REVIEW
アート展レポート:CAMP
西瓜姉妹、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、嶋田美子、ユキ・キハラによるグループ展「CAMP」が六本木のオオタファインアーツで開催中です。レポートをお届けします

CAMP(キャンプ)とは
英語圏では20世紀初頭、けばけばしい、仰々しい、芝居がかった、なよなよした、ゲイ的な、といった意味で「CAMP(キャンプ)」が用いられるようになりました。言い換えるとドラァグクイーン的なスタイルです。現実には社会から抑圧され、生きづらく、様々な困難に直面していたゲイ(クィア)たちが、ゴージャスさとチープさの両極端に美を見出したり、普通でかしこまったものをパロディにしたり、といったパフォーマンスによって、徹底して世界を自分たちの審美眼(様式美)で捉え、アイロニカルに現実を笑い飛ばしていくような態度です(映画『パリ、夜は眠らない』で、貧困地区に生きる黒人のクィアたちがお金持ちの身振りを真似てヴォーグに取り入れていく様が描かれていましたが、まさにそういうことです)
「キャンプ」が現在のような意味合いとして世界的に広まるきっかけとなったのは、スーザン・ソンタグ※が1964年に著した『キャンプについてのノート(Notes on "Camp”)』というエッセイでした。自らもクィアであった彼女は、ドラァグクイーンの美学である「キャンプ」の中にストレートの人たちが作り上げたメインストリームなものへの抵抗(レジスタンス)を見て、これを世に広めようとしたのです。
『キャンプについてのノート』によると、「キャンプ」とは、世界を芸術現象として見る審美主義であり、その見方の基準は美ではなく、人工もしくは様式化の度合いです。内容に対して様式が、道徳に対して美学が優先します。「感覚の自然なあり方」よりも「不自然なもの、人工的なもの、誇張されたもの」を愛好する感受性であり、「不真面目な悪趣味」や「失敗した真面目さ」に価値を見出す美学です。「キャンプのエッセンスは不自然さへの愛、つまり偽物と誇張である」「キャンプとは何か異常なことをしようとする試みのことである。ただ、異常なといっても、特別な、魅力的なという意味においてであることが多い」「キャンプの経験は、高尚な文化の感覚だけが洗練を独占しているわけではないという大発見に基礎をおいている」「キャンプとは一種の愛情––人間性に対する愛情––である」とも書かれています。
※スーザン・ソンタグはアメリカを代表するリベラル派の知識人で、バイセクシュアルであることをオープンにしており、写真家のアニー・リーボヴィッツ(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの最後の写真や、デミ・ムーアの妊婦姿のヌードが有名)と交際していました。
グループ展「CAMP」について
「今グループ展「CAMP」に参加するのは、社会構造に対する鋭い批評眼を煌めかせ、知性に基づくリサーチを重ねてきたアーティストたちです。既に十分なキャリアを持つかれらは、知性を上回る感性の炸裂が、アートの実践においていかに強く人々の心を動かすかも熟知しています。そのかれらに共通して見られる感覚、それがCAMP(キャンプ)です。スタイルのやりすぎた誇張、ものや人々のなかに見出せる人工性。キャンプはそういった不自然さを愛好します。クィアを自認するかれらにとって馴染み深いこの審美主義は、多様な理念のもつれが人々をがんじがらめにしてしまうこの時代にあっても、何食わぬ顔で大胆不敵な自己主張を繰り広げます。
世界は今、強国による新たな帝国主義的ふるまいにより混迷を極めています。しかし世界の不安をよそに、悲劇性を好まぬキャンプはアイロニー全開で独自の美学を貫き、混沌のなかを突き進みます。かれらアーティストたちにどうしようもなく惹かれてしまうのは、その自立したエレガントな強さに、そして誰もが持ち得ているのではないその感性に、憧れを抱かずにいられないからでしょう。ソンタグが『Notes on 'Camp'』を記してから60年を経た今も、キャンプは私たちを強く魅了します」(公式サイトより)
TOKYO ART BEAT「3月8日「国際女性デー」を機に見たい展覧会14選。女性作家の個展や、フェミニズム、ジェンダーをテーマに含む展覧会を紹介」によると、「参加作家は社会構造に対する鋭い批評眼を駆使し、リサーチを重ねてきたアーティストたちであり、かれらに共通してみられる感覚が「CAMP(キャンプ)」だ。過剰なまでに誇張されたスタイルや、人、もののなかに見られる人工性などを愛好するキャンプは、クィアを自認するかれらにとって馴染み深い概念であり、混沌とした現代においても大胆不敵な自己主張を繰り広げる。アイロニー全開で独自の美学を貫くアーティストたちの表現を体感できる展覧会となる」とのことです。
なお、会場のオオタファインアーツは、これまでもアキラ・ザ・ハスラーさんの個展(「ふつうにくらす」「Here’s Your Playground」)や、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ個展《人魚の領土ー旗と内臓》など、クィアコミュニティになじみの深いアーティストの個展を開いてきたギャラリーです。
ブブ・ド・ラ・マドレーヌさんは女性のセックスワーカーとして伝説の名作『S/N』に出演したり、ドラァグクイーン/キングとして「メトロ紅白」や「CLUB LUV+」やさまざまなクラブパーティで活躍してきた方です。
ブブさんと共作している嶋田美子さんは、女性と戦争をテーマにした作品やトランスを扱ったパフォーマンス作品などを発表してきたアーティストです(詳細はこちら)
レポート
まず目を惹くのは、ピンクとグリーンの(奇しくも『ウィキッド』と同じカラーリングの)ウォーターメロン・シスターズ(西瓜姉妹)の写真と映像です。台北の現代美術作家でビデオアートを得意とする余政達(ユ・チェンタ)とシンガポール生まれでベルリンを拠点に活動する黄漢明(ミン・ウォン)によるパフォーマンス・デュオで、昨年の「六本木アートナイト2024」でジェンダーの流動性や性解放をテーマにしたほぼドラァグショーのようなパフォーマンスを披露し、会場を魅了しました。そのときの映像を用いて5分くらいに編集したCAMPな(これぞCAMP!)映像は必見。そんなに長くないので、ぜひ全編ご鑑賞ください(時間の関係でカットされたと思うので補足しますが、昨年の六本木ヒルズアリーナでは、天女に扮した二人が「下界は天上界とはだいぶ違うのよ」「時には自分が男だと思えたり」「女と思えたり」「男女両方の時も」「人間界の退廃を食い止めねば」「そして美と自由を取り戻させるの」「下界の様子を見に行きましょう」と言ってお二人が上から降りてきてショーをするという流れでした)
それから、左手の紫色の壁の4点のモノクロのポートレート写真は、ミン・ウォンがスーザン・ソンタグに扮した「スーザン・ウォンタグ」シリーズです(スーザン・ソンタグのポートレートはWikipediaにも載ってますが、シャツとかそっくりです)。そもそもスーザン・ソンタグとは似ても似つかない見た目であるにもかかわらず大真面目にやってるところにおかしみが生まれます。ジワるタイプのCAMPかも。
そして、奥の壁にドーンと展示されているのが、ブブさんと嶋田さんによる明治の日本を風刺した錦絵風の双六です。ブブさんはさすが「メトロ紅白歌合戦」でサブちゃんをやってきただけあって、男装もドラァグもこなしています(男装のほうがジェンダーを超越した感があってCAMPかも)。明治期の日本は大真面目に富国強兵とか殖産興業とか仰々しいお題目を掲げて帝国主義化して戦争に突入していくわけですが、その時代ってまさに今と重なるわけで、お二人がなぜこの時期を選んでパロディ化しているのかが、とてもよくわかります。
その双六の横には、鹿鳴館をミニチュア化してパロディにしたような展示物があります(明治すごろくのワンシーンを立体化した「鹿鳴館ドールハウス」だそう)。鹿鳴館は日本が西洋の真似をしてその文化を取り入れようと必死だった明治期に、華族やなんかがシルクのドレスを着て踊る(『あゝ野麦峠』の冒頭のような)“舞踏会”が開かれていた場所ですが、この「鷲鷹鵄乃雛庭園」と題されたドールハウスでは、“渋沢栄一”や“伊藤博文”(に扮したブブさんや嶋田さん)たちが踊る庭園に似つかわしくない大きな鳥の雛のぬいぐるみや卵がこれ見よがしに配置され、その頭上に鷲(ナチスのドイツ鷲勲章をイメージ?)や鵄(明治期に制定され、武功のあった軍人や軍属に授与された金鵄勲章をイメージ?)の勲章が燦然と輝いているというものです。
最後に、貝殻からいろんな色の手が出ている作品について。これを製作したのは日本とサモアにルーツを持ち、サモアのトランスジェンダー「ファファフィネ」でもあるユキ・キハラさんというアーティストです(ユキ・キハラさんがいかにクィアなアーティストであるかは、こちらの動画によく表れていると思いますので、ぜひご覧ください)。今回は、南方の島の人々を人種差別的に誇張したヴィンテージ人形を用いて海洋汚染や気候変動がもたらす不吉な未来を表現した「酋長の娘」と題された新作シリーズを展示しています。
いろんなアーティストのいろんな作品が「CAMP」をテーマに一堂に会したグループ展は、きっと「CAMP」とは何かということについて新たな発見や気づきを与えてくれることでしょう。もしかしたら、次に「CAMP」な作品を創るのは、あなたかもしれません。
CAMP
嶋田美子+ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、ミン・ウォン、ウォーターメロン・シスターズ[ユ・チェンタ+ミン・ウォン]、ユキ・キハラ
会期:2025年3月15日〜5月10日
会場:オオタファインアーツ
開館時間:11:00-19:00
定休:月曜、日曜、祝日
INDEX
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