REVIEW
手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
『Empire 成功の代償』でゲイのシンガーソングライターの役を演じ、自らもゲイであることをカムアウトした俳優のジャシー・スモレットが、ヘイトクライムを自作自演したとして起訴され、有罪判決を受けました(のちに州最高裁で破棄)。この不可解な部分の多い事件の真実をめぐるドキュメンタリー映画『ジャシー・スモレットの不可解な真実』がNetflixで配信されています

『Empire 成功の代償』とジャシー・スモレット
アメリカで一大センセーションを巻き起こし、日本でも2015年3月からFOXチャンネルで放送された『Empire 成功の代償』。映画『プレシャス』や『大統領の執事の涙』で高い評価を受けたオープンリー・ゲイのリー・ダニエルズ監督が初めてTVシリーズの制作総指揮を務めた作品で、実力派キャストが名を連ね(ナオミ・キャンベルらのゲスト出演も)、ティンバランドが劇中の楽曲を担当し、アメリカのミュージック・シーンの光と影を写し出す「TVドラマ史上最も画期的で衝撃的かつリアルなドラマ」と言われました。
大手音楽プロダクション「エンパイア」を築き上げたルシウスが余命宣告を受け、3人の息子の誰か1人に会社を継がせようとする、次男のジャマルはライブハウスなどでピアノの弾き語りを披露しているミュージシャンで、音楽の才能は間違いないが、ゲイであるがゆえに父・ルシウスは受け入れず、一方の母・クッキーはジャマル推しで、後継者選びは混迷を極め…というストーリーです。
そのドラマ『Empire 成功の代償』でゲイのジャマルを演じるジャシー・スモレットは、放送が始まった頃にゲイであることをカミングアウトしました(そのとき言ったのが「自分には”クローゼット”はない。でも“ドレッサー”はある」という、なんとも素敵なセリフでした)
『Empire 成功の代償』は大変な人気を博し、シーズン6(2019年-2020年)まで製作されました。
2019年1月29日未明(現地時間)、ジャシー・スモレットはシカゴで覆面をした2人組の男に襲われて負傷し、病院へ緊急搬送されました。男たちは「これがMAGA※の国だ!」など、レイシズム(人種差別)およびホモフォビア(同性愛嫌悪)をあらわにした中傷の言葉を叫びながらジャシーに近づいてきて暴行したといいます。首にロープが回されたことから(黒人の首にロープを回すのはKKKなど白人史上主義者がよくやる手口)警察もヘイトクライム(憎悪犯罪)と見て操作を開始しました。この痛ましい事件に対して、監督のリー・ダニエルズや共演者のナオミ・キャンベルをはじめ多くのセレブたちからジャシー・スモレットへ支援の意を表明するコメントが次々に発表されました(詳細はこちら)
※「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国にしよう)」の略。トランプ大統領のスローガン
2月1日、ジャシーは初めて公式声明を発し、「仲間からの愛やサポートは、言葉にする以上に多くの意味を持つものでした」「正義は果たされると信じている」と語りました。2日にはLAで復活ライブに臨み、観客から大きな拍手と歓声で励まされました。(詳細はこちら)
その後、ジャシーが暴漢に襲われたのは自作自演だったとしてシカゴ警察が訴追、という信じられないニュースが飛び込んできました。しかし、検察は起訴を取り下げ、落ち着いたかに思えたのですが、その後、2020年に再び起訴され、裁判となり、結果、ジャシーが約5ヵ月の実刑判決を受けることに…。『Empire 成功の代償』とジャシー・スモレットのファンだった方たちは頭を抱え、どうか嘘であってほしいと願ったことでしょう(そんななかでも、ドラマでジャマルの母を演じたタラジ・P・ヘンソンが、実刑はひどい、もう十分に罰を受けたはずだ、ジャシーを解放すべきだと擁護したことは涙を誘いました)。裁判は控訴、上告され、2024年、イリノイ州最高裁によって有罪判決が破棄されました。ただ、特別検察官は「(判決が破棄されたからといって)無罪が言い渡されたわけではない」と述べ、スモレットの弁護士は「不当な迫害だった」と非難しました(詳細はこちら)
ドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
世界にはまだ、ジャシー・スモレットがヘイトクライムの被害者ではない、あれは自作自演だったと思っている人たちがたくさんいるのではないでしょうか。本当にセンセーショナルな、ひどい叩かれようでした。州最高裁も彼の無罪を認めたわけではありません。
判決が二転三転し、実に不可解な部分の多い事件でしたが、その真実に迫ろうとするドキュメンタリー映画『ジャシー・スモレットの不可解な真実』が製作され、Netflixで8月22日から配信されはじめました。
2015年から『Empire 成功の代償』を熱心に観て、ゲイのジャマルというヒーローを見事に体現するジャシー・スモレットのことを応援していた一人のファンとして、とても気になっていて、配信されてすぐにこの映画を観ました。
どんでん返しに次ぐどんでん返しで、まさに「事実は小説よりも奇なり」と思わせる、ミステリーというかサスペンスというか、手に汗握る迫真のドキュメンタリーでした。
ジャシーやその周辺の人々、シカゴ警察の人たちの語りも織り交ぜられてはいるのですが、当時の報道の映像によって客観的に事件の流れを追うような感じで、どちらの言ってることが本当なのか、何が真実だったのかということはなかなか判断できないまま、映画は進んでいきます。どうやらこれが真実らしい、という、映画製作サイドの見方が表明されるのは、終盤になってからです。
そこがこの映画の核心となりますが、いきなり結論を書いてしまうのはよくない、ぜひ映画をご覧いただきたいと思い、以下「ネタバレ注意」というかたちでお伝えすることにいたします。
ジャシー・スモレットの不可解な真実
原題または英題:The Truth About Jussie Smollett?
2025年/米国/86分/監督:ガガン・リヒル
Netflixで8月22日より配信
<以下、ネタバレ注意>



シカゴ警察に自作自演を疑われ、一度は取り下げられたものの、再び起訴され、裁判となり、(あれだけ自作自演だとの報道も加熱していたなか)陪審員が有罪の評決を下し、誰も傷つけていないにもかかわらず執行猶予なしの5ヵ月の禁固刑という残酷な(社会によるリンチじゃないかと思われる)仕打ちを受けることになったジャシー。
しかし、ジャシーは一貫して、暴漢に襲われた、相手は白人で、「これがMAGAの国だ!」と言って近づいてきたと言っているし、裁判でも、そのような白人を見たという目撃者が2人もいて、証言台に立っている、シカゴ警察は、ジャシーに金を掴まされて殴るように依頼されたという2人の黒人男性の自白証言から、これが自作自演だと結論付けているが、この2人を見たという目撃者はいない、物的証拠がない(自白のみ)、おかしいのではないか、と思い、事件を詳しく調べているフリーの記者がいました。彼女は、この事件に関わった警官が夥しい数の不法行為を行ない、16回も訴えられていること(最初に駆けつけた警官などは黒人のゲイへのヘイトスピーチで訴えられていること)、目撃者の1人であるアンソニーは事情聴取の際に犯人が白人だったと何度も言ったにもかかわらず無視されたこと、監視カメラの映像を見ると、白人の男が映っているはずの10秒間が消されていたこと、などを突き止めました。
ジャシーに襲うように依頼されたと(何日間かの拘留ののちに)突然証言した黒人の兄弟は、警察に弱みを握られていました。裏取引をしたと思われる映像も残っています。首に巻かれたロープについていたDNAは兄弟のものではありませんでした。
記者は情報公開法の申請によって、ついに、犯人と思われる2人が映っている映像を手に入れました。それは明らかに白人の男性でした(ジャシーや目撃者の証言の通りです)
シカゴ警察には証拠の改竄や映像隠蔽の過去があります。白人警官が17歳の黒人少年、ラクアン・マクドナルドに16回発砲して死なせた事件のときも、シカゴ警察は現場の映像の公開を1年も渋りました。証拠隠滅が疑われています(丸腰の黒人の少年に16発も撃った!と抗議デモが起こりました)
市民の反感を買い、権威が地に落ちていたシカゴ警察は、ジャシーの件を利用して名誉を挽回したかったのではないかと、記者は推測しました。ジャシーが暴行された後、黒人のゲイに対するヘイトクライムに対する怒りの世論が湧き起こり、シカゴ警察は市からも早く犯人を見つけるようプレッシャーをかけられていましたが、手がかりが薄く、容易には見つけられそうになく…であれば、ジャシーが自作自演したのだという「物語」をでっちあげたほうが早い、幸い、2人の黒人の兄弟が都合のいい供述をしてくれそうだ…ということだったのではないか?
記者会見でのエディ・ジョンソン本部長の得意げなスピーチは世界に配信されました。ジャシーの件でシカゴ警察は突然ヒーローになったのです(このエディ・ジョンソンは不法行為で懲戒免職になっています。定年となる3日前に…)
観終わって思ったのは、シカゴ警察、腐ってる、ジャシーに謝れ(失ったものを返せ)という憤りと、やっぱりこれは人種差別やゲイ差別に基づく冤罪事件だったのでは?ということでした。
日本でも袴田事件や大川原化工機冤罪事件、浅沼さんの事件など冤罪事件が起こっていますが、警察や検察って本当に…もちろん全ての警察や検察がそうではないでしょうが、人質司法とか、嘘の自白の強要とか、本当にひどいですよね。
もしジャシーが白人異性愛男性の俳優だったら、エディ・ジョンソンは果たして自作自演ってことにしてこいつを貶めようなどという(あとでバレたら大変な目にあうことが明らかな)目論見を実行に移していたでしょうか。有名になったとはいえ、黒人のゲイの若造が社会的に抹殺されたところで大した影響はないだろうという見下しがどこかにあったのでは?(ラクアン・マクドナルドもそうですが、警官が丸腰の黒人の若者を殺害する事件は枚挙にいとまがありません。Black Lives Matterという運動が起こったように、黒人の命は軽く見られているのです)
あれだけテレビで有名になり、将来を嘱望されるスターになった俳優が、黒人でゲイであるがゆえに「MAGA」を口にする暴漢に襲われた(ある意味、トランプがけしかけたわけですよね)、そのことだけでもひどいのに、あろうことか、警察が自作自演をでっちあげ、被害者を刑務所送りにまでしたという本当にひどい事件でした。やりきれない思いを抱かせられると同時に、ジャシーは無実だったのだと確信でき、長年モヤモヤしていたものが晴れたことには感謝せずにはいられませんでした。
ジャシー・スモレットは今はもう、舞台や映画に復帰しているそうで、それは本当によかったと思いますが、このひどい冤罪事件の傷を乗り越え、さらに活躍するようになることを祈っています。
(後藤純一)
INDEX
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