REVIEW
世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
同性愛者やHIV陽性者の心の叫びを感動的に表現した世紀の傑作ミュージカル『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンの自伝的作品『tick, tick… BOOM!』を映画化した作品です。『RENT』の誕生秘話とも言うべき、ゲイの親友マイケルとの友情に注目しながら、ぜひご覧ください。

2010年の東京プライドパレードのステージに米倉利紀さんやソニンさんなどミュージカル『RENT』に出演するキャスト14人が来場し、名曲「Seasons of Love」を歌ってくれた時の感動、米倉利紀さんと田中ロウマさんがArcHに来て歌ってくれた時の感激を記憶している方もいらっしゃることでしょう。キャストのみなさんがパレードや二丁目に来てくれただけでなく、自らLGBT Pride Weekを開催するなど、『RENT』は、2010年という「LGBTブーム」以前の時期から、商業演劇としては異例の入れ込みようで僕らにエールを贈ってくれていました。
それはやはり『RENT』という作品の持つ力、メッセージ性によるところが大きいと思います。アーティストとして成功することを夢見てNYで家賃(RENT)を払うのに必死な暮らしをしている、ゲイだったりHIV陽性だったりする若者たちが、厳しい現実のなかでも自由と夢をあきらめず、今日という日を精一杯前向きに生きる姿を熱く描いた「ブレイクスルー」ミュージカル。ブロードウェイで10年以上にわたるロングラン大ヒットを記録し、歴史を塗り替えた作品でした。映画化もされ、日本でも何度となく舞台化されています(今年はオリジナル演出版で4年ぶりとなる来日公演も予定されています)
この世紀の傑作『RENT』を創ったジョナサン・ラーソンが、『RENT』初演の日の未明に大動脈解離で急逝し、観客の熱狂や拍手喝采を目にすることなく35歳の若さで旅立った…という悲劇はあまりにも有名です。この映画『tick,tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』は、『RENT』の前に発表した自伝的な作品『tick,tick… BOOM!』をフィーチャーしながらジョナサン・ラーソンの才能やミュージカルへの純粋な情熱を描き、早逝の天才への惜しみないリスペクトを注いだ映画です。
ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』などを手がけてきたミュージカル界のトップ・クリエイター、リン=マニュエル・ミランダが監督し(彼は高校時代に『RENT』を観てミュージカルを志すようになったそうです)、アンドリュー・ガーフィールドが主演(熱演)し、ミュージカル界のレジェンドも多数出演しているそうです。
<あらすじ>
1990年のニューヨーク。ジョナサンは、一流のミュージカル作家としての成功を夢見て、ウェイターとして働きながら作品を創作していた。チャンスとなる試演会を目前に控え、ジョナサンはさまざまなプレッシャーにさらされ、焦りを感じていた。ニューヨークを離れて芸術活動を広げることを夢見る恋人のスーザン、夢を諦め経済的な安定を追い求める友人のマイケル、さらにはエイズのまん延で破滅的な影響を受ける芸術界。刻一刻と期限を迫られる思いのジョナサンは、人生の岐路に立たされ、誰もが避けられない問いにぶつかる……
前半は主に、ウェイターをしながら何年もかけて『Superbia』(『1984』を下敷きにした前衛的な作品)を書いてきたジョナサン(ジョン)が、もうすぐ30歳になるのになかなか芽が出ない焦燥感や、業界の人を前にした試聴会が迫っているのに肝心の重要な曲が書けない、期限は刻々と迫っている…という苛立ちや苦悩を、『tick,tick… BOOM!』を演奏しながら見せていくかたちです(ミュージカルにありがちな大げさでわざとらしい演出や、セリフを喋ってて突然歌が始まるような不自然さがなく、絶妙な演出になっています)。しかし後半は、ゲイである親友のマイケルとの関係性がクローズアップされ、にわかに感動的に…涙なしには観られません。なぜストレートであるジョナサンが、あのような同性愛やHIVのリアリティを描く『RENT』というミュージカルを生み出しえたのかということがよくわかります。
ミュージカル界の「神」、スティーブン・ソンドハイムがジョナサンの才能を理解し、応援してくれていたというエピソードも胸熱です。
ジョンは周囲にゲイやトランス女子がたくさんいて(マイケル役は『Camp』『ボーイズ・イン・ザ・バンド』のロビン・デ・ジーザス、そしてダイナーの同僚で『POSE』のMJロドリゲスが出演しています)、彼らに支えられてミュージカルの作曲家として歴史に名を残す存在になれました。彼の才能だけでなく、ピュアな情熱を、思いのひたむきさを、みんなが応援してくれました。なんと美しい友情でしょうか。
たまたま彼はストレートだったけど(逆に、もしジョンがゲイで、HIVに感染していたら、『RENT』は誕生していなかったかもしれません…)、マイケルという親友のために『RENT』を書いたし、マイケルのおかげで世紀の傑作が誕生したのです。その真実のかけがえのなさ、奇跡に感慨を禁じえません。
作曲したって熱帯雨林は救えないじゃないか、というセリフが出てきます。ミュージカルなんてただの娯楽じゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれません。が、ジョンは『RENT』という作品で多くの人たちの命を救ったと思います、間違いなく。『RENT』に感謝している人が世界中にどれだけたくさんいることでしょう。
『RENT』の「NO DAY BUT TODAY」という歌は、この作品に込められた思いを象徴しています。僕らには時間がない、今しかないんだという、HIV陽性者の切実な思いが込められた歌です。それは、もうすぐ30歳になるのに芽が出ない、この映画のジョンの思いでもありました。
ジョンもまた、短い命を燃やし(まさか35歳で亡くなるなんて、誰もそんなこと想像すらしなかったでしょう)、精一杯人生を生き、素晴らしい作品を残しました。
ジョナサン・ラーソンの才能きらめく楽曲の数々を、アンドリュー自身が(この作品のためにボイトレに通ったそうですが)見事な歌唱力で歌い上げています。アンドリューはスパイダーマンを演じた若手イケメン俳優というだけでなく、2018年に新演出の『エンジェルス・イン・アメリカ』に主演し(つまり、ゲイのHIV陽性者を演じ)、トニー賞授賞式で素晴らしいスピーチをしています。
この『エンジェルス・イン・アメリカ』を観て、リン=マニュエル・ミランダは(アンドリューがミュージカル俳優ではないにもかかわらず)彼に主演をオファーしたそうです。単にミュージカル作家を目指す情熱あふれる若者というだけでなく、ゲイやHIV陽性者に対して心からのシンパシーを表現できる人と見込んでのことではないでしょうか。
たった今入ってきたニュースですが(この記事を掲載したのは1月10日)、アンドリュー・ガーフィールドは、この『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』での熱演を高く評価され、見事、ゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞しました(おめでとうございます!)
tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン!
原題:tick, tick...Boom!
2021年/アメリカ/115分/監督:リン=マニュエル・ミランダ/出演:アンドリュー・ガーフィールド、アレクサンドラ・シップ、ロビン・デ・ジーザス、ジョシュア・ヘンリーほか
INDEX
- ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
- また一つ、永遠に愛されるミュージカル映画の傑作が誕生しました…『ウィキッド ふたりの魔女』
- ようやく観れます!最高に笑えて泣けるゲイのラブコメ映画『ブラザーズ・ラブ』
- 号泣必至!全人類が観るべき映画『野生の島のロズ』
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』