REVIEW
海外ドラマ『STAR 夢の代償』のゲイ的見どころを徹底解剖!
米国ドラマ史の記録を塗り替える大ヒットを果たした『Empire 成功の代償』のリー・ダニエルズが次に手がけたドラマ『STAR 夢の代償』が日本でも放映中です。『Empire 成功の代償』はゲイが活躍するドラマだったのに対し、こちらはトランスジェンダーのキャラクターが登場、かつミュージカル的なシーンも盛り込まれていて、前作よりもさらにゲイ的に楽しめる作品になっています。
米国ドラマ史の記録を塗り替える大ヒットを果たした『Empire 成功の代償』のリー・ダニエルズが次に手がけたドラマ『STAR 夢の代償』が、日本でも放映中です。『Empire 成功の代償』が(『ムーンライト』に先駆けて)ゲイの若者を活躍させていたのに対し、こちらはトランス女性をフィーチャーしています。『Empire 成功の代償』が黒人社会の頂点を描いたのに対し、『STAR 夢の代償』は黒人社会の底辺を描いています。ゲイの監督が満を持して贈るエンタメ作品です。その面白さを徹底解剖!的な感じでレビューをお届けします。(後藤純一)
スターを夢見るガールズユニットの物語
『STAR 夢の代償』が描くのは、3人組のガールズユニット(デスチャやTLCみたいな?)の下積み時代。スターを夢見て頑張ってはいるのですが、次々にトラブルに見舞われ…。
ストーリーを簡単にお伝えします。
<あらすじ>
ドラッグ中毒の母親の死を期に、里親の元を転々としながら暮らしてきた少女、スター。その名が示すとおり、幼い頃から“スター”になることを夢見てきた彼女は、生まれ持ったシンガーとしての才能を発揮するため、ついにその生活から脱出。音楽の街アトランタでミュージシャンとして活動することを決意し、離れ離れの家庭で暮らしていた妹シモーネと、インスタグラムで知り合った音楽仲間アレクサンドラと共にユニットを組み、音楽界の頂点を目指して歩きはじめる。スターたちは亡き母親の親友だったカルロッタの元を頼り、音楽業界が盛んなアトランタへ。そして、カルロッタが経営する美容院で働くことになったスターたちは、カルロッタの娘・コットンの紹介でタレントマネジャーのジャヒルと知り合い、あるパーティの余興で歌を披露することになるが…。
スターは白い肌で、シモーネは褐色、アレクサンドラは黒い肌というエスニック・ミックスな(それゆえに魅力的な)ガールズユニットは、驚くべき実力を見せつけ、賞賛を浴びます。最初のシモーネのラップとか、シビレるくらいカッコよかったです(もしかしたらあれは吹き替えだったのかも…わかりませんが)。毎回違う曲を歌ってくれますし、ミュージカルとかPVみたいなノリのシーンも挿入されたりして、エンタメ感があります。
ちなみに、多様なのは人種だけではありません。セクシュアリティの多様性、殊にトランスジェンダーにスポットが当てられています。『ムーンライト』でも描かれたように、黒人社会ではなかなかセクシュアルマイノリティは受け入れられてこなかったという現実がありますが、このドラマでは、今アメリカでその権利をめぐって熱い闘いが繰り広げられているトランスジェンダーのことが大きくフィーチャーされています。さすがはゲイの監督です。
これはゲイテイスト!と思ったのは、『ガラスの仮面』の乙部のりえのようなキャラが登場し、ステージに穴を開けたスターに代わって見事にライブを成功させ、その後、スターとバチバチの抗争を繰り広げ(つかみあいのケンカとか)……というような女どうしのドロドロが描かれているところです。
とにかく脚本が面白いです。『Empire 成功の代償』もそうでしたが、いろんなサブストーリーが並行して語られ、複雑に絡みあい、一体どうなるんだろう…と思っていると、あっと驚く事件が別のところで起こり、みたいな感じです。
リー・ダニエルズ監督はこんな人
リー・ダニエルズ監督は2010年、『プレシャス』でアカデミー作品賞にノミネート(および作品賞と監督賞に同時にノミネート)された初めての黒人監督となり、一躍有名になりました。その後、『ペーパーボーイ 真夏の引力』がカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、『大統領の執事の涙』も高く評価されました。
人種差別や虐待の問題などを世に問う、社会派のシリアスな映画を撮り続けてきたリー・ダニエルズですが、2015年には初めてTVドラマを手がけ、その『Empire 成功の代償』は米国ドラマ史の記録を塗り替える大ヒットを果たしました。黒人のファミリーが経営する大手音楽プロダクション会社の内幕をリアルに、スリリングに描いて人気を博したというだけでなく、黒人社会におけるゲイ差別を正面から取り上げたことの意義も大きく、いろんな意味で歴史的な作品になったと言えます(ちなみに、ゲイのジャマルが子どもの頃、ハイヒールを履いているのを父親に見つかり、ゲイの息子は要らないとゴミ箱に投げ捨てられたシーンは、監督自身の体験に基づいています)
そんなリー・ダニエルズが、『Empire 成功の代償』の成功で自信を得て、たぶん、ようやく自身のゲイテイストを存分に発揮し、のびのびと自由に遊んだエンタメ作がこの『STAR 夢の代償』だと思います。スターを夢見て奔走するガールズ・ユニットが主人公で、毎回ライブやミュージカルのシーンが盛り込まれ、キラキラ感があります。とはいえ、人種差別や貧困の問題をかなりダイレクトに描いたりもしていて、「ダニエルズ節」は健在です。最初はそのガールズ・ユニットの3人の身の上話が中心だったのですが、8話あたりからトランスジェンダーのキャラクターがフィーチャーされるようになり、別の意味でスゴく面白くなりました。ゲイの監督の面目躍如です。
黒人のトランス女性をフィーチャー
最初は、ただの脇役だと思い、それほど気にもとめていなかったのですが、カルロッタが経営する美容院で受付をしているコットンが、一見女性に見えながら実はトランスジェンダーで(言われてみれば…という感じです)、8話あたりからコットンにスポットライトが当たりはじめ、だんだんその人生の壮絶さが明らかにされていきます。
コットンは(『タンジェリン』の主人公たちと同様)手術の費用を稼ぐために、やむなくセックスワークをしています(黒人のトランスジェンダーにとって、一般の会社で働くということは絶望的に困難なのです)。そのことも本当に身につまされるのですが、何よりもつらかったのは、カルロッタが懇意にしている男性の牧師がコットンに対して、「男は女の着物を着てはならない」という聖書の一節を引用しながら「悪魔払い」のような説教をしたシーンです。牧師の憎悪に満ちた表情(それこそ悪魔のようでした)。そして、怯えきったコットンの表情(本当にせつなくて、胸がつぶれそうでした)。性別違和に苦しみながらも精一杯自分らしく、気高く生きようとしている女の子に対して、どうしてそんな酷い仕打ちができるのでしょうか…。『ボーイズ・ドント・クライ』以来のショックを覚えました(驚くべきことに、そのショッキングなシーンの合間に、クイーン・ラティファがラップするミュージカルのようなシーンが挿入されます…まるで『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のような…)
アメリカでは2015年に同性婚が全土で実現という悲願を達成した後、次はトランスジェンダーの番だ!といわんばかりに、トランスジェンダーを主人公にしたドラマ『トランスペアレント』や、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』『センス8』などトランスジェンダー俳優が活躍するドラマが人気を博し、元陸上金メダリストのブルース・ジェンナーが女性にトランスしてケイトリン・ジェンナーとなり(リアリティ番組にも出演し、話題に)、一方でトランスジェンダー女優(ドラァグクィーン)として活躍したアレクシス・アークエットが亡くなったのはエイズが原因だったと報じられ、トランス女性のHIV感染率の高さや治療の困難が浮き彫りになりました。
そして、こちらのニュースでもお伝えしたように、アメリカではトランスジェンダーが望む性別のほうのトイレを使用することを禁じようとする州が出てきており、各方面から抗議を受けています。同性婚の時と同様、宗教保守派とリベラル派との間で大きな議論・対立が巻き起こり、オバマ大統領は全国の公立学校に対してトランスジェンダーが望む性別のほうのトイレを使用できるよう通達を出しましたが、トランプ大統領がこれを破棄、さらに、トランスジェンダーの従軍を禁じる方針を発表し、非難を浴びているところです。
こうした社会の動きを反映し、ゲイの監督であるリー・ダニエルズは、黒人のトランス女性がいかに生きづらく、困難に直面しているかということを、実にリアルに、当事者に寄り添うように描いています(しかも本当のトランス女性を役者として起用しています)
クィアタレントを起用
『Empire 成功の代償』では、ゲイのジャマルの役を演じていたジャシー・スモレットがオープンリー・ゲイでしたが、『STAR 夢の代償』ではもっとたくさんのクィアタレントが起用されています。
コットンを演じているのはアマイヤ・スコットという俳優で、自身も本物のMtFトランスジェンダーです。『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』に出演して人気を博したラヴァーン・コックスに続き、こうしたメジャー作品で活躍するトランスジェンダーのアクターが増えるのは本当にいいことですね。
もう1人、日本語ではほとんど情報がなくて探すのが大変だったのですが、コットンと一緒に美容室で働いているミス・ブルースという(ゲイのように見えますが)トランスジェンダーのキャラクターがいます。こちらは、ミス・ローレンスというタレント(ファッション・クイーン)が演じています。ミス・ローレンスは「Closet Freak」というCDも出していて、イベントでパフォーマンスしたりもしています。
また、スターやシモーネの母親であり、もともとカルロッタと一緒にユニットを組んでいた歌手のメアリーを演じているのが、キャロライン・ヴリーランドというモデル/歌手で、彼女はこのドラマの撮影当時、タスヤ・バン・リーというレズビアンのアーティストとつきあっていました。性的指向は「セクシュアル・フルイド」だそうです(バイセクシュアルと近いのですが、好きになる性別が流動的で相手によって変わる、好きになる性別を特定しないということを指します。クリステン・スチュワート、カーラ・デルヴィーニュ、リリー・ローズ・デップなどもセクシュアル・フルイドだと語っています)
そして、美容室を切り盛りするカルロッタを演じているのが、クイーン・ラティファです。彼女は半ば公然と女性とつきあってきましたが、あまりにも大物だということもあってか、まだ正式にレズビアンであると認めてはいません(「オープン・クローゼット」などと称されています)。が、きっと近い将来、カムアウトするだろうと言われています。クイーン・ラティファはもともとラッパーでしたが、『シカゴ』や『ヘアスプレー』などにも出演しており、日本では俳優としてのほうがなじみがあるかもしれません。今作ではラップも披露しています。
※本文中で「黒人」という言葉を使っております。ちょっと前までアメリカでは「アフリカ系アメリカ人(アフロアメリカン)」がPC的に正しい言われていましたが、よく考えるとアメリカ人以外には通用しませんし、そもそも黒人はアフリカ系(ネグロイド)だけでなくオセアニア系(オーストラロイド)の方たちもいるじゃないか、という話もあり、人種を指す言い方の時にはやはりblack peopleでいいのでは?という流れになってきているようです(LGBTという言い方も普遍/不変ではなく、時代とともに移り変わっていくように)。ということを踏まえて「黒人」と表記しています。
『STAR 夢の代償』
FOXチャンネル
毎週土曜5:30-他
製作総指揮・監督:リー・ダニエルズ他
出演:ジュード・デモレスト、ブリタニー・オグレイディ、ライアン・デスティニー、アマイヤ・スコット、クイーン・ラティファ、レニー・クラヴィッツ、ナオミ・キャンベル他
INDEX
- 同性と結婚するパパが許せない娘や息子の葛藤を描いた傑作ラブコメ映画『泣いたり笑ったり』
- 家族的な愛がホモフォビアの呪縛を解き放っていく様を描いたヒューマンドラマ: 映画『フランクおじさん』
- 古橋悌二さんがゲイであること、HIV+であることをOUTしながら全世界に届けた壮大な「LOVE SONG」のような作品:ダムタイプ『S/N』
- 恋愛・セックス・結婚についての先入観を取り払い、同性どうしの結婚を祝福するオンライン演劇「スーパーフラットライフ」
- 『ゴッズ・オウン・カントリー』の監督が手がけた女性どうしの愛の物語:映画『アンモナイトの目覚め』
- 笑いと感動と夢と魔法が詰まった奇跡のような本当の話『ホモ漫画家、ストリッパーになる』
- ラグビーの名門校でホモフォビアに立ち向かうゲイの姿を描いた感動作:映画『ぼくたちのチーム』
- 笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』
- 好きな人に好きって伝えてもいいんだ、この街で生きていってもいいんだ、と思える勇気をくれる珠玉の名作:野原くろ『キミのセナカ』
- 同性婚実現への思いをイタリアらしいラブコメにした映画『天空の結婚式』
- 女性にトランスした父親と息子の涙と歌:映画『ソレ・ミオ ~ 私の太陽』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 小さな村のドラァグクイーンvsノンケのラッパー:映画『ビューティー・ボーイズ』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 世界エイズデーシアター『Rights,Light ライツライト』
- 『逃げ恥』新春SPが素晴らしかった!
- 決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
- 束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
- 東京レインボープライドの杉山文野さんが苦労だらけの半生を語りつくした本『元女子高生、パパになる』
- ハリウッド・セレブたちがすべてのLGBTQに贈るラブレター 映画『ザ・プロム』
- ゲイが堂々と生きていくことが困難だった時代に天才作家として社交界を席巻した「恐るべき子ども」の素顔…映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
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