関わらないという気づきが得られた。そういうプログラムなんですね。ちなみに、スクールと交渉をして、講座のなかでセクシュアルマイノリティであるとカミングアウトしてくださった方は受講料を5万円安くすることにしたんです。そしたら、受講生が「初めてゲイであることで得をしました」って言ってくれて、よかったなと思いました。
——それはいい話ですね。
かつ、講座のなかでカミングアウトしてくださることで、ストレートの方にもより身近にリアルに感じていただけるし、セクシュアルマイノリティの方にとっては、カミングアウトしても攻撃されたりせず、ありのままでいられる、そういう環境を提供できるんです。
——よく考えられてるんですね。
人にはいろんな属性があって、何かの軸で切ったときに誰もがマイノリティになる可能性がある。たとえばキリスト教の信者の人も日本ではマイノリティだし。いわゆるソーシャルマイノリティの中にも、セクシュアルマイノリティだけじゃなく、被差別部落出身の方とか、在日外国人の方、障害をもった方、HIVをはじめとする病をもってる方、いろんな方がいて、不当に差別を受けたりしている。それに、そういう方たちの苦しみと、家族関係や過去の体験による苦しみというのは構造が似ていると思っていて。どちらも本人が望んで得たものではないですよね。
——生まれつきのこと。社会学的にはスティグマ(汚名、負の烙印)と呼ばれるものですね。
心理学的な意味でのラベルになっている。
——なるほど。スクールの方にお話をもっていって、実現するまで、けっこう大変でした?
大変でした。本当に大変でした。こういう心理学のプログラムって、確固としたモデルがあるんですよ。ユングだったらこう、フロイトだったらこう、心理学の学派とかジャンルがあって。それをいろんなスクールが取り込んでいくんですけど、マイノリティを扱う既存のモデルがないので、ゼロスタート。1から作らなくてはいけない。
——このプログラムは村上さんが作ったもの?
そうなんです。必死でやってます。ぼくがこれまで、いろんなクライアントさん…その中にはインターセックスの方もいるし、あらゆるセクシュアルマイノリティの人とお話してきたので、そうした中から見つけ出せることもありました。ゲイってどういうものなんだろう?というところからはじまって、いろんな特性をもつマイノリティというテーマを、みんなに共感をもって伝えるにはどうしたらいいか、と悩みました。
——アイディアのHPには講座の内容は特に出ていないようですが、もう少しカリキュラムを具体的にお聞きしてもよいですか?
ソーシャルマイノリティとは?から始まって、たとえば、第2回の講座は歴史がテーマなんですが、近世までは大らかだったのに、明治時代に鶏姦罪という法律でアナルセックスが罰せられるようになり、それは7年くらいで廃止されて、以後、同性愛は病気扱いされるようになった。それはたぶんICD(WHOによる、死因や病気に関する国際的な統計基準)に入れられたから。それも1990年にWHOが外したので、病気でもなくなった。残ったのは、同性愛嫌悪の感情。そういったことを話していく予定です。他にも同性婚とかパートナーシップのことも扱うし、HIVのことも扱う予定です。最後は「ゲイの心理カウンセラーとしてのあり方」というテーマで、倫理観のお話をします。守秘義務が発生するということ、人の心に寄り添うとはどういうことか、ということ。
——多岐にわたった内容。興味深いですね。今から受講の申込みなどは可能ですか?
すでに終了した分については「アイディア」のオフィスでDVDを視聴いただけます。年内に第2期をがんばって開催したいと思っています(編注:その後、大阪校での開講が決まったそうです)。学ぶだけで終わるものではなく、この講座を受講してカウンセラーとしてやっていけそうだなと思う方には、実際に二丁目でカウンセリングをやっていただこうと思っています。
——二丁目で?
ゲイバーを借りて、午前中から午後にかけて、カウンセリングルームを開くことを予定しています。
——二丁目出張所みたいな。
そうですね。「アイディア・レインボーカウンセリングルーム※」という名前なんですが、そこに入ってもらおうと。これまでのクライアントさんの中にも、二丁目は知ってるけど怖くてなかなか…と敬遠してる方もいらしたんですね。じゃあ昼間に行ってみたらいいんじゃない?っていう。そういう第一歩、入口の役割としても機能するかもしれない。
——いろんな意味でドアを開くものになりそうですね。いつ頃からオープンする予定ですか?
いま準備を進めているところで、詳細が決まったらまたお伝えします。いずれは、カウンセラーたちによる10代のセクシュアルマイノリティのための「命の電話」を開設したいと思っています。今でもホットラインはありますが、100%カウンセラーが受ける電話って、たぶん無いと思うんです。ぼくの願いは、10代の子たちの自殺をとめたいということ。かつて自分がそうだったから。
——本当に切実に必要とされてますよね。アメリカの「Trevor Project」みたいに、企業やセレブが応援してくれるものになると素敵ですね。
そうですね。今回の受講生たちが、その電話を受ける人たちになってもらえると期待しています。それから、まだ構想段階ですが、広くソーシャルマイノリティについて学べる心のプログラムをいろんなジャンルに紹介していきたいと思っています。たとえば、学校や病院、福祉施設、公共機関。それから一般企業やスポーツの団体にも。大きな組織には必ずゲイの人がいるし、そういう人がポテンシャルを発揮できるように、組織のクオリティアップを図れるはずだと考えています。
——広く社会全体での「受け入れ態勢」ができていく、その一助になるわけですね。
ある方が「カミングアウトの練習に来ました」と言って相談に来たことがあって。周囲の同調圧力が強くて、苦しくて、カミングアウトしたいと思っていて、その練習をしに来た、と言うんです。相手がぼくじゃなくて理解のあるストレートのカウンセラーだったらどんなに心強いだろうと思いました。すごく救われるだろうなって。なので、今回の講座で、そういうストレートのカウンセラーが大勢誕生したらいいなと思っています。そして、彼等はいま、ものすごくやる気になってくれているので、頼もしいです。
——へええ。楽しみですね。
差別って心理的な仕組みがあるので、それを知っていれば、差別をやめられるんですよ。差別をする心をもってるのはとても自然なことですが、その表し方。攻撃ではなく、違うかたちにしていくことで、変わっていける。多くの人が変わっていけば、みんなが生きやすくなる。そういう世界になるよう、ぼくはカウンセラーになったんです。
——素晴らしい! どうもありがとうございました。
※アイディアレインボーカウンセリングルームについてお問合せしたい方は、info@idear.co.jpまたは03-5469-8787へどうぞ。件名を「アイディアレインボーカウンセリングルームについて問合せ」として、村上裕さん宛にご連絡ください。
また、村上さんの「ゲイの心理カウンセラー養成講座」を受講したいとお考えの方は、アイディア・ヒューマン・サポート・サービスにお問合せください。
INDEX
- 来年ワシントンDCで開催されるワールドプライドについて、Destination DCのエリオット・L・ファーガソンCEOにインタビュー
- 『超多様性トークショー!なれそめ』に出演した西村宏堂さん&フアンさんへのインタビュー
- 多摩地域検査・相談室の方にお話を聞きました
- 『老ナルキソス』『変わるまで、生きる』を監督した東海林毅さんに、映画に込めた思いやセクシュアリティのことなどをお聞きしました
- HIV、梅毒、コロナ、サル痘…いま、僕らが検査を受けるべき理由:東京都新宿東口検査・相談室城所室長へのインタビュー
- NYでモデルとして活躍する柳喬之さんへのインタビュー
- 虹色のトラックに込めたゲイとしての思い――世界的な書道家、Maaya Wakasugiさんへのインタビュー
- ぷれいす東京・生島さんへのインタビュー:「COVID-19サバイバーズ・グループ東京」について
- 二丁目で香港ワッフルのお店を営むJeffさんへのインタビュー
- 東京都新宿東口検査・相談室の城所室長へのインタビュー
- 俳優の水越友紀さんへのインタビュー
- 数々のLGBTイベントに出演し、賞賛を集めてきた島谷ひとみさんが今、ゲイの皆さんに贈る愛のメッセージ
- 今こそ私たちの歴史を記録・保存する時−−「LGBTQコミュニティ・アーカイブ」プロジェクト
- LGBT高齢者が共同生活できるシニアハウスの設置を目指す久保わたるさん
- 岩崎宏美さん出演のクラブパーティを開催するkeiZiroさんへのインタビュー
- 英国の「飛び込み王子」トム・デイリーについて、裏磐梯のゲストハウスのオーナー・GENTAさんにお話をお聞きしました
- ニューヨーク在住のフォトグラファー、KAZ SENJUさん
- ジョニー・ウィアーが来日!(映画『氷上の王、ジョン・カリー』公開記念トークイベント)
- 畠山健介さんへのインタビュー
- トークセッション「ダイアモンドは永遠に――日本におけるドラァグクイーン・パーティーの起源」
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