REVIEW
高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
TRPの開催に合わせ、1週間限定公開される『あの夏のアダム』。高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして、最高に面白くて素敵なクィア・コメディ映画です。初日の22日の上映後に、出演者のボビー・サルボア・メネズが来場するそうです!

ドラマ『トランスペアレント』のプロデューサー兼コンサルタントを務めたリース・アーンスト監督の長編デビュー作です。リース・アーンストはドラマの制作におけるトランスジェンダーのスタッフの雇用を全ての部署で促し、映画制作のノウハウを学ぶ場をトランス当事者に提供し、同時にシスジェンダーのスタッフや俳優がより包括的な現場づくりを達成するためのガイドライン作成などを手がけたことでも話題になりました。この『トランスペアレント』に関連して制作された『ディス・イズ・ミー ~ありのままの私~』は、GLAADメディア賞で特別表彰を受けています。メディアにトランスジェンダーの人々が露出し、複雑さのある描写がなされることを後押ししたことを評価され、アメリカ自由人権協会からLiberty賞を授与されてもいます。そんなリース・アーンストの長編デビュー作『あの夏のアダム』は、2006年のニューヨークを舞台に、男子高校生アダムのひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画です。GLAADメディア賞にもノミネートされています。
<あらすじ>
2006年。全米レベルで同性婚が合法化される10年近く前、黒人大統領の登場がまだ想像し難かった時のアメリカ。ぎこちない思春期を生きる高校生のアダムは親から逃れ、姉のいるニューヨークで夏休みを過ごすことにした。レズビアンの姉ケイシーとともに、アダムは都会の刺激的なレズビアンやトランスジェンダーの運動やカルチャーに足を踏み入れる。そして、プライドで見かけた女性にひとめぼれ、夜のパーティで偶然、彼女を見かけ、なんとか話すきっかけを作ろうと試み、成功するが、ジリアンはてっきりアダムのことをトランス男性だと勘違いしてしまう。訂正する機会を逃していくうちに関係は深まり、にわか仕込みでトランス男性についての知識を身に着けていくアダムだったが、状況は、どんどん複雑に……。
ものすごく面白かったです。
大勢で『Lの世界』を鑑賞するパーティがあり、トランス男性のマックスについて「10日であんなにヒゲが生えるなんてありえない。私なんて半年ホルモン打って7本しか生えないのに!」とか言い合ったり、『ザ・プロム』のもとになった高校のプロムへの参加を断られて大揉めして全米中の話題になったレズビアンカップルの話が出てきたり、クィアならではのネタがいろいろ盛り込まれてましたし、何度も声に出して笑いました。そして、こんなストーリーよく考えたね!と感心するような、新鮮さや驚き、ハラハラドキドキもあるストーリー展開で、ブルックリンのクィアコミュニティが生き生きと描写され(当然、当事者が不快に感じる差別的な表現もなく)、それでいて高校生アダムのひと夏の恋と成長が映画の軸になっている(典型的な米国の「夏休みモノ」になっている)のが「お見事!」という感じです。うっすら涙もにじむような、さわやかな後味。アダムがいい子でよかったと思います。
本当に面白いのですが、その面白さが、クィアの「内輪」だけで盛り上がるのではなく、シスジェンダー・異性愛者(ストレート)の人でもちゃんとアダムに感情移入できるようになっているのがスゴいし、素晴らしいと思いました。
アライの方の多くは、LGBTQコミュニティを他所から(上から)眺めてたり、やはりコミュニティに入っていけるわけじゃないという距離感を感じていると思うのですが、この映画では、アダムが「当事者」になってるのがオドロキだし、面白いです。それは、トランス男子のフリをしてクィアコミュニティに入り込んでいるということだけじゃなく、愛するジリアンのためにクィアなセックスに挑戦しているからです(ぜひスクリーンで確かめてみてください)
ゲイ的にビックリしたのは、女性限定のエロティックなパーティのシーンです(その名も『バウンド』。素敵です)。女性もハッテンするんだなぁって、興味津々でした。
それから、「キャンプトランス」のシーンがあって、あの『POSE』のMJロドリゲスが詩を朗読するのがとてもカッコよかったです。「キャンプトランス」は、ミシガン女性音楽フェスでトランスジェンダーが入場を断られたことへの抗議として、毎年このフェスの入り口横で開催されているキャンプです(畑野とまとさんが解説してくれています)
演じている俳優さん、みなさんとても素敵だったのですが(個人的には、同じアパートのルームシェアの同居人で、男としてアダムにアドバイスしたりいろいろよくしてくれるアジア系のイーサンが推しです)、おそらく多くの方が、ジリアンの役を演じたノンバイナリーのマルチアーティスト、インディア・サルボア・メネズ(この映画への出演を機にボビー・サルボア・メネズと改名)に惹かれることでしょう。22日、初日の上映後に来場してQ&Aトークするそうです!ので、ぜひご参加ください。
この映画を配給しているのは、毎年世界エイズデーに「Visual AIDS」の作品を上映したり、『フウン姉さんの最後の旅路』のような映画館で一般公開されないようなクィア映画を積極的に紹介し、上映・配信するなどしてきたノーマルスクリーンです。よくぞ配給してくれました。感謝!
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開です。みなさんぜひ、ご覧ください。
あの夏のアダム
2019年/米国/95分/監督:リース・アーンスト/出演:マーガレット・クアリー、ボビー・サルボア・メネズ、ニコラス・アレクサンダー、MJ・ロドリゲスほか
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開
INDEX
- ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
- また一つ、永遠に愛されるミュージカル映画の傑作が誕生しました…『ウィキッド ふたりの魔女』
- ようやく観れます!最高に笑えて泣けるゲイのラブコメ映画『ブラザーズ・ラブ』
- 号泣必至!全人類が観るべき映画『野生の島のロズ』
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
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