REVIEW
ゲイのために「いい子ちゃん」から脱却したテイラー・スウィフトの真実を描いた『ミス・アメリカーナ』
世界的なポップ・スターとなったテイラー・スウィフトの真実の姿をとらえたドキュメンタリーです。政治的発言を禁じられていた「いい子ちゃん」が、どんな葛藤を経て民主党支持を表明するに至ったのか、その過程がリアルに描かれていて、感動させられます。
テイラー・スウィフトは、カントリー出身の歌手として、ずっと政治的発言を禁じられてきましたが、2018年11月の米中間選挙を前に「同性婚を支持しない人には投票できない」と初めて自身の意見を語り、24時間以内に約10万人の若者が有権者登録を行うくらい社会に大きな影響を与えました。昨年6月には、ストーンウォール50周年のプライド月間を祝して本格的にLGBT支援を宣言し、LGBT応援ソング「You Need to Calm Down」をリリース、30名近いLGBTのセレブが出演する歴史的なMVも発表し(のちにMTVアワードでVIDEO OF THE YEARを受賞)、そして「ストーンウォール・イン」にサプライズで出演するという、怒涛の快進撃を見せました。
『ミス・アメリカーナ』は、今や押しも押されもせぬ世界のトップスターの地位に登りつめたテイラー・スウィフトというアーティストの真実の姿をとらえた、ある意味テイラー版『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』的なドキュメンタリー映画です。エミー賞受賞作家のラナ・ウィルソンが監督し、今年1月、サンダンス映画祭でプレミア上映され、1200人の観客が惜しみない拍手を送りました。2月からNetflixで配信されています。
子ども時代の歌を歌っている映像や、すっぴんのテイラーがスウェットを着て自宅で過ごしている姿、コンサートの舞台裏など、ファンが観たかったようなシーンがふんだんに盛り込まれていますが、それだけではありません。テネシー州のナッシュヴィルで生まれ育ち、小さい頃から「いい子ちゃん」で、お姫様のように育てられ、「賞賛を浴びたくて」親の言うままにカントリー界でキャリアを積み上げ、スターダムへとのしあがってきたテイラーの真実の姿…摂食障害を患ったり、マスコミに叩かれたり、MTVアワードの受賞ステージでカニエ・ウエストの乱入を受けたり、セクハラを受けて裁判を闘ったり、といったつらい経験を経て、次第に強くなっていく様がリアルに描かれます。
そして、そんなテイラーの真実のなかでも、クライマックス的に描かれているのが、LGBTのために民主党支持を表明するという決意のシーンです。中間選挙でのテネシー州の上院議員の選挙で、共和党の候補は、女性の権利にもLGBTの権利にも逆行するような人物で、テイラーは「あんなのはテネシー州のキリスト教思想じゃない」と憤り、「何もせずにステージの上で「みんな〜プライド月間おめでとう』なんて言える?」と、これまでの政治的沈黙を破って、自身の態度を表明することを決意するのです。しかし、カントリー界では過去に、ディクシー・チックスというブッシュ大統領を批判して干された人たちがいたこともあり、共和党批判はタブー。父親をはじめマネージメントチーム(全員、白髪の白人異性愛男性)は「お前のキャリアが終わるぞ」と猛烈に反対するのですが、それを振り切って、もともとの支持基盤である共和党支持の人々からバッシングを受けるようなことも折り込み済みで、相当な覚悟をもって「同性婚を支持しない人には投票できない」と表明する、その過程に胸を打たれます。その後の「You Need to Calm Down」のMVの撮影シーンや、MTVアワードでのスピーチなどは、ひときわカラフルで、もはや「お姫様」ではなく、強い意思を持った女性アーティストに生まれ変わったテイラーの姿は、本当に輝いて見えます。
テイラーがコンサートでセクハラと闘った件についてメッセージを送ると、会場の女性ファンたちが涙を流して感動する…というシーンも印象的でした。たぶんテイラー・スウィフトのファンってとても幅広くて、若い女性(やゲイ)も多いと思うのですが、彼女が若者や女性(やゲイ)のアイコンであり続ける理由も、わかる気がします。
もしかしたら、ドキュメンタリーにそんなに魅力を感じないという方もいらっしゃるかもしれませんが、ライブのシーンなども盛りだくさんで、エンタメ的に観れる作品だと思いますので、自宅で暇してるときにぜひ、ご覧ください。
ミス・アメリカーナ
2020年/アメリカ/1時間25分/監督:ラナ・ウィルソン/出演:テイラー・スウィフトほか
INDEX
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』