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スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』

あのスティーブン・スピルバーグ監督が世紀の名作ミュージカルをリメイク。オリジナル版にオマージュを捧げつつ、素晴らしくハイクオリティに、映画的に生まれ変わり、トランスジェンダーのキャラクターも活躍していました。

スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』

20世紀アメリカが生んだミュージカルの最高傑作『ウエスト・サイド物語』を、あのスティーブン・スピルバーグ監督がリメイクしました。オリジナル版へのオマージュを捧げつつ、素晴らしくハイクオリティに、映画的に生まれ変わった『ウエスト・サイド・ストーリー』には、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わり、オリジナル版に密かに込められていた「LGBTQが生きられる世界へ」という願いを象徴する存在として活躍していました。レビューをお届けします。(後藤純一)


オリジナル版『ウエスト・サイド物語』(1961年)

 1961年に公開された『ウエスト・サイド物語』は、『サウンド・オブ・ミュージック』や『シカゴ』などと並ぶ、超名曲ぞろいの、20世紀アメリカが生んだミュージカルの最高傑作の一つです。「人類の文化遺産」と言っても過言ではないと思います。
  『ウエスト・サイド物語』を彩る楽曲「Tonight」や「America」は日本でも高校の音楽の教科書に採用されているそうですが、「Maria」「I Feel Pretty」「Somewhere」「Cool」「Mambo」なども、誰もが耳にしたことがあるであろう、そして一度聴いたら忘れられないであろう名曲だと思います。
 こうした名曲の数々を生み出したレナード・バーンスタインは、交響詩やオペラも作っているような(ガーシュインやコープランドなどと並び称される)クラシックの分野でも現代アメリカを代表する作曲家の一人ですが、特に『ウエスト・サイド物語』に書いた楽曲は本当に天才的で、ある意味、神がかっている気がします。
 私は子どもの頃から『ウエスト・サイド物語』の音楽のトリコでしたが(吹奏楽部のコンサートでも『ウエスト・サイド物語』メドレーを演奏できたのはいい思い出です)、学生時代に「バーンスタインはゲイなんだよ」と聞いて、「こんな素晴らしい音楽を作る人が自分と同じゲイだなんて!」と、うれしく、誇らしく感じました。
(追記:udiscovermusicの「レナード・バーンスタインによるブロードウェイ作品の崇高な世界」という記事を読むと、バーンスタインの業績や天才っぷりがよくわかります。ぜひご覧ください)
 
 音楽が素晴らしいだけでなく、路上でのダンスシーンや、ダンスバトル的なシーンもカッコよかったです(ジェッツとシャークスの対決の様子がマイケル・ジャクソンの「Beat It」に引用されたように、『ウエスト・サイド物語』はいろんなエンタメ作品にも影響を与えました)。物語は、ポーランド系の白人とプエルトリコ系のチンピラ集団の抗争によって、愛し合う二人が死に別れてしまうという悲劇で(『ロミオとジュリエット』をベースにしています)、憎悪や分断や暴力は何も生み出さない、愛に勝るものはないというテーマを、アメリカの人種差別や移民差別の問題とからめて訴えています。
 
<ストーリー>
1950年代のニューヨーク・マンハッタンのウエスト・サイド。貧困や差別による社会への不満を抱えたポーランド系移民のグループ「ジェッツ」、プエルトリコ系移民のグループ「シャークス」は、縄張りを争い、敵対しあっていた。両者がなんとか共存し、抗争をやめてくれるようにと考えた警官が企画したダンスパーティで、「ジェッツ」のトニーと、「シャークス」のリーダー・ベルナルドの妹であるマリアは一瞬で恋に落ちる。その禁じられた恋は、多くの人々の運命を変えていく……
 
 あまり知られていないかもしれませんが、もともとブロードウェイ・ミュージカル『ウエスト・サイド物語』(1957年初演)は、演出・振付のジェローム・ロビンス、脚本のアーサー・ローレンツ、作曲のレナード・バーンスタイン、作詞のスティーブン・ソンドハイムという4人のゲイのユダヤ系アメリカ人によって生み出された作品です。「人々が許し合い、平和に静かに生きられる世界がいつか訪れる」と歌い上げる「Somewhere」は、ゲイ解放運動以前の人々の心に強く響いたと言われています(詳細はこちら)。ラブリーでピースフルなゲイだからこそ、「暴力ではなく、愛と平和を」というテーマを、説得力をもって素晴らしく描き出すことができたのだと思います。彼らはきっと、ゲイがゲイとして生きていくことが困難だった時代にあって、「いつか、どこかに」自分たちが生きられる世界が現れることを…という願いをこの作品に託したのです。
 『ウエスト・サイド物語』は、アカデミー賞で11部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、助演男優賞(ジョージ・チャキリス)、助演女優賞(リタ・モレノ)など10部門でオスカーに輝きました。
 
 
スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』

 この『ウエスト・サイド物語』が、あのスティーブン・スピルバーグ監督によってリメイクされるというニュースは、私にとって、心踊る、胸がときめく、ワクワクするような事件でした。スピルバーグ監督が世界的な巨匠であることに異論はないものの、ミュージカルのイメージじゃないよね…と思う方も多いかもしれません。実はスピルバーグは、子どもの頃に『ウエスト・サイド物語』に魅了され、すべての歌詞を記憶し、夕食時にも家族の前で歌い続けるほどだったそうです(詳細はこちら)。映画監督として成功した後も、『ウエスト・サイド物語』をリメイクしたいという夢を抱き続けていたそうで、2012年にブロードウェイの舞台裏を描いたドラマ『SMASH』の製作総指揮を手がけたのは、そのための下準備だったようです(ちなみに『SMASH』は、プロデューサーが『シカゴ』『ヘアスプレー』のクレイグ・ゼイダン&ニール・メロン、主役のソングライターのトムはゲイのキャラクターという、たいへんゲイゲイしい作品でした)
 そうして、実に60年もの時を経て21世紀にリメイクされることになったスピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』のプロジェクトが動き出し、脚本を、80年代NYのHIV陽性のゲイたちの群像を描き、20世紀最高の戯曲の一つと称えられる『エンジェルス・イン・アメリカ』(ピュリッツァー賞やトニー賞を受賞)のトニー・クシュナーが手がけることになりました。
 『ウエスト・サイド物語』で唯一のプエルトリコ系キャストとして参加し(他の俳優たちは顔を浅黒く塗った白人だったそうです…)、史上初めてオスカーを手にしたプエルトリコ系女優となったリタ・モレノが、オリジナル版にはない特別な役で参加することになりました。
 また、『ザ・プロム』で主人公エマの彼女のアリッサを演じていたアリアナ・デボーズが、スピルバーグの熱烈なオファーを受けて(4度断ったそうですが)オリジナル版でリタ・モレノが演じていたアニタ(ベルナルドの恋人)の役を演じることになりました(結果、ゴールデングローブ賞助演女優賞に輝き、アカデミー賞にもノミネートされています)
 それから、エニバディーズという(オリジナルでは男の子のように見える女子が演じていた)役が、トランス男子のキャラクターとしてリメイクされたことも注目を集めました(アイリス・メナスというノンバイナリーの俳優が演じています)。そのことが原因で、サウジアラビアやクウェートなど中東諸国で上映中止になったそうです(ディズニーが改ざんを拒んだため。英断です)(なお、一部のメディアで「同性愛表現」が理由で上映中止になったと報じられていますが、同性愛者ではなく、トランスジェンダーのキャラクターです)

 こうした前情報を踏まえ、予告編を観た時点で泣きそうになりながら、期待を胸に、映画館へと向かいました。

 結果、冒頭のシーンから、ラストシーンまで、ほぼほぼ泣いていました。それは、子どもの頃から素晴らしいと感じてきた生涯最高の(たぶん全人類にとっても最高傑作の一つである)ミュージカルの、あの名曲の数々が、新しいキャストで、美しい映像で、ものすごいハイクオリティさで新たに生まれ変わったという歴史的な出来事に立ち会えたことへの喜びと感謝の気持ち、そして、『ウエスト・サイド物語』をリスペクトする世界的な巨匠が、ものすごい熱量を込めて、細部にまでこだわって、傑作映画を作りあげた、その思いへの感動でした。今まで生きてこれて、これを観ることができて、本当によかった…と思えました。



 まず、LGBTQメディアとしてお伝えしなければならないのは、トランス男子・エニバディーズのことです。申し訳程度にちょっと登場するくらいかな、と思っていたら、そんなことはなくて、「お前は女じゃないか」と侮辱され、仲間に入れてもらえず、葛藤していたエニバディーズが、認められたいという気持ちから、仲間のために行動し、それが実り…という、かなりしっかりした物語が描かれていて、よかったです。
 今回のスピルバーグ版は、なんだかんだ言ってもオリジナル版へのオマージュであり、大きな改変はなかったのですが、数少ない変更点のうちの一つが、このクィアのキャラクターの描写でした。
 オリジナル版に込められた「いつか、どこかに、GAY(※当時のGAYはトランスジェンダーなども含めたクィアという意味です)も当たり前に生きていける世界が実現するように」という願いを、このトランスジェンダーのキャラクターが体現していました。
(男として認められたいのはわかるけど、そこまでしてチンピラ集団に入りたいの?と見る方もいらっしゃるかもしれません…が、物語上、そこにしか居場所がないんですよね…。もし、グリニッジビレッジのようなゲイタウンを目指すとなると、ウエストサイドの外に出ることになってしまうので、この舞台から退場することになってしまいます)
 エニバディーズは、1961年版と2021年版、その60年間の時代の変化をも象徴していたと思います。アメリカではBLMが今もシリアスであるように、人種問題は今も変わらずなのですが(だからこそ『ウエスト・サイド・ストーリー』が訴えかけるメッセージは全く古びていないのですが)、同性婚も実現しましたし、LGBTQの権利擁護は格段に前進しました。ただし、トランスジェンダーが置かれている状況は今でも非常に厳しいものがあり、だからこそ、この分断と憎悪が生む悲劇の物語の現代版にトランスジェンダーが登場することには必然性があり、アクチュアルなメッセージになったと思います。
 
 それから、多くのメディアで激賞されているように、リタ・モレノの登場の仕方が素晴らしく、感慨深かったです。
 オリジナル版では、少年たちの居場所となるキャンディショップを、ドクという白人のおじさんが経営していたのですが、スピルバーグ版では、ドクと結婚し、ダンナが亡くなった後もそのお店を引き継いでいるヴァレンティナという役が設定され、それをリタ・モレノが演じているのです。つまり、プエルトリコ系であるヴァレンティナは、白人と結婚し、両者の架け橋的なシンボルとして、ジェッツの子たちも、シャークスの子たちも面倒を見ているのです。そこが大きく違いますし、ある、とても重要な歌を、彼女に歌わせてるんですね。この映画の最も感動的なシーンの一つです。
 
 1961年版の「ウエスト・サイド物語」は、ミュージカルの舞台を映画化したという感じで、路上でロケとかもしてるけど、セットでの撮影も多くて、どちらかというと「舞台を映画にした」印象だったのですが、スピルバーグ版は、さすがに、徹頭徹尾、映画的でした(いかに映画としてリメイクするか、という話だったので、当然ですよね)。あと、ダンスシーンの迫力がスゴかったです(特にアリアナ・デボーズは素晴らしかったです)。歌も吹き替えなしで、全員、自分で歌ってるというのも違い目です。キャストがみんな実力のある方ばかりなんですよね。
 オリジナル版は、時代の制約もあると思うのですが、よく言えば、人間味とか愛嬌を感じさせるのですが、スピルバーグ版のシャープさに比べると、どこか牧歌的な感じがしてしまいます(ダンス対決のシーンがいい例です)
 しかし、逆に、オリジナル版の雑多な感じ、人間味とか愛嬌とかユーモアこそが魅力的だったと感じる方もいらっしゃるかもしれません。この時代のミュージカル映画全体に言えることだと思いますが、「これは作り物ですよ」という、遊びというか、「ごっこ」感が漂っていて、ある意味、Camp(ゲイテイスト)だったのではないかと。
 対して、今回のスピルバーグ版は、(オリジナルを超えなければという気概で作っているので当然なのですが)ガチで、リアリスティックで、シリアスで、ソリッドで、隙がありません。その遊びとか余裕がない感じがもしかしたらゲイテイストじゃない印象をもたらすかも…と思ったりします。
 ジェッツのメンバーが最もユーモラスにパフォーマンスする「Gee Officer Krupke!(クラプキ巡査どの)」を比べてみるとよくわかるのですが、オリジナル版では、男どうし手をつないで踊ってみせたり(古き良き時代の男集団のノリ)、リーダーであるリフがみんなから丸めた雑誌ではたかれたり(まるでドリフ)というほのぼのした笑いがあるのですが、スピルバーグ版は、実力派の役者さんたちが、ユーモラス感を出すために、ハイクオリティなアンサンブルで見事に演じあげているという印象です。
(どちらがいいとか悪いとかではありません。好みの問題です)
  
 あと、オリジナル版は、「あれ、この人ジェッツだっけ? シャークスだっけ?」ってわからなくなったりするのですが(何しろ本当のプエルトリコ系の人がほとんど出演していないので)、スピルバーグ版は、非常にクリアです。キャストもちゃんとプエルトリコ系の人たちが起用されていますし、ジェッツとシャークスが寒色/暖色の色彩表現ではっきり分かるように描かれています。
 ジェッツのリーダーであるリフを今回演じているマイク・ファイスが、割と爬虫類顔のイケメンなのですが、とても切れ味鋭い印象を受けます(オリジナルとの違いがスゴいです)。本当にナイフで刺しそう…みたいな。そこは好き嫌いが分かれるだろうな…と思いました。
 キャストについて個人的な思い入れを申し上げると、チノというキャラクターがよかったです。オリジナル版ではパッとしない、冴えない人だった気がしますが、今回は、すごくいいです。チノは仲間内では唯一、勉強ができる人で、ベルナルドがシャークスに入れないでおいて、こいつは将来性があるからと見込んで、妹のマリアと結婚させようとするんですね。そういう真面目で実直なキャラのチノが、体育館でのダンスの時に、みんなの輪に入れず、やけくそになって、一人、ジャケットを脱いで、メガネを外して、一生懸命踊り始める…というシーンが、ものすごくラブリーでした。
(ちなみに映画ではマリアにそっぽを向かれるチノですが、実生活では、チノを演じたジョシュ・アンドレス・リヴェラが、マリア役のレイチェル・ゼグラーと結ばれたそうです。むちむちボディと胸毛がセクシーな、これを機にもっと活躍してほしいと思う俳優さんです)

 今までWest Side Storyを観たことがないという方は、オリジナル版で予習するのもよいでしょうし、(ストーリーは基本的に変わっていないので)いきなりスピルバーグ版だけを観ても全く問題ないと思います。ストーンウォール以前の時代のゲイたちが結集して愛と平和への願いを込めて世に送り出した世紀の傑作ミュージカルの現代版を、ぜひ、大スクリーンで(IMAXとかドルビーアトモスもオススメです)体験してください。







ウエスト・サイド・ストーリー
原題:West Side Story
2021年/アメリカ/157分/G/脚本:トニー・クシュナー/監督:スティーブン・スピルバーグ/出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、デヴィッド・アルバレス、ジョシュ・アンドレス、コリー・ストール、リタ・モレノ、マイク・ファイストほか/全国でロードショー公開中

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