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REVIEW

ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』

徹頭徹尾、ゲイのリアルを追求した鈴木亮平さんの驚異的な演技力に感嘆させられ、そして、予想を遥かに超える、心洗われる、涙なしには観られない名作でした。「こんな素晴らしい映画にしていただけるとは…」と原作者の高山真さんも天国で喜んでいることでしょう。

ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』

 自分のことを「おかま」と罵り、いじめていた田舎の同級生たちを見返すために勉強に集中し、東京の大学に進み、編集者となり、帰省するときはブランド物の服を鎧のように身に着ける――そんなエピソードを自分そっくりだと感じる方もいらっしゃることでしょう。『エゴイスト』は2020年に亡くなったゲイの編集者・エッセイスト、高山真さんの自伝的小説です(こちらで試し読みができます)
 昨年のレインボー・リール東京に行かれた方は予告編をご覧になったかと思いますが、この高山真さんの小説『エゴイスト』が、松永大司さん(『ピュ〜ぴる』『トイレのピエタ』『ハナレイ・ベイ』)が監督をつとめ、鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんがゲイカップルを演じるかたちで映画化されました。2月10日の公開を前に、1月23日、LGBTQコミュニティ向けの試写イベントが開催されました。映画のレビューとともに、イベントの模様もレポートいたします。
 

『エゴイスト』レビュー

<あらすじ>
東京の出版社でファッション誌の編集者として働く浩輔。週末は気のおけないゲイの友人たちと飲み歩いたり、自由気ままな日々を送っているが、14歳のときに亡くなった母親の命日には必ず田舎町に帰省することにしていた。浩輔は自分磨きのためにパーソナルトレーナーをつけてワークアウトを始めるが、爽やかなイケメンのトレーナー・龍太が、シングルマザーである母親を支えながら働いていることを知り、龍太も浩輔に好意を持っていることを屈託なく表現し、二人はにわかに惹かれ合っていく。亡き母への思いを抱える浩輔は、母親のために頑張る龍太に手を差し伸べ、彼を愛する日々に大きな幸せを感じる。しかし、龍太はある日、突然「もう会えない」と告げる…。







 正直、後半の1時間は、ほぼ泣きっぱなしでした。号泣…というのではなく、静かに、ハラハラと。龍太のお母さんの姿がどうしても自分の母親の姿と重なってしまい、浩輔とのやりとりも本当に「わかる。僕もきっとそう言う」というようなリアルさで、感情移入しまくりだったのです(阿川佐和子さんが本当にいい味を出していました。よかったです)
 実は10月に試写のご案内をいただいていたのですが、母を亡くした直後で、「冷静に観れる自信がないです、ごめんなさい」と断っていました。それは正解だったと思います。パニック状態になって救急車のお世話になっていたかもしれません。
 それくらい、強い感情を喚び起こす作品でした。
  
 その感動の前提に、浩輔のゲイとしてのリアリティがあります。ファッション誌の編集者という華やかな仕事で、職場でもゲイであることを隠してなくて、というところや、週末、気のおけないゲイ友たちと新宿3丁目の居酒屋からの二丁目というお決まりコースを遊び歩くシーン(居酒屋で『Wの悲劇』が話題に上るあたりの素晴らしくゲイテイストな会話)、帰省したときの父親とのそっけない(ストレートを装う)会話、爽やかなイケメン・龍太との出会いからセックス、恋へと至る喜びの表現(音楽の使い方が見事でした)、龍太がウリセンで働いていると知ったとき…その一つひとつ、すべてにおいて、ゲイのリアルが通底していることに感服しました。浩輔なら職場ではこうだろうし、二丁目ではこう、お父さんと会うときはこう、という振る舞いの微妙な差異が見事に演じ分けられていましたし、すべての場面に説得力がありました。もしちょっとでも「ゲイはこんなしゃべり方しない」とかツッコミが入るような「破綻」があると、映画が台無しになってしまうと思うのですが、鈴木亮平さんは見事に浩輔になりきっていました(とても「俺物語!!」の剛田猛男を演じた人とは思えません。鈴木亮平…恐ろしい子。月影先生もそう言うに違いありません)。宮沢氷魚さんも『his』のときとは全く違う「魔性のイケメン」的な魅力を発揮しまくっていて、ビックリし、感嘆させられました。そして、ドリアンさん(スッピン)をはじめとする浩輔の友人たちのリアルさときたら…(トークショーで知ったのですが、みなさん、本当にゲイの方なんだそう。どうりで…)
 
 「愛が何なのかよくわからない」と浩輔は言います。セックスは簡単に手に入るし、仕事で頑張って稼いでいれば、好みの男とのセックスを買うことだってできる、無理して自分をよく見せて彼氏ができたとしても、長続きせず、数ヶ月で恋が終わり…ということの繰り返し、だったら最初から彼氏なんて作らず、週末は友達と楽しく遊んで、自由気ままな独身貴族生活に徹したっていいよね、本当に誰かを心から愛し、愛されたことが実はなかったりする、心のどこかに満たされない、寂しさのようなものを抱えながら、今日も二丁目に繰り出す…みたいな意味なのか、それとも、14歳のときにお母さんを亡くしたことで、家族の愛を知らずに大人になってしまった、という意味なのか、わかりません。この映画の中で最も解釈が分かれるであろうセリフです。
 しかし、そう言いながら浩輔は、龍太という運命の恋人に出会ったおかげで、そうせずにはいられない、いてもたってもいられない気持ちで、愛を実践するのです。そこに尊さがあり、人間らしさがあります。決して「わがまま」なんかじゃないです。『エゴイスト』とは完全なる反語表現であり、高山さんの日本人らしい「謙虚さ」から出てきたタイトルだったのではないかと思います。
 
 こんなところじゃ生きていけないと思って田舎を出て都会の大学に進学し、就職し、ゲイライフを謳歌し…というのも典型的なゲイのリアルですが、一方で、複雑な家庭であったり、何らかの事情で実家を出ることができず、仕事にも恵まれず、苦労している方もいて、それもまたリアルです。そんな厳しい現実から救ってくれる、手を差し伸べてくれる人が現れるという物語には本当に弱いです(私もそんなふうに助けられてきたので)
 結婚って、相手の生活の面倒を見たり、その相手の親の面倒も見たりということも往々にしてあるわけですが、それは男女に限ったことじゃなくて、同性カップルだって同じじゃないかということを(そのように声高に主張しているわけではありませんが)、この映画は、さりげなく、雄弁に物語っていたのではないか、とも感じました。
 鈴木亮平さんは『GQ』のインタビュー記事でこう語っています。「いま変えられることとしては、同性婚に関して法制化するべきだと考えています。賛成意見も反対意見も注意深く読ませていただいた上で、自分の意見が固まりました。さまざまな角度からの意見がありますが、これは何にも優先して個人の尊厳や人権の話なんだと。 “国”が結婚という形を認めることは、『当たり前の存在ですよ』と法的に明言すること。それによって僕たち社会の意識は確実に変わるし、思い悩む思春期の子どもたちの心もかなり軽くなるんじゃないか。今回あらためて勉強して、そういう思いは非常に強くなりました」
 居酒屋でのゲイたちの会話のなかに(実体験だそうですが)彼氏と婚姻届を書いて、出さないけど部屋に貼って、という話がありました。居酒屋のシーンは何時間にも及ぶリアルなフリートークを編集したんだそうですが、その婚姻届のエピソードを監督さんが採用し、映画に盛り込んでくれたということにも、胸が熱くなりました。
 
 トークショーでドリアンさんも語っていましたが、これまでゲイやトランスジェンダーを描いた日本の商業映画のなかには、ゲイコミュニティへの敬意というものが感じられない作品が多々ありました。どの作品とは言いませんが、ゲイのための映画ですっていう顔をしていながら、フタを開けてみれば全然ゲイのリアルが感じられなかったり(ストーリー上全く必要のない男女のセックスのシーンが挿入されたり、ノーメイクでかつらもつけていない女物の服を着た方が外を歩くシーンがあったり)、ゲイのエキストラの方への扱いがひどかったり…。『エゴイスト』はそうではなく、本当に丁寧に、敬意を持って作られた作品だと、みなさん太鼓判を押していらっしゃいます。その点も非常に重要です。
 
 二丁目で高山さんと初めてお会いしたのは1999年頃だったと思います。私がお笑い系女装集団「UPPER CAMP」の一員としてやっていた本当に汚くてひどいショーをべた褒めしてくださって、奇特な方だなぁと。映画にもちあきなおみの『夜へ急ぐ人』をフィーチャーしたシーンがありますが、二丁目の「伝統」とも言うべきゲイテイストなノリをこよなく愛する方だというのは、そのTwitter投稿でも窺い知れました。一方で、お会いすると、とてもきちんとした、いまどきなかなか聞けないような丁寧で上品で知的な、エレガンスを感じさせる言葉遣いが印象的でした。高山さんが雑誌の編集をしていたことは聞いていましたが、『こんなオトコの子の落としかた、アナタ知らなかったでしょ』『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』といった著作のことはよく知らず、亡くなってから「実はスゴい人だったんだなぁ…」と。そして今回、映画を観て、高山さんがどれだけ優れた作家だったかということを思い知りました。本当に。身にしみて。なぜ生前、もっとよくお話しなかったんだろうと、悔やまれてなりません。ただ、「まさかこんな素晴らしい映画にしていただけるなんて。わたくし光栄至極に存じますわ。いたみいります」と天国で微笑んでいる姿が思い浮かびます。

 ぜひたくさんのゲイの方たちにご覧いただきたいです(もちろんストレートのお友達やご家族などにもおすすめしていただけます)

【追記】
・『エゴイスト』英語字幕付き上映のおしらせ
テアトル新宿にて2/25(土)20:10、2/26(日)12:40の2回、『エゴイスト』が英語字幕付きで上映されます。もし外国人のお知り合いの方がいらしたら、教えてあげてください。
 

エゴイスト
2023年/日本/120分/R15+/原作:高山真/脚本・監督:松永大司/出演:鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子ほか/配給:東京テアトル
2月10日(金)全国公開


トークショー・レポート

 上映後、松永監督と、ドリアンさんをはじめとするゲイの出演者のみなさんが登壇し、トークショーが行なわれました(このとき初めて、居酒屋のシーンのゲイ友の役がみなさんゲイの方だったんだと知りました。ノンケさんにしてはリアルだなぁとは思っていたのですが。言われなければどっちかわからないですよね)

 松永監督はまず、「本当に多くの方に力を借りて、この映画ができました。今日来てくれたみなさんも、大切なクルーです」と言って、居酒屋のシーンや、ウリのシーンに出演した方たちを紹介しました。
 ゲイ友の役として、ドリアン・ロロブリジーダさん、コウタさん、シュウヘイさん、ヤスさん、ヨウさんが、そしてウリセンのお客さんの役としてジュンさんが登場しました。
 トークショーに入る前に、鈴木亮平さんからのビデオメッセージが上映されました。「今日は行きたかったけど仕事で行くことができず、残念です。親友タケシ役のドリアンをはじめ、みんなで作り上げた作品です。クランクインの前に集まっていただいて、いろいろ話を聞きました。そうした関係性があって、自然な飲み会のシーンができたと思います。きちんとしたクィア映画にしたいと、ゲイコミュニティに「これは自分の物語だ」と思ってもらえるようにという気持ちで臨みました。今日登壇しているみんなに感謝しています」といったお話でした。まさに今日、公開された『GQ』のインタビュー記事でも語られていますが、あらためて、鈴木亮平さんが本当にゲイコミュニティへのリスペクトを持って役に向き合ったことが窺えました。

 その後、松永監督が一人ずつに話を振るかたちでトークショーが進行しました。
 まず印象的だったのは、シュウヘイさんの、ドリアンさんに誘ってもらって映画に出ることにしたとき、カミングアウトの決意が固まったと、去年の夏に沖縄に帰省した際、親にカミングアウトしたという話をしてくださったことです。お母さんは映画の試写を観るために、わざわざ東京に来てくれたんだそうです。 
 松永監督は、ゲイの人に演じてほしい、当事者性を大事にしたいという思いがあり、最初に決まっていたドリアンさんを通じて、いろんな方に声をかけていただいたんだそうです。ただ、映画に出るということにはカミングアウトが伴うので、そのハードルを超えて出演してくださったみなさんには感謝しかない、と語っていました。
 婚姻届のことを語っていたコウタさんは、実はそのときの彼氏さんは別れてしまって、その元彼と今彼とも一緒に住んでいるそうですが、居酒屋のシーンを振り返って(ゲイトークにありがちだと思いますが)自分の不幸話やエロい話が多くて、といろいろ暴露してくださって、面白かったです。
 監督は、居酒屋のシーンはいわゆる「エチュード」で、自由に2時間くらいしゃべってもらった、そのことで、本当に楽しそうな空気感や、キラキラしたものが撮れたらと思った、と語っていました(ちゃんとその通りになりましたね)
 最後にドリアンさんが締めて、これまでゲイやトランスジェンダーを描いた映画で、監督が当事者じゃない場合、ゲイであることをただのネタの一つとして「消費」するような作品がたくさんあった。でもこの映画はゲイコミュニティにリスペクトを捧げ、丁寧に作り込んでいた。こんな映画は今までほとんどなかった。ぜひゲイの方に観てほしいし、感想を書いて広めてほしい。これはそうする価値のある作品だと思う。と語りました(さすがです)

 残り時間はちょっとしかなかったのですが、会場からの質問を受け付け、質疑応答が行なわれました。
「どのように俳優さんにゲイとしての指導をしていたのですか?」という質問に対しては、LGBTQ+インクルーシブディレクターのミヤタ廉さんが浩輔の演技の微妙な差異をきめ細かく見てくれた、みんなのおかげで実現した、というお答えがありました。
「お友達役のみんなにお聞きしたいのですが、鈴木亮平さんはどんな方でしたか?」という質問に対しては、「ナイスガイだった」「礼儀正しい方だった」「本当にゲイに思えてきて、ワンチャンあるんじゃないかと錯覚してしまった(笑)」といった答えが返ってきました。
「表情をアップで撮るシーンが多かったけど、どのような意図が?」という、たいへん映画的な質問も出ました。監督は、「自分の事のように思ってもらえたら、というねらいで、ドキュメンタリーを撮るように、ずっと近い距離で撮影をしていた」と語っていました。
 
 「楽しい時間はあっという間」で、トイレの行きたさも忘れてしまうくらい、充実したトークショーでした。
 よく考えると、寒波も近づくなか、平日の18時半にあんなに大勢の方たちが集まってくださったのはすごいことだなぁと思います。熱気を感じさせる夜でした。
 
(取材・文:後藤純一)

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