REVIEW
高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
TRPの開催に合わせ、1週間限定公開される『あの夏のアダム』。高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして、最高に面白くて素敵なクィア・コメディ映画です。初日の22日の上映後に、出演者のボビー・サルボア・メネズが来場するそうです!
![高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』 高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』](assets/images/FEATURES/E2023/Apr/Adam.jpg)
ドラマ『トランスペアレント』のプロデューサー兼コンサルタントを務めたリース・アーンスト監督の長編デビュー作です。リース・アーンストはドラマの制作におけるトランスジェンダーのスタッフの雇用を全ての部署で促し、映画制作のノウハウを学ぶ場をトランス当事者に提供し、同時にシスジェンダーのスタッフや俳優がより包括的な現場づくりを達成するためのガイドライン作成などを手がけたことでも話題になりました。この『トランスペアレント』に関連して制作された『ディス・イズ・ミー ~ありのままの私~』は、GLAADメディア賞で特別表彰を受けています。メディアにトランスジェンダーの人々が露出し、複雑さのある描写がなされることを後押ししたことを評価され、アメリカ自由人権協会からLiberty賞を授与されてもいます。そんなリース・アーンストの長編デビュー作『あの夏のアダム』は、2006年のニューヨークを舞台に、男子高校生アダムのひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画です。GLAADメディア賞にもノミネートされています。
<あらすじ>
2006年。全米レベルで同性婚が合法化される10年近く前、黒人大統領の登場がまだ想像し難かった時のアメリカ。ぎこちない思春期を生きる高校生のアダムは親から逃れ、姉のいるニューヨークで夏休みを過ごすことにした。レズビアンの姉ケイシーとともに、アダムは都会の刺激的なレズビアンやトランスジェンダーの運動やカルチャーに足を踏み入れる。そして、プライドで見かけた女性にひとめぼれ、夜のパーティで偶然、彼女を見かけ、なんとか話すきっかけを作ろうと試み、成功するが、ジリアンはてっきりアダムのことをトランス男性だと勘違いしてしまう。訂正する機会を逃していくうちに関係は深まり、にわか仕込みでトランス男性についての知識を身に着けていくアダムだったが、状況は、どんどん複雑に……。
ものすごく面白かったです。
大勢で『Lの世界』を鑑賞するパーティがあり、トランス男性のマックスについて「10日であんなにヒゲが生えるなんてありえない。私なんて半年ホルモン打って7本しか生えないのに!」とか言い合ったり、『ザ・プロム』のもとになった高校のプロムへの参加を断られて大揉めして全米中の話題になったレズビアンカップルの話が出てきたり、クィアならではのネタがいろいろ盛り込まれてましたし、何度も声に出して笑いました。そして、こんなストーリーよく考えたね!と感心するような、新鮮さや驚き、ハラハラドキドキもあるストーリー展開で、ブルックリンのクィアコミュニティが生き生きと描写され(当然、当事者が不快に感じる差別的な表現もなく)、それでいて高校生アダムのひと夏の恋と成長が映画の軸になっている(典型的な米国の「夏休みモノ」になっている)のが「お見事!」という感じです。うっすら涙もにじむような、さわやかな後味。アダムがいい子でよかったと思います。
本当に面白いのですが、その面白さが、クィアの「内輪」だけで盛り上がるのではなく、シスジェンダー・異性愛者(ストレート)の人でもちゃんとアダムに感情移入できるようになっているのがスゴいし、素晴らしいと思いました。
アライの方の多くは、LGBTQコミュニティを他所から(上から)眺めてたり、やはりコミュニティに入っていけるわけじゃないという距離感を感じていると思うのですが、この映画では、アダムが「当事者」になってるのがオドロキだし、面白いです。それは、トランス男子のフリをしてクィアコミュニティに入り込んでいるということだけじゃなく、愛するジリアンのためにクィアなセックスに挑戦しているからです(ぜひスクリーンで確かめてみてください)
ゲイ的にビックリしたのは、女性限定のエロティックなパーティのシーンです(その名も『バウンド』。素敵です)。女性もハッテンするんだなぁって、興味津々でした。
それから、「キャンプトランス」のシーンがあって、あの『POSE』のMJロドリゲスが詩を朗読するのがとてもカッコよかったです。「キャンプトランス」は、ミシガン女性音楽フェスでトランスジェンダーが入場を断られたことへの抗議として、毎年このフェスの入り口横で開催されているキャンプです(畑野とまとさんが解説してくれています)
演じている俳優さん、みなさんとても素敵だったのですが(個人的には、同じアパートのルームシェアの同居人で、男としてアダムにアドバイスしたりいろいろよくしてくれるアジア系のイーサンが推しです)、おそらく多くの方が、ジリアンの役を演じたノンバイナリーのマルチアーティスト、インディア・サルボア・メネズ(この映画への出演を機にボビー・サルボア・メネズと改名)に惹かれることでしょう。22日、初日の上映後に来場してQ&Aトークするそうです!ので、ぜひご参加ください。
この映画を配給しているのは、毎年世界エイズデーに「Visual AIDS」の作品を上映したり、『フウン姉さんの最後の旅路』のような映画館で一般公開されないようなクィア映画を積極的に紹介し、上映・配信するなどしてきたノーマルスクリーンです。よくぞ配給してくれました。感謝!
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開です。みなさんぜひ、ご覧ください。
あの夏のアダム
2019年/米国/95分/監督:リース・アーンスト/出演:マーガレット・クアリー、ボビー・サルボア・メネズ、ニコラス・アレクサンダー、MJ・ロドリゲスほか
4月22日から渋谷のシアター・イメージフォーラムで1週間限定公開
INDEX
- Visual AIDS短編集『Being & Belonging』
- これ以上ないくらいヘビーな経験をしてきたゲイの方が身近な人たちにカミングアウトする姿を追ったドキュメンタリー映画『カミングアウト・ジャーニー』
- 料理を通じて惹かれ合っていく二人の女性を描いたドラマ『作りたい女と食べたい女』
- ハリー・スタイルズがゲイ役を演じているだけが見どころではない、心揺さぶられる恋愛映画『僕の巡査』
- 劇団フライングステージ 第48回公演『Four Seasons 四季 2022』
- 消防士として働く白人青年と黒人青年のラブ・ストーリーをミュージカル仕立てで描いたゲイ映画『鬼火』(TIFF2022)
- かつてステージで華やかに活躍したトランス女性たちの人生を描いた素敵な映画『ファビュラスな人たち』(TIFF2022)
- 笑えて泣ける名作ゲイ映画『シャイニー・シュリンプス!世界に羽ばたけ』爆誕!
- かぎりなく優しい、心温まる感動のゲイ映画『幸運の犬』
- キース・ヘリングの生涯を余すことなく描いたドキュメンタリー映画『キース・ヘリング~ストリート・アート・ボーイ~』
- ディズニー/ピクサー長編アニメとして初の同性カップルのキスシーンが描かれた記念碑的な映画『バズ・ライトイヤー』
- 実在のゲイの生き様・心意気へのオマージュであり、コミュニティへの愛と感謝が込められた感動作:映画『スワンソング』
- ゲイが女性の体を手に入れたら!? 性をめぐるドタバタを素敵に描いた台湾発のコメディドラマ『美男魚(マーメイド)サウナ』
- 家族のホモフォビアゆえに苦悩しながらも家族愛を捨てられないゲイの男の子の「旅」を描いた映画『C.R.A.Z.Y.』
- SATCのダーレン・スターが手がける40代ゲイのラブコメドラマ『シングル・アゲイン』
- 涙、涙の、あの名作ドラマがついにファイナルシーズンへ…『POSE』シーズン3
- 人間の「尊厳」と「愛」を問う濃密な舞台:PLAY/GROUND Creation『The Pride』
- 等身大のゲイのLove&Lifeをリアルに描いた笑いあり涙ありな映画『ボクらのホームパーティー』(レインボー・リール東京2022)
- 近未来の台北・西門を舞台にしたポップでクィアでヅカ風味なシェイクスピア:映画『ロザリンドとオーランドー』(レインボー・リール東京2022)
- 獄中という極限状況でのゲイの純愛を描いた映画『大いなる自由』(レインボー・リール東京2022)