REVIEW
映画『満ち汐』(レインボー・リール東京2025)
6月21日(土)・22日(日)に渋谷ユーロライブで第32回レインボー・リール東京が開催されました。22日(土)に上映された映画『満ち汐』のレビューをお届けします。

1992年から始まり、国内で最長寿のLGBTQコミュニティイベントとなっているレインボー・リール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)。2年ぶりとなる今年はプライド月間に渋谷のユーロライブで、7月第2週に東京ウィメンズプラザホールで開催されることになりました(詳しくは特集をご覧ください)
今回、渋谷のユーロライブで全6プログラムのうち4プログラムを鑑賞しました。レビューをお届けしていきます。
【関連記事】
映画『ドラマクイーン・ポップスター』
ブリティッシュ・カウンシル+BFIセレクション:トランスジェンダー短編集+『5時のチャイム』上映
映画『カシミールのふたり ファヒームとカルン』
『満ち汐』はイタリア人のマルコ・カルヴァニ監督がアメリカで製作した映画で、サウス・バイ・サウスウェスト映画祭2024に選出され、フィルムアウト・サンディエゴ2024で主演男優賞、助演男優賞を受賞しています。マルコ・カルヴァニは俳優でもあり、Netflixのドラマ『フォー・シーズンズ』でコールマン・ドミンゴの夫の役を演じています。(ちなみに『満ち汐』に主演したマルコ・ピゴシは、マルコ・カルヴァニのパートナーです)
<あらすじ>
ブラジル移民のロレンゾはアメリカ人彼氏から一方的に別れを告げられ、海辺のゲイ・リゾートとして知られるプロビンスタウンで清掃員として先の見えない暮らしをしていた。ある時ビーチでロレンゾはニューヨークから来たモーリスと出会う。それぞれに孤立感を抱える二人は寄り添い合うように親しくなり関係を持つが…。



こんなにハマったゲイ・ロマンス映画はひさしぶりです。もしかしたら『ウィークエンド』以来かもしれません。とても好きです。
冒頭、ロレンゾがビーチで裸になり、海へと駆けて行き、海に裸のままプカプカ浮く様子が描かれていて、とてもセクシーです(惚れ惚れするような体格。理想的なマッチョというかガチムチというか)。このシーンがあとでもう一度出てくるのですが、まさかそんな状況だったとは…と思うはず。
主人公のロレンゾは、ジョー(米国人の彼氏)とともにプロビンスタウン(ゲイリゾート)に来たのですが、ジョーは突然、出て行き、連絡がつきません。家主のスコットがよくしてくれるおかげで、なんとかなっています。レストランで働く友人もいます。貸別荘の掃除をして(本当は観光ビザだからダメなんだけど)バイト代を稼いでなんとかやっています。実家のあるブラジルの田舎町はとてもじゃないけどゲイが生きていける環境にないので、帰りたくありません。しかし、ビザが切れる日が近づいていて…なんとか仕事を見つけて就労ビザを手に入れたいと思いながら、毎日、海を眺めています。
ロレンゾはある日、バーで知り合った白人に誘われ、セックスするのですが、嫌がったにもかかわらず合意なしに中出しされ、不安に。友人はクリニックに行こう、PEPもできると言ってくれるのですが、不法滞在のことが気になって、気が進みません。
そんななか、ビーチでモーリスと出会い、月見パーティに招待されます。クィアな友人たちはロレンゾを歓迎してくれます(その中に『タンジェリン』のマイヤ・テイラーがいました。素敵)。モーリスはナースで、遅い休みをとって1週間だけプロビンスタウンに来た、そのあとは仕事でアンゴラに行くことが決まっていると話してくれました。二人は月の下でいいムードになり、恋は一気に燃え上がります。
モーリスは黒人であるがゆえに受ける偏見や差別のことも漏らしました(黒人だからタチだと思われるのは心外、という話には、そんなこともあるのかと目からウロコでした)。ロレンゾはそんなモーリスにシンパシーを覚え、あからさまに黒人差別発言をする人物に対して「我慢ならない」という態度を示します(たとえその人が自分を苦境から救える立場にある人だとしても)
いろんなことがうまくいかないロレンゾの不安やイライラ、それをセックスにぶつけてしまうところなんかは、実にリアルだし、感情移入せずにはいられません。つい、自暴自棄になったり、周囲の人に失礼な態度をとってしまったり。それでも、人としての大事なところは揺るがず、失敗してもちゃんと戻ってきます。きっとみなさん、そんなロレンゾを応援しようという気持ちになるでしょうし、モーリスとの愛が成就することを願うと思います。しかし…(結末はぜひ、実際に映画で観てみてください)
地味だし、ロマンスの外にいるので、あまり注目されないかもしれませんが、家主のスコットという老いたゲイの人物にも、とても惹かれました。ロレンゾのことを日々、気にかけ、サポートしてくれています。ごはんを食べさせたり。たぶん70代くらいで、もう恋とかには縁がないですし、ロレンゾに何か見返りを要求したりもしません(強いていえば、話を聞いてくれたり、相手をしてくれたらそれでいい、みたいな)。ある意味、若者への無償の愛だと思うんですよね。
タイトルは忘れたのですが、20年くらい前に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された、カリフォルニアに住む生活苦ゆえに将来をあきらめている若者が、年上の男性と出会い、彼が手を差し伸べてくれたおかげで前向きに人生を歩むことができるようになるという映画を思い出しました(とても好きでした)
それから、セックスのとき、クラブで踊り狂ってるときでさえもBGNでちょっと切ない感じの弦楽四重奏が流れるシーンがあって、とても印象的でした。ロレンゾの悲しみに寄り添い、癒すような意味を持った音楽だと感じました。
こういう映画を観れるのが映画祭の醍醐味だと思います。
次は7/12(土)18:15から東京ウィメンズプラザにて上映されます。ぜひご覧ください。
満ち汐
英題:High Tide
監督:マルコ・カルヴァニ
2024|USA|101分|英語 *日本初上映
今回、渋谷では4プログラムを観ることができました。
いずれも映画祭ならではの、観れてよかったと思える作品ばかりでしたし、トークショーもついてたりして、とてもよかったです。会場はほぼクィアピープルなので、笑ったり泣いたりのツボも一緒ですし、安心して楽しめます。拍手が起きたりもして、それもまた素敵です。いつも映画祭で会う方たちもいて、ひさしぶりにお話できたり。
正直、スケジュールの発表とチケットの販売が2週間前からで、宣伝間に合うのかな…と心配だったのですが、結構たくさんの方が来られていて、よかったです。安心しました。
そりゃあスパイラルのほうがいいですし、もっと大々的にできたらそれに越したことはないですが、まずは開催されることが大事かな、と。なんとか続いていってほしいです。
次は7月、東京ウィメンズプラザで開催されます。みなさんぜひ、観に行ってください。
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』







