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REVIEW

笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』

田舎町のお母さんが、家族と疎遠になっているドラァグクイーンたちの「ママ」になっていくという感涙必至の話題作。ゲイコミュニティと偉大な「ママ」がともに悲劇を乗り越え、成長していく姿、愛と自由の大切さを見事に描いた、笑いあり涙ありの名作でした。

笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』

いよいよ上映が始まった『ステージ・マザー』。本当に笑ったし、泣けたし、間違いなく名作ですし、個人的には、僕らのコミュニティにとって宝物のような作品だと感じました。『プリシラ』レベルでみんなに観てほしい、知ってほしいと感じました。レビューをお届けします。(後藤純一)




 『ステージ・マザー』はオープンリー・ゲイのトム・フィッツジェラルド監督(『ハンギング・ガーデン』など)によるカナダ映画です。製作は『キッズ・オールライト』やNetflix映画『シカゴ7裁判』を製作したJ・トッド・ハリス。『世界にひとつのプレイブック』『アニマル・キングダム』などで知られるジャッキー・ウィーヴァー、『チャーリーズ・エンジェル』『キル・ビル』のルーシー・リュー、『プラダを着た悪魔』『アントラージュ☆オレたちのハリウッド』のエイドリアン・グレニアー、そして大傑作『タンジェリン』のマイア・テイラーといった素敵なキャストが揃います。

<あらすじ>
テキサスの田舎町の主婦で、保守的な教会の合唱団を手伝ってりもしているメイベリンは、オーバードーズで亡くなった息子リッキーの葬儀に参列するためにサンフランシスコに向かいますが、その葬儀があまりにもゲイゲイしく、そして息子のパートナーだという男性ネイサンから、リッキーがドラァグクイーンで、「パンドラの箱」というゲイクラブを経営していたことを知らされ、ショックを受けます。さらにリッキーは遺言を遺さずに他界したため、破綻寸前となっているバーの経営権が母親のメイベリンにあることも発覚し、メイベリンは困惑。しかし、生前には愛する息子のことを理解してあげられなかったという後悔をバネに、ゲイバーの建て直しを決意。彼が自分らしく生きた街で、メイベリンもまた自分らしさとは何か、生きるとは何かを見つめ直す…。




 テキサスの教会に「無断駐車するなら洗礼を受けさせるよ!」という看板が出ていたり、メイベリンに「グローリーホールって何?」と聞かれたクイーンが「懺悔室みたいなものよ」と答えたり、随所に笑いが散りばめられています(ゲイだからこそ笑える仕掛けがふんだんに)。例えば『天空の結婚式』のイタリアンな笑いがあまりピンとこなかった人も多いと思うのですが、『ステージ・マザー』は大丈夫です。安心して楽しんでください。
 ただ、初めてメイベリンが「パンドラの箱」に来たときにクイーンたちがやってたショーは、下ネタのオンパレードで、最初は笑えたとしてもきっと「ちょっと引くわ…」ってなると思うんです。ノンケの観客に向けて、やり過ぎなくらいの下品なショーをやってたんですね。下ネタ自体がいけないのではなく、金儲けのために、本当はやりたくないけどロコツに下品に見せて「ほら、アンタたちこういうノリが好きなんだろ?」ってやってる、実はそれってあまり面白くないし、お客さんにも失礼なんじゃないの?っていうメッセージなんだなって、気づかされました。

 母親が、息子がパートナーと経営していたドラァグのお店を相続するという話も実はリアルだし(二丁目でも実際にありますよね、ノンケの親族が相続して結局うまくいかなくなって…)、母親がクイーンのショーに口出ししはじめるとか、冗談じゃない!っていう感覚もすごくよくわかるんです。素人は引っ込んでて!って叫びたくなりますよね。そういうゲイの世界のリアリティを全部踏まえたうえで、メイベリンは奇跡を起こしていくのです。ありえないことを「アリ」にしてしまった。そこがスゴいです。ゲイの監督じゃなかったら、このリアリティは出せなかったはず。(プラス、ノンケの観客への「媚び」みたいなところが一切ないのがよかったです。完全にゲイのステージで作られていて、ゲイ側から「ゲイの息子を喪ったお母さん」の心情を慮りながら、メイベリンという「みんなのお母さん」に、ゲイコミュニティと一般社会との架け橋になるような役割を託している感があります)
 
 ドラァグクイーンとかトランス女性っていうのは昔からはみ出し者で、日陰者で、幸せとは無縁で(松坂慶子さんが『ボンボヤージ』で歌ってたような世界ですよ)、親に勘当されて、実家には決して帰れない、親に会えるのは死んだ時(死んでもお葬式にも来てくれないかもしれない)っていう…この映画も、途中まではそうなんです、そういう世界線をなぞっています。メイベリンも最初はお葬式のドラァグ・ミュージカルみたいな展開にいたたまれなくなって席を立ってしまうくらいだったのに、息子の死に向き合って、愛する息子のためにしてあげられなかったことを代わりにパートナーやクイーンたちにやってあげようという、ただそれだけの気持ちで、奇跡を起こしたんですね。それはひとえに愛の力です。そして少しばかりのセンスだったと思う。「この親にしてこの子あり」みたいなセリフもあったけど、親ってそういう可能性を秘めてると思う(ウチの母も割とこんな感じです)。親をナメちゃいけない。「母は強し」でスゴいパワーを発揮するんです(父だってそうかもしれない)

 1988年の『トーチソング・トリロジー』という映画はアーノルドというドラァグクイーンが主人公なんですが、いろいろ辛いことに見舞われて、それでも前向きに生きていこうとする姿が描かれているのですが、アーノルドがいちばん苦しんだのは、理解のない母親との関係だったんですね。あのハッピーでゴージャスな『プリシラ』でさえ、親子関係の辛さが描かれていて、涙を誘いました。ホモフォビアゆえの悲劇です。私がいちばん感動したのは、『ステージ・マザー』がそうしたドラァグクイーンにまつわる悲しみの物語をまるごと愛で包み込んで、癒し、光や希望や幸せに変えてくれたことでした。
 ジャッキー・ビートという、80年代からドラァグクイーンをやってて、記念碑的なドラァグ・ドキュメンタリー『ウィッグストック』(1995)でレディ・バニーとかと一緒に出てたり、アレクシス・アークエットの親友だったり、ドラマ『Sex and the City』にもカメオ出演したりしてきたドラァグ界のレジェンドが、ドラァグ・ママの役で出演していたことも、感慨深いです。
 
 ドラマ『ルッキング』でも描かれてましたが(偶然、同じサンフランシスコですね)、どんなにゲイだらけで自由で開放的な街であっても、時代が進んで同性婚が認められても、みんな仕事もプライベートも充実しててハッピーかっていうとそうとは限らないし、たとえ彼氏がいてもリッキーみたくクスリで死んじゃうかもしれないし、幸せって簡単じゃないよね…という話は、普遍的にして究極の人生のテーマだと思います。ゲイコミュニティの中ですら肩身の狭い思いをしたり、ついついアンダーグラウンドな方向に向かいがちなドラァグクイーンとかは特にそうで、そんな彼女たちに必要なのは「母の愛」だったんだ!っていうのは、目からウロコでした。
 メイベリンはテキサスのパプテスト教会という、アメリカで最もゲイを抑圧している福音派の信者なのですが、それにもかかわらず、キリスト教的な隣人愛を、母の愛という強力な磁力でもってクィアの世界への愛に「コンバージョン」して見せたところがスゴいと思います。ある意味、力技ですが、メイベリンというキャラなら、ありえるかも、と思えます。決して嘘くさくなく、説得力があります。そういう愛し方もあるんだよって、頭の古い人々に示してくれています。
 
 同時に、テキサスの田舎で長い間、夫(やその周囲の男たち)に抑圧されていたメイベリン自身が救済される物語でもありました。いま世界のメインのテーマになっている(日本もまさにそう)ジェンダー平等の話です。「都市は空気を自由にする」で、サンフランシスコという街が、クィアだけでなく女性をも自由にした、という部分もあります。そういう、クィアと女性との共闘みたいなことも感じさせます。共通の敵は田舎の男尊女卑で差別的な男たち(ホモソーシャル)です。
 ゲイコミュニティの自由で開放的な空気のおかげで、メイベリンがテキサスでの閉塞的で男尊女卑な生活空間から抜け出し、自由に羽ばたき、輝きはじめた、そう考えると、ゲイコミュニティって素晴らしいですよね(素晴らしくない部分もありますが、メイベリンとの奇跡的なケミストリーによって塗り替えられていきました)


 ルーシー・リュー、ひさしぶりにスクリーンで拝みましたが、よかったです。いい味出してます。ジャッキー・ウィーヴァーは知らなかったのですが、オーストラリアではゲイ・アイコン的存在だそうです(自分でそう言ってました)。個人的には『タンジェリン』のマイア・テイラーがあんなにデカかったんだ?っていうのがオドロキでした。あと、ピアノ弾きの胸毛の男性がセクシーでした(たぶん監督さんの好みじゃないかと。必要以上に胸はだけてたし)
 
 ボニー・タイラーの「Total Eclipse Of The Heart」とか、CeCe Penistonの「Finally」とか、なじみのある楽曲がたくさん使われてたのもよかったです。個人的にはシザー・シスターズの「Take Your Mama」が使われてたのが、うれしかったです。
 
 低予算映画ですが(多分メジャーなハリウッド映画に比べると2桁くらい違うと思う)脚本の素晴らしさと、役者やスタッフの熱意、真摯な気持ちが実を結んで、本当に奇跡的に良い作品になってると思います。ドラァグクイーン映画といえば『プリシラ』と『ステージ・マザー』ってなるくらい、みんなに観てほしいと思う作品です。
 
 なお、亡くなったゲイの息子を思う母、という点で共通するのが『あなたを抱きしめる日まで』という映画です。50年前に生き別れた息子を探してアメリカに来た母親が、ようやく見つけたと思ったら、息子はすでに亡くなっていた、どうやら息子はゲイで…というお話です。『ステージ・マザー』をご覧になったあと、もしよかったら、そちらもぜひ。U-NEXTに入っています。
 

ステージマザー
原題:Stage Mother
2020年製作/93分/カナダ/監督:トム・フィッツジェラルド/出演:ジャッキー・ウィーバー、ルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー、マイア・テイラー、オスカー・モレノ、ジャッキー・ビートほか
2月26日(金)より東京・TOHOシネマズ シャンテほか全国で公開

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