COLUMN
2024年を振り返る(3)海外の動き
2024年はゲイコミュニティにとってどんな年だったのか、この1年の出来事を振り返りながら考えてみます。3回目は、海外の動きについてまとめます
(2024年6月1日のバンコクのプライドパレード)
2024年という年は、実は様々な面でエポックメイキングだったりターニングポイントだったりする動きがあった年としてLGBTQ史のなかに位置づけられるのではないかと思います。そう思える重要な出来事がいろいろありましたので、1年を振り返って総まくりコラムをお届けしたいと思います。3回目は、海外の動きです。
世界はあまりにも広く、多様で、とてもじゃないけど「この1年、世界のLGBTQはこんなでした」とまとめることなどできないのですが、少なくともg-lad xxでお伝えしてきたニュースを振り返ることはできるかと思います。目立った動きとしては、パリ五輪でLGBTQが大活躍したり、タイで同性婚が認められたりという素晴らしいトピックがありました。ほかにも画期的だったり素敵だったりするニュースがいろいろありました。
一方、米国では以前LGBTQを抑圧していたトランプ氏が再び大統領選で勝利したり、ジョージアでロシアのような反同性愛法ができたりという、LGBTQの権利の後退を予感させる動きもありました。
パリ五輪は記念碑的な大会に
7月に開幕したパリ五輪は、過去最多の200名近いOUTアスリートが参加する大会となっただけでなく、ゲイの芸術監督が演出を担当した開会式でクィアピープルが大活躍し、トム・デイリーが英国選手団の旗手を務める姿も見られ、素晴らしいものになりました(トム・デイリーは見事に銀メダルを獲得して有終の美を飾りました)
一方で、芸術監督らに対して殺害予告が届いたり(検察が捜査を開始)、一部の女子選手が“トランスジェンダー”だとか”男”だなどという事実無根のデマによってバッシングを受け(IOCは毅然と擁護)、告訴する事態になりました。
パラリンピックでも44名のOUTアスリートが出場し、開会式にクィアのシンガーが出演するなどしました。閉会後にディミトリ・パヴァデ選手のカミングアウトもありました。
なお、フランスでは今年1月、ガブリエル・アタル氏がゲイとして初の首相になりました(が、9月に辞任しています。五輪でも目立った活躍は特に見られませんでした)
タイで同性婚が実現
タイでは3月に下院で、6月に上院で婚姻平等法案が採択されました。そして9月、正式に国王の承認を得て、来年1月から施行されることとなり、アジアで3番目の同性婚承認国となりました。世界では38番目です。
同性婚実現がほぼ確定となる直前の6月1日、バンコクで盛大にプライドパレードが開催されました(バンコク都が共催)。国立競技場からセントラルワールドまでラマ1世通りを行進し、「Parc Paragon」(バンコク最大のショッピングモール)でも大規模なフェスなどが開催されました。NYなどと同様、空港から電車からゲイタウンまでレインボーカラーに染まっていました。
ただ制度が認められたというだけではなく、セター首相自らパレードに参加し、2030年のワールドプライド誘致を口にしていますし(スゴイですね)、LGBTQツーリズムについても意欲的で、入国管理局がパスポートと見た目が異なる方の懸念を和らげるキャンペーンを行なったりしています。同性婚実現後、新たに年間400万人の海外旅行者を呼び込み、観光収入は毎年約20億ドル(約3100億円)増加し、新たに15万2000人の正規雇用を創出し、タイの国内総生産(GDP)を0.3%押し上げるとの試算も出ています。(性に保守的な日本と異なり、タイは寛容で、ゲイシーンの解放感も素晴らしいので、今後ますますバンコクは「アジアのゲイの首都」としての地位を確立していくことと思われます)
なお、タイ以外では、エストニアで1月1日から、ギリシャで2月16日から同性婚できるようになりました。昨年オープンリー・ゲイの大統領が誕生したラトビアでは、7月1日からシビルユニオンが施行されました。
アジアの他の地域でも画期的な出来事がありました
台湾では今年、『ル・ポールのドラァグ・レース』で台湾人のニンフィア・ウィンドが優勝し、蔡英文総統も祝福するという華やかなニュースがありました(10月にはニンフィアが初の来日公演を行ない、フロアを熱狂させました)
また、台湾籍と中国籍の同性カップルが初めて婚姻届を受理され、国籍を問わず、すべての国の人と同性婚が認められることになりました(出身国による制限が完全に撤廃されました)
トランスジェンダーについても、台北高裁が性別変更に医師の診断書などを要求する行政命令は違憲だとの判断を示し、前進を見せています。
台北市では今年も東アジア最大のプライドパレードとして台湾同志遊行(Taiwan LGBT+ Pride)が開催され、アジア中から18万人が参加しました(日本のGOGO BOYなども多数、招聘されています)
タイではツーリズムの分野での発展が期待されていますが、台湾でも「彩虹地景」という観光名所が設けられ、今年もドラァグクイーンがガイドをつとめるバスツアーが実施され、国や市が観光に力を入れています。同性婚実現後、政府や台北市などがLGBTQの映画に対して助成金を出し、優れた作品が次々に制作され、他国を圧倒しているという話もあって、本当にうらやましい限りです。
韓国では、最高裁が同性パートナーの健康保険の被扶養者の登録を認めました。画期的です(日本では認められていないことです)
10月のカミングアウトデーには、日本と同様の同性婚訴訟がスタートしました。憲法裁にも審判請求予定です。
香港でも、最高裁が海外で同性婚したカップルに相続などの権利を認めました。
アートやエンタメ、ファッションの分野での躍進
グラミー賞主要4部門のうち3部門をクィア女性が占めた、ユーロビジョンでノンバイナリーの歌手が初めて優勝、カンヌ国際映画祭でトランス女性が初の女優賞を受賞、ペドロ・アルモドバル監督作がヴェネツィア映画祭の金獅子賞を受賞、トランスジェンダーのアレックス・コンサーニがモデル・オブ・ザ・イヤーを受賞、といった素晴らしいニュースが届きました。アートやエンタメ、ファッションの分野でのLGBTQの活躍が光りました。
著名人のカミングアウト
今年はソフィア・ブッシュ、ラルフ・シューマッハ、クロエ・グレース・モレッツ、ケリー・マリー・トラン、エマ・デュモン、カリードなどの著名人がカムアウトしました。85歳の米退役軍人が死亡告知記事でカミングアウトというニュースもありました。
米大統領選の波紋
11月5日に投開票が行われた米大統領選は、カマラ・ハリス旋風も及ばず、ドナルド・トランプ氏の勝利で幕を閉じました。
2016年〜の第一次トランプ政権時代、あからさまにトランスジェンダーを抑圧してきたトランプ氏が再び大統領に選ばれたことで、現地のコミュニティでは絶望が広がり、LGBTQの自殺防止ホットラインを運営するトレヴァー・プロジェクトには不安を覚えたLGBTQからの電話相談が殺到(普段より700%も増加)したといいます。
今回の選挙ではサラ・マクブライド氏が下院議員に当選し、史上初のトランスジェンダーの連邦議員が誕生しましたが、その後すぐに、いやがらせのように、トランス女性議員が連邦議会議事堂の女性用トイレを使用することを禁止する案が下院に提出されました。
トランス女性俳優のラヴァーン・コックスや、エレン・デジェネレス&ポーシャ・デ・ロッシなどはアメリカを出る準備をしているそうです(詳細はこちら)
ウォルマートやフォードなどが相次いでDEIプログラム(社内での人権研修やパレードへの参加など)を縮小したり撤回したり、というニュースも続々と入ってきています(アメリカがそうなのだから日本も、とならないことを祈ります)
松岡宗嗣さんも『GQ』に書いているように、今後の4年間は米国のLGBTQコミュニティにとって厳しいものになることを覚悟し、逆風に備える必要があるでしょう。
この1年の海外の動きを振り返って
世界を見渡すと、欧米などを中心に、LGBTQ差別禁止法があり、同性婚や養子縁組の権利が認められ、ゲイが当たり前に手をつないで街を歩き、結婚したり子育てしたりできるような国もあれば、いまだに同性間の性行為が違法とされ、ひどい場合には死刑にされたりする国もあります(有名なIGLAの世界地図では、権利回復が進んでいる国々は青や水色に、違法とされている国々は赤や茶色に塗られています。日本はグレー=何もない国です)。青い国では同性婚が認められた後も、トランスジェンダーやノンバイナリーの方の性別の扱いについて法制度が整備されたり、ゲイの献血禁止が解除されたり、コンバージョンセラピーが禁止されたりというようなかたちで今でも前進が見られますし、水色が青になる国もありますし、少ないですが、赤がグレーになる国もあります(PinkNewsがこの1年、LGBTQの権利回復で大きな進展があった国のリストを作っていて参考になります。ナミビアとドミニカで同性間の性行為が非犯罪化されたそうです)
米国ではトランプ氏が再び大統領選に勝利し、LGBTQコミュニティの間に絶望が広がりましたが、だからと言って青が赤になる=同性婚だけでなく同性間の性交渉も禁止されるようなことは考えにくいです(民主主義の法治国家である限り、一度法的に認められた権利を奪うことは難しいです。ただ、2018年の時のようにトランスジェンダーの法的性別変更を禁止しようとするのではないかという懸念はあります。今後、そこが大きな闘いになるかもしれません)。同性婚承認国は着実に増え続けていますし、大きな流れで見れば、世界は少しずつよくなっていると言えます。ですから、米国のバックラッシュ的な動きにあまり惑わされないようにしましょう。
パリ五輪の開会式はゲイの芸術監督が演出を担当したおかげで、レディ・ガガのキャバレーショーから始まり、たいへんゲイテイストな(クィアな)ショーになりました。大会自体も200名近いOUTアスリートが参加し、トム・デイリーがメダルを獲って引退し、いろんな意味で記念碑的な大会になりました。世界中のLGBTQコミュニティが、やっぱりフランスは素敵な国よね、と再認識したことでしょう(なお、「Outsports」創設者のジム・ブジンスキ氏は「4年後のロサンゼルス五輪が史上最も“gay”な大会になる」と語っています。期待しましょう)(東京2020大会も、コロナ禍じゃなければ、プライドハウス東京の活躍など、いろんなことが実現したはず…残念です)
これだけ円安になると、なかなか海外(特に欧米)に行くことも叶わないのですが、それでも、台北やバンコクのパレードに参加してその圧倒的な規模の大きさや自由さを体感することはできると思います。若い方にお伝えしたいのは、可能であれば、オーストラリアやカナダのような、ゲイが素晴らしくのびのび自由に暮らせる国に留学やワーホリなどで行ってみてほしいということです。きっと人生観が変わるでしょうし、日本のLGBTQが置かれている状況を客観的に見れるようになると思います。パートナーを見つけて結婚して、そのまま海外で暮らすという人生もアリだと思います(今までもそうして海外に移住した方、何人もいらっしゃいますが、みなさん幸せそうです)。今の人生に閉塞感や不自由さを感じている方は、海外に目を向けることで、道が開けるかもしれません。
(文:後藤純一)
INDEX
- コロナ禍のLGBTへの影響についての緊急アンケートの結果が報告され、病院や医療従事者によって「家族」の定義が異なる現状や、緊急連絡先カードなど今できる対策が示されました
- コロナ禍による困り事や不安を解消するためのヒント
- 世界のLGBTはパンデミックに対してどのような影響を受け、どのように動き出しているのか
- RUSH裁判のこれまでとこれから
- 同性婚訴訟の方たちによる院内集会が大盛況、涙なしには見られない熱い会になりました
- HIV予防施策について、世界の最前線の情報や2020東京大会での可能性について話し合うトークイベントが開催されました
- 社内制度づくりのその先へ−−「work with Pride 2019」に参加して感じたこと
- 2019年9月20日、神宮前交差点に「プライドハウス東京2019」がオープンしました
- 日本におけるPrEPの現状と、今後への期待
- LGBTと企業(3) 着実に企業のLGBT施策が進んだ2018年
- 『バディ』誌、25年の輝かしい歴史に幕 〜休刊に寄せて〜
- 杉田議員問題(5)TOKYO LOVE PARADE
- トークイベント「RUSHをめぐる最前線」で浮き彫りになった厳罰主義施策の理不尽さ
- 杉田議員問題(4)『新潮45』10月号のこと
- 杉田議員問題(3)この1ヶ月余の動きを振り返って
- 杉田議員問題(2)「日本のストーンウォール」となった抗議集会
- 杉田議員問題について
- レポート:第2回レインボー国会
- レポート:シンポジウム「同性国際カップルの在留資格をめぐって」
- LGBTと企業(2) 2017年、企業のアライ化はどのように進んだか
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